同業者の遺志

 夢幻牢にて繰り広げられる試練が静かに進む。シェダもまた魔槍操るディオンが迫る双頭の毒蛇ダブルヴァイパーを貫いて撃破し、カードとなった毒蛇を見届けてから開く道を確認しながらディオンをカードへと戻す。


(これで四部屋目、っと。今んとこは大した事ねぇ相手とあたってるが……)


 最初の部屋から四部屋を経てシェダが相対したのは魔物のみでリスナーとはあたってはいない。決して弱い魔物ではないが今の自分達の相手ではないとシェダは感じつつその通りとなり、逆にその事が余裕よりも緊張感を招く。


 ここまで戦ったのは飛竜ワイバーン、火犬ヘルハウンド、半魚人アンフィビアン、双頭毒蛇ダブルヴァイパーの四種類で、カードによる支援をせずにヤサカとディオンの二人を使い分け倒す事ができた。だがそれらはそれぞれ風、火、水、地の四属性の魔物であり、エタリラを司る属性全てと一致する。

 そこからある仮説が立ち、それに気づいたディオンの言葉をシェダは反芻しつつ次に行くべき方向を考えていた。


(ここまでで俺らの情報収集をしてる可能性、か……確かに四属性の相手をしたら大体はわかるしな)


(法を司るというアヤセ・ミサキは捕縛の際に幾重もの策を張り巡らせ、その為に情報収集を重ねるとの事だったな。ならばその事は試練にも反映されていると見ていい)


(って事は手の内は知られる上で挑む事になるってことか……温存できるならそれはそれでいいが、そうもいかねぇか)


 十二星召アヤセの人物像から試練内容を推測したディオンにシェダも心の対話で応答しつつ、前へと進む道を選び廊下を静かに進む。


 確かにアヤセは周到に用意をして確実に相手を追い詰める策士というのは、シェダもカゲロウ神社でのザキラ捕縛の件で一部始終を見ている。

 最奥にいるという彼女がもし挑戦者の能力を分析し、その対抗策を練り迎え撃つというならば明らかに不利と言えた。


 だが好意的に見るならそれは不利な状況をひっくり返せるだけの者を見定める為のもの、バエルがそうであるように策をねじ伏せるだけの実力を見極めるという理由と言える。十二星召側は戦いの内容やその条件に関して自由に決められるのを踏まえると、一人くらいは挑戦者が不利なものもあっても不思議ではない。


 そんな事を考えてる内にシェダは次の部屋へと辿り着き、すぐに臨戦態勢となるも敵はおらず腰掛けが一つあり既に道が開かれていた。休息の場のようだとわかると警戒しつつ腰掛けに座って肩の力を抜き、僅かに魔力も回復していくのが感じられ一息つく。


(エルクリッド達は進んでっかな……)


(問題はないだろう。お前はお前で今やるべき事を、成すべきことを成し遂げるのを優先しろ)


(言われなくたってわかってる、さ)


 沈着冷静に話すディオンにやや強く返しつつシェダは心を落ち着け、ディオンもまた静かに心の底へと戻りひと時の休息に身を委ねる。今は己のやるべき事を成し遂げる、その為に与えられた貴重な休みを利用するのが最優先と。



ーー


 夢幻牢を進むリオが辿り着く部屋は、枯れた大木が並ぶ晴れた荒野だった。乾いた風が吹き暖かさもあるが、それらは魔法により作り出された擬似的なものであると察し、タラゼドが関わったというだけあり本物の環境と大差ないほどだ。


(さて……部屋に入ってから気配はありますが、姿は見えず、か)


 ゆっくりと歩き進みながらリオはその気配を察知しカード入れに手をかけ続ける。敵がいるが姿を見せない、だがそれが魔物のものではなくリスナーのものというのはわかり、次の瞬間にリオが足を止めてその場から後ろへ数歩下がって何処からか飛来する寸鉄が地面に刺さるのを捉えた。


「いい加減、姿を見せてはいかがですか?」


「確かにそろそろ戦わないとキリがないアルネ」


 聞き覚えのある声が返ってくると共に枯れ木の上から身軽に着地しリオの前に現れるのは殺し屋ヤーロン。色眼鏡の位置を直し紐で封をされたカード入れを紐解いて手首に装着し、リオも応じる形でカード入れからカードを引き抜く。


「デュオサモン、ラン! リンドウ!」


「こちらもデュオサモン! ダオレン、デウ、久々に戦うあるヨ!」


 リオはクー・シーのランとケット・シーのリンドウの二人の剣士を召喚し、ヤーロンはドラゴニュートのダオレンと大シャコのデウを召喚する。


 互いにデュオサモンでアセス二体での戦い。ヤーロンのダオレンは毒を滴らせる片刃剣を操り微かな傷でも致命傷となり得る相手であり、デウは強固な甲殻を持ちハサミを用いての殴打や展開しての捕縛は俊敏である。


 同時にヤーロンのアセスはその二体のみというのもあり、数的優位はリオにはある。無論ヤーロンを容易く倒せればというのと、この試練において密造カードを与えられ使用してくる可能性もなくはない。

 そんな事をリオが考えてると、戦う前にとヤーロンが一言述べリオもカード入れへ手をかけつつ耳を傾ける姿勢を取る。


「密造カードは使う事はないから安心するネ。元々あれを使う事なく仕事をこなしていたというのもあるし、真っ向勝負というやつであいつの考えに近づけると思うあるヨ」


「……殺し屋トリスタン、か。私はその最後を見届けたわけではないし、彼が許されざる存在である事やそうなった経緯も記録から知っていますが……」


 リオがトリスタンの名前を出した事でヤーロンが少し肩の力を抜くと、あいつは変わり者だったと言いながら思いに耽るように空を見上げ、やり取りを思い返していく。同業者として幾度か仕事を共にし、時には仕事が重なり争奪戦になった事もあり無視できない存在である。

 そんな彼が死亡した事を聞いた時に不思議な感覚があったこと、そして彼と最後に相対したシェダとの戦いを通して見えた何かが、ヤーロンの中に燻ぶらせるものを与えていた。


「トリスタンのやり方は、リスナーが対象の時は必ず叩きのめしてから殺していたネ。もちろんそれはリスナー相手に拘束スペルが有効でないというのもあるガ……まぁ、とにかくあいつがいなくなってから思う事が増えたから、アヤセ・ミサキの提案にのったあるヨ」


 試練の話を受けた時を思い返しつつヤーロンが臨戦態勢に入りダオレンとデウもまた身構え、リオも応えるように気を引き締めるとランとリンドウも剣を抜く。


 真っ向勝負で考えに近づく、ヤーロンのその言葉に偽りがないとリオは感じられた。そしてリスナーとはそういうものと思いつつ、風が止むと同時に戦いの火蓋は切って落とされる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る