ザキラ再び
夢幻牢の通路は暗闇で後ろと前の部屋の明かりが射し込む程度だ。歩く度に床の軋む音がするだけで、見えない壁に遮られ後戻りはできない。
部屋に入る前に深呼吸をし軽く両頬を叩いてエルクリッドはカード入れの蓋を外し、指先でカードをなぞってから部屋へと踏み込む。
踏み込んだ先に広がるのはフレイの街の伝統的な建築とは異なる部屋、否、異空間である。乾いた風が吹く荒野が広がるそれは、水の国アンディーナのコスモス総合魔法院の試練での異空間と同じものと理解し、刹那、背後から迫る気配を察し素早く離れると足元から飛び出すは漆黒の鮫の姿だ。
「あたくしの相手があなたとはね……ま、いいでしょう」
「盗賊ザキラ……!」
姿を現し影となり契約するリスナーの傍らへと黒き鮫こと影ワニ・マリンが身体を半分だけ外へ出して待機し、カードを抜くエルクリッドに対し盗賊ザキラもまたふっと笑い右手首につけたカード入れに手を触れる。
ザキラは盗賊として目的達成の為に足止めや時間稼ぎを得意とし、無理に攻めようものなら待ってましたとばかりに罠へと嵌めてくる。今回既に部屋にいた事も踏まえると仕込みはされてると予想がつき、深呼吸をしてから臨戦態勢をとった。
「あたくしは戦いは好きではないの、でも、ちょっとあなたには興味が出たからアヤセに手を貸すことにしたの」
「興味、って、あたしはそういう趣味は……!」
そうじゃないのとケラケラ笑いながらエルクリッドの慌てた様子をザキラは眺め、傍らのアクアを撫でつつそれを語る。
「ネビュラの求めたもの……それが何なのか、ちょっと気になったの。このあたくしに時間を奪うよう依頼をしてきた彼が成そうとした事は聞いても正直よくわからなかったけれども、リスナーなら戦えばわかる……って事を思い出してね」
いかにして華麗に盗み出すかを重視し殺しは避ける盗賊ザキラ。その確かな腕を見込み科学者ネビュラが望んだのは時間を奪うこと。
その依頼内容自体は不可思議すぎるもの、その為に彼が計画の全容を成果を見せつつ語ってもザキラには正直よくわからなかったのが本音であった。
だが彼が無機質ながらも心の底から追い求めるということ、そうさせるだけの存在としてエルクリッドがいるという事は理解できた。特にエルクリッドに関しては殺し屋であるトリスタンとヤーロンに殺すなと厳命し続けていたのもあり、印象深くザキラは記憶している。
アクアを一旦カードへ戻しカード入れへ入れつつザキラはエルクリッドと目を合わせ、炎のように赤く美しく真っ直ぐな眼差しに胸の高鳴りを覚えながらカードを引き抜く。
「さ、始めましょうか。単純な力押しならあなたの方が上手、でもわかってると思うけれど……アヤセと戦うまでに満身創痍にならないように、ね」
(そっか連戦だから気をつけなきゃいけないんだよね。相手は逃げの専門家、そんであたしはアヤセ様まで途中休めるかわからないし……一気に決めるか、出し渋るか、見極めないと)
挑戦権が獲得できてないとなれば最低限それを満たすまで戦う可能性はある。となれば数は少ないが出し惜しみできない強敵との遭遇率が高くなるか、苦戦はしないが数をこなさなければならなくなるかの二択となる。
ザキラとは二度戦い、いずれもエルクリッドは逃げ切られてしまっている。今回は室内かつ試練の場であるものの、逃げを得意とする相手を捕捉し仕留めなければ消耗するのは必然だ。
(ここは一気に攻めてこう、ヒレイ、いけるよね?)
(いきなり俺を出すのか、構わないが……)
(迷わずに行くよ!)
対話を終えたエルクリッドが魔力を滾らせ熱風を巻き起こし、その威風の中でザキラはニ歩下がってその召喚に備えカードに魔力を込め臨戦態勢へ。
「赤き一条の光、灯火となりて明日を照らせ! 行くよ、ヒレイ!」
「紅色で地べたを濡らしなさい、トパーズ」
顕現するは白銀の外骨格を持つ赤き鱗のファイアードレイクのヒレイ。対するは赤き衣に華奢な身体を包む大斧を持つ小鬼レッドキャップのトパーズ。
体躯の差はもちろん力の差も歴然なのは多々買わずともわかり、トパーズもヒレイ見上げながら後退りし頭巾に顔を隠す。
「ザキラ様、流石にこいつぁ自分じゃ倒すの難しいですぜ」
「倒せとはあたくしも言わない、ほんの少し遊ぶ……ただ、それだけの話」
強敵を前に怖じ気づくトパーズへザキラは承知の上といった様子で臨戦態勢となり、エルクリッドも自分とは正反対に静かすぎるザキラの様子に少しの警戒をする。
実力の開きがわかってる相手は厄介な事が多い。単純なぶつかり合いを避ける為にカードを使わせ、一瞬の隙をついて逆転を狙ってくる、特に今回は連戦とわかっているために余計消耗の事を考えてしまう。
それが判断の迷いを招くのもまた理解し、エルクリッドはカードを引き抜き戦いに臨む。
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