気づく者

 果てなく続く荒野に紫色の毒が滴り落ちて煙を上げ、刹那に折れた毒刃が突き立ち傷だらけのドラゴニュート・ダオレンが膝をつく。その隣に身体を真一文字に切り裂かれた大シャコ・デウが巨体を沈め、二体を召喚しているヤーロンが血を吐き片膝をついた。


「さ、流石は騎士あるネ。戦乙女を引きずり出す事も叶わない、カ……」


 デウがカードへと戻り、ダオレンもまた前のめりに倒れるようにしてカードとなってヤーロンの元へと帰還する。

 対するクー・シーのラン、ケット・シーのリンドウの二剣士も手傷を負い服や鎧を傷つけながらも剣を収めて一息つき、二人が肩の力を抜くと共にリオも臨戦態勢を解いてカードへと戻しふうと息をつく。


 乾いた風の吹く荒野の景色も変わって四方に入口のある部屋へと変わり、示される三方への道を確認しつつリオはヤーロンへある問いを投げかける。


「この試練は私の情報収集の為のもの……ですね? あなた方だけでなく、相対する魔物もこちらのカードで対応できつつも、手の内を晒させるものが選ばれている……そうして集めた情報を基にアヤセ様が策を講じて待ち受ける、といったところでしょうか」


 戦いの中で確信したものを述べるリオの言葉にヤーロンが色眼鏡の奥の目を大きくする。しばらく沈黙してからその通りと答えたヤーロンが立ち上がり、服の汚れを払いながら問いに対する答えを語っていく。


「この試練はアヤセの持ち味を引き出す為のものあるヨ。もちろん情報を知られて尚突破するか、与えないようにしながら奥を目指すかも挑戦者次第……」


「やはりそうでしたか。どうりで手間をかける戦術を仕掛けてくると思いました」


 白状したヤーロンの言葉を受けリオの中で答えが繋がる。彼の戦い方も何処か消極的で受けて返すように見え、疑念は強くなっていった。

 アヤセが情報収集をし待ち構えている、それは彼女が幾重にも張り巡らされた策を展開するのを活かす為と思えば不思議ではない。そして有利な状況の中で打ち破ってくる者、意図に気付き手の内を隠す者、どちらにせよ乗り越えてくる者と戦う事で見極めようとしているのだと。


 早々にリオは察して戦ったものの、それなりに消耗はさせられてしまい予定通りといかないと思う。いやむしろ、そうなるようにこの夢幻牢の相手は決まっているのではと思え、ありえる話と至りながらヤーロンに一礼し先へと進む。

 と、ヤーロンの横を通ってからリオは一度足を止め、察した彼が振り返るのを感じてからある問いを投げかける。


「あなたの方は、何か掴めましたか?」


「正攻法で戦う、なんて慣れない事をするもんじゃないってのはよくわかったあるヨ。そしてそれができたアイツは、やはり強かったんだ、と余計に思えた……とダケ」


 そうですか、と返したリオは三つの道の内右の道へ進み姿を消し、ヤーロンもそれを見送ってからため息をついてその場に横たわり、天井を見上げ亡き同業者トリスタンの事を思い浮かべていた。



ーー


 アヤセの意図を読み最奥へと早々に辿り着き相対するシリウスは、全身切り傷まみれで身に着ける宝飾品も壊れた精霊獣バロンの後ろ姿を見つめつつ、静かに額に汗を流す。


(肢能の刻印で五分にしたつもりが、読まれていた、か……)


 特殊能力の一切を封じ込める肢能の刻印をお互いに発動し刻みつけ真っ向勝負へと持ち込んだシリウスであったが、満身創痍気味のバロンに対しアヤセのアセス・白蝋の不死鳥アリスはほぼ無傷であった。

 刹那にバロンが床を踏み砕いて木片を目晦ましとしアリスへ迫り、一気に背後に回り込みそのまま首筋に牙を突き立て爪で翼を引き裂きにかかる。


 単純な速さと力では圧倒的にバロンが上で、シリウスもそうしたものを加味した上で肢能の刻印を確実かつ逃れられぬよう詠唱札解術も用いた。アヤセも同じスペルを同じ高等術で使った事で尚の事と。


 だが力に押されるアリスの身体に牙や爪は刺さりはすれど深くは入らず、それが蝋の身体故の特性とシリウスは再認識しバロンも振り払われる前に自ら離れ距離をとった。


「フェニックスの最大の特徴にして究極とも言える能力が不死性であること、それを封じ込める術として肢能の刻印を刻みつけワタクシもそれを使うと見越した事は鋭い洞察力と判断と評します。ですが、ワタクシのアリスが極めて珍しい個体であるのが誤算でしたね」


 そのようだ、と軽く拍手しながら称えるアヤセにシリウスは返しつつ、白蝋の身体故の例外という己の誤算を認識する。フェニックスは火属性を持ちその身体は常に燃えている、それが強い火力であり生命力とも言えるがアリスの身体は蝋である。


 常に燃えている事もまたフェニックスの特殊能力、それを封じられた事でアリスの身体は強固に固まって堅牢強固な鎧と化しバロンの力を上回っていた。同時にそれを破るには外的手段での加熱をすれば良いが、その場合肢能の刻印も融け落ちてしまうという事へも繋がってしまう。


 固まっている事でアリス自身も飛ぶ事ができぬ程に重く、動きも鈍くはなっているがその分安定感が増してバロンを押し返す程には踏ん張れる点もシリウスにとっては不利なもの。

 再生が追いつかない程の攻撃力で倒そうにも、その段階を踏むのにカードを使う事やアヤセが逃すはずがない事を踏まえると、確実に追い詰められていた。


(負ける、な。だが……己の招いた事態に対応してこその強者、でもあるか)


 負けを確信したシリウスではあるが、その闘志に衰えはなくより強く燃え盛る。そして心も静かに澄み切ったように落ち着いて状況を見る事ができ、一つ一つ整理していく。


(バロンは刻印が取れたとしても結界展開は使えない、だが身体能力に由来する咆撃は可能。問題はそれをただ当てても通じぬというのと、こちらの攻め手を妨害されぬように躱し切るか……そして何よりも、いつでも刻印を消せるにも関わらずしないのはこちらの出方を待ってるからか)


 肢能の刻印を使ってからは特にカードを切ることなく、お互いにアセスの判断に任せる戦いをし単純な消耗戦となっていた。共に相手の出方を待っている、そして僅かな情報の差で戦局の傾きへと響いている。

 眼鏡を光らせ凛と佇むアヤセが何を考えているのかはシリウスにはわからない、そしてシリウスもまた焦燥感を表に出さない事でアヤセへ重圧をかけ互角へ持ち込む。

 

(こうも読み難い相手は中々いませんね。終わらせるのは偲びないものの、幕引きをせねばなりませんね……!)


 静かにアヤセが魔力を滾らせカードを引き抜く。同時にスノウが固まった翼を動かし、白蝋を散らしながら羽ばたき始めシリウスとバロンも気を引き締め迎え撃つ姿勢をとった。

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