演目・雷轟龍焔

 紫炎が消えながら切断された白銀の骨格が崩れ去り、降り注いだ岩に打ち付けられ完全に砕け散る。

 同時にバロンを抑えていたファイアフォールの炎も消えてバロンも着地し、高い場所から落ちてくるリオをその背に受け止めそっと下ろす。


「氷結剣か、見事なものだ」


「ありがとうございます、とはいえ、かなり魔力を使いますね」


 シリウスの声掛けに答えつつリオは額の汗を拭って霊剣アビスを鞘へと収めカードに戻す。深呼吸をしながらシリウスの隣まで後退し、その間にイスカもカードとなり手元に帰ってくる鬼火鳥タテハをカード入れに戻しながら分析をしていた。


(氷結剣、冷気そのものを刃とし触れたものを一瞬で凍らせる秘剣、だったね。タテハそのものではなく糸の方を狙って凍らせてくる、か……)


 イスカの扱う魔力の糸は絲終綺紅ししゅうきこうという魔法技術によるものだ。同じように魔力を糸とするものと比較すると細くしなやかで強度が勝り、何より魔力の伝導が非常に良い。

 それは言い換えれば相手の魔力の影響を受けやすいとも言え、リオの氷結剣の技を受け切れた部分から一気に機巧の腕へ効果が伝播し凍りついてしまった。


 無論それはイスカも把握している短所であるし、そうなったとしてもすぐに切り替えるなり対応策もいくつもある。何より長年の鍛錬によって多少切られた程度では影響しないよう、技術の精度を高めている為に普通は切れても凍りつく事はない。


(あのアイスバインド、目くらましだけでなく水をつけるためのものか。そして十分な魔力を貯めて放つ時間稼ぎ……わえとした事が、間を読み間違えるとは……)


 水蒸気としたアイスバインドは無力化しても水となって付着していた、それはほんの僅かではあるが氷結のしやすさへ影響するもの。そしてバロンの存在を意識していたのもあり、リオが魔力を込め氷結剣を放つには十分な時間と不意をつく舞台が整っていた。


 演者として演目の間のとり方や盛り上げの緩急というのは熟知している、それゆえの油断とイスカは反省を一瞬で済ませながら三枚のカードを引き抜き、心に語りかけてくるアセスへ意識を向ける。


(ウチの出番は、まだですの?)


(君と舞うのはまだ見せないよ。まずは久方ぶりの伝統奥義を舞い踊る、それを踊り終えてから、君と二人で最後の舞をする……それまでもう少し、わえに舞わせて)


 三枚のカードへ魔力を込めたイスカの目つきに鋭さが増す。感情を表に出さないが故にそれが表れた事の意味は大きなものを持ち、リオとシリウスの肩にも力が入る。


「デュオサモン、グシ、タマ……見せてあげるよ、アゲハ家秘伝演舞・雷轟龍焔の嵐を……!」


 蒼き鋼蜘蛛グシを掌に、ゆらゆら揺らめく鬼火ウィルオウィスプのタマをイスカが同時召喚する。前者は非常に小柄ながらも糸を操る事で操作を補佐し、後者はほとんど動けないがバインドなどのスペルを無力化する力を有する。

 その上でイスカは魔力を込め、その機巧をオーダーツールで呼び出し次の演目を示す。


「オーダーツール、焔燻ぶらせ雷轟纏う逆鱗を震わせ幕を上げる機巧の龍……第三演目ムラサキ、十八番演舞・雷轟龍焔操……!」


 オーダーツールによりとぐろを巻き姿を見せるは金属の長い身体を持つ龍の機巧人気ムラサキ。

 刹那、胸の辺りが開いてグシが中へと飛び込み、その前足が放つ糸に持ち上げられタマが格納されるとムラサキの目に青紫の瞳が宿り、全身の節から来電と炎を吹き出しながらイスカの両手と機巧の腕の計四本が繰り出す糸が繋げられた。


 両腕も操作に使うとなれば当然カードを抜けなくなる、だがイスカには指先から糸を放つ事でカードを引く術もあるので問題とはならない。しかしそれ以上に、デュオサモンとオーダーツールの併用と、アゲハ家最大演目とされるムラサキを繰り出した事の方がリオらにとって最大の障害である。


「アゲハ家最大演目ムラサキ……発火鉄と発電鉄を研ぎ澄まして作られた機巧の龍、それをアセスと共に操る事でより緻密な動きを可能とする……」


「ウィルオウィスプを格納したのもグシというアセスの護衛と機能強化の為、か……研鑽され積み上げられた人の技術がこれ程とはな」


 鱗を広げバチバチと紫電が鳴り、炎のヒゲを揺らしながらムラサキの目に光が灯り臨戦態勢となる。リオもまたローズのカードを抜き、バロンもまたシリウスの前にて足に力を入れ身構えた。


「翼持つ守護者よ、誇り高き名を胸に剣を掲げ降臨せよ! お願いします、ローズ!」


 白き翼を伸ばし召喚されるは戦乙女ローズ。素顔を晒すその姿を見てへぇとイスカが声を漏らしつつムラサキを動かし前へと乗りださせる。


「戦乙女と精霊獣、どちらも共に舞うに相応しい相手……わえも敬意を払い舞わせて貰うよ」


 手の指を繊細に、機巧の指を大胆に動かし目を光らせるムラサキが金属音の混じる咆哮を上げ天へ舞う。

 すかさずローズも聖剣ヴェロニカを抜いて飛翔し真っ向から挑みに行き、ムラサキが全身をしならせ紫の雷を放ち迎え撃つ。


 剣と盾とで雷を払いのけながらローズが迫りムラサキの身体を一閃、が、手が痺れる感覚と刃の通らぬ感覚とを感じて素早く離れ噛みつきを避けつつ分析を始める。


(鱗での刃を立たないようにするとは……これだけ大きな機巧人形を操るだけでなく、緻密な操作をするイスカ殿の技術は素晴らしいですね)


(糸を切るやり方は恐らくもう通じないでしょう。何とかしてアセスを撃破したいところですが……)


 イスカを称賛するローズと対話しつつリオはカード入れからカードを選び、螺旋を描くように迫るムラサキに対しローズが素早く飛んで避ける。

 全身が刃物のように鋭く研ぎ澄まされ、その上で炎と雷とを帯びる身体は少しでも掠めれば十分な手傷となってしまう。その上で攻撃を受け流す術と拘束系スペルへの耐性も備えるとなれば厄介極まりない。


 だが同時に先程と違いアセスを召喚してることが弱点でもある。それは地上からムラサキを見上げ続けるシリウスとバロンもローズの戦いを見守りながらその機会を待ち、荒々しくローズを攻め立てるムラサキが高度を下げた瞬間に高く跳び尻尾へと掴まる。


「演目・雷火回天!」


 両手を手招くように動かすイスカの操作と共にムラサキがその場で凄まじい速さで回転し始め、炎と雷とを纏う竜巻そのものとなりバロンを弾き飛ばしローズもまた荒れ狂う風に押され吹き飛ばされてしまう。


 そしてすぐに技を止めるとイスカはローズをしっかり捉えてムラサキを向かわせ、噛みつきこそ避けられるがすれ違いざまに爪で身体を引き裂き傷を負わせた。その反射がリオにも現れるが間髪入れずにムラサキの尾撃がローズの脳天を直撃し叩き落され、追い打ちとばかりにムラサキが口から炎を放ち焼き尽くしにかかる。


「スペル発動アースガード」


 叩き落されるローズをバロンが背で受け止め、刹那に舞台に落ちたままとなっていたアースフォールの岩がひとりでに動きバロンとローズを覆って炎を防ぐ。

 それがシリウスの使ったスペルによるものとわかるとリオは傷を抑えつつ振り向き、静かに頷いてから向かいに立つイスカを捉え直し戦いを続行する。


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