舞台に立つもの
切られた着物の布を捨て機巧の左腕と、そこに備えられ連なる刃を演者が露わにし指先を動かし刃の形を変え刀状にし握ると右腕の方は節で連ねしなるような形状の刃とし、ぐっと足に力を入れるのを察しシリウスがカードに魔力を込め、ダンもまた円環を帯状のまま維持し攻撃態勢へ。
風が止むと同時に先に駆けるはダン、やや遅れながらも演者も踏み込みながら右腕を大きく振るって鞭のような刃を放って迎え撃つ。ぎりぎりまで引きつけてからダンは避けようと走るが、それを見越してか演者はさらに腕を横へ振って軌道を変え、割って入るようにランが剣で防ぎ止め援護に入った。
「リオ殿!」
「スペル発動アクアチェーン!」
ランに応え発動するアクアチェーンの水の鎖が伸ばされた刃へ絡みつき、そのまま伝わるように演者の方へと素早く走る。同時にダンも接近してるのもあってか、演者は舌打ちして右腕をひねると刃が根本から外れて落下し、ダンが飛びかかって来るのに左腕を突き出す。
ダンの顔に切り傷がついてシリウスに反射し、一方で演者の顔を隠す布が切れて面に傷がつく。と、反転し追撃しようとするダンであったが演者は廊下の手すりに飛び乗るとそのまま空中へと逃げ、すぐにシリウスが止めにかかる。
「スペル発動エアーバインド」
風の綱が演者へと迫り絡みつきにいくが、その前に右手の裾から伸ばす紐付きの鉤爪を屋根へとかけた演者はぐんっと身体を引いてその反動で無理矢理回避してみせる。
スペルに対し防御策ではなく回避を選び、その上で不利と見れば戦いを避ける判断を即座に実行する。そうした演者の冷静かつ徹底した行動にシリウスは関心しながらも、すぐにダンに天井を穿かせて屋根へと移動させそれを追うようにランも空いた穴から出て逃しまいと攻めへ動く。
「屋根の上へ出る必要がありますね。シリウス殿」
「あぁ、ここは任せた」
素早く言葉を交わしシリウスが茨の柵を解除しつつその場から走り去り、リオはダンが空けた穴の下へ向かいそこから垂れるダンの帯を掴み屋根へと出た。
既にランが瓦屋根の上で演者と切結び鍔迫り合いを展開し、刃がぶつかる度に火花が散っては消えを繰り返す。
(ランとあそこまで……いえ、だからこそなのでしょうね。ならば遠慮せずやれます……!)
感心しながらリオがカードを引き抜くのに合わせてダンも走り出し、鍔迫り合うランと演者に割って入る。当然それを察し離れようとした演者だが、すぐにランが足を強く踏みつけて強引に抑え込む。
刹那、演者は右腕を振るい裾から苦無をいくつも放ってダンを迎撃し、何本か身体に刺さりつつもダンは止まらず飛びかかった。が、全身を使いランを押し退けた演者はその場から素早く跳んで避け、しかし次の瞬間にダンが予め伸ばしていた円環の帯に捕まり拘束された。
「我望むは静寂なる世界、冷厳なる氷雨は破邪の剣となりて汝を穿き万物を閉ざす……! スペル発動、ブリザレイド!」
周囲が一気に冷え込むと共に上空に氷の剣がいくつも現れ、一斉に演者へ切っ先を向けて雨の如く降り注ぐ。
動きを封じてから詠唱札解術を加えてのスペル攻撃に瓦屋根が飛び、白い冷気が着弾点を包み込みランも一度リオの傍らまで下がりダンも帯状の円環を引っ込めつつ、微かに凍りつかせながらも元へ戻し背負った。
ここまでやれば流石にと思いたかったリオだが、すぐに冷気の中に影が見えたのを捉え素早くランが前に出て剣を構え、冷気を貫き飛来する手裏剣を弾き飛ばす。
(ブリザレイドを受けてまだ立っているとは……!)
風が流れ冷気が晴れる中に演者は佇み、体中に氷をつけ切り傷を負い血を流し左義手を喪失しながらも健在であった。その事実に驚きつつもリオは演者の足元にある壊れた義手が開き、その中に模様を刻んでいるのを確認しどうやって凌いだかを察しつつも冷や汗を流す。
(使い切りの防御魔法を仕込んでいましたか……ですが危機に陥るまで温存しているなんて……本物、ですね)
剣を手に自ら戦う事を学んだからこそリオは演者の凄まじいまでの集中力と判断力に戦慄する。リスナーと異なり防御手段が限られてるとなれば、それには限りがあり心理的重圧から使えないままか判断を誤る事が普通だ。
しかし演者は機巧人形としての振る舞いは変えず、使えたであろう機会に使わず本物の危機を見極めてみせた。ぐらりと膝から崩れそうになってもすぐに糸を張ったように留まり、そのまま操り人形の如く体勢を直すとすぐに走り出す。
「ワイルド発動、バロンの咆哮」
その凛々しい声が聴こえた刹那に振り向く演者に獅子を象る衝撃波が襲いかかり、身体を覆う機巧人形の装甲がヒビを走らせながら外へと弾き飛ばされる。刹那にカードを使い終え上階から屋根へと出たシリウスが指笛を鳴らし、ダンが円環を解き帯状にして伸ばして演者を巻きつけ屋根へと下ろす。
直後に音を立てて面が割れて演者の素顔が露わになり、口から血を流しつつもため息をつく様子を見てリオはやや目を丸くする。
「女性……だったのですね」
「アゲハ家人形演者ヒタキ・アゲハ。此度の試練において演者として実力を推し量るよう兄者に指示を受け相対した次第です」
演者がヒタキと名乗り臨戦態勢を解くのを感じながらもダンは警戒して帯を緩めず、その間にランも彼女の腰から巻物を取り素早く退く。
リオもヒタキを見つめ聞く姿勢を示しつつもカード入れは開けた状態で保ち、それはシリウスも同様。そうした様子を見てかヒタキも観念したようにため息をつき、直後にじゃらじゃらと右手の裾から数多の暗器が溢れ落ちる。
「面を割られ人形となれない以上は戦うつもりはなかったのですが、警戒心の高さはお見事です」
「この巻物にも、罠があるようですね?」
「お察しの通りです。兄者の舞台に立つ者は、相応の心技体持つ者でなければなりませんから」
ランから受け取った巻物に仕掛けられた罠にリオが気づいて触れつつ、無表情で淡々と語るヒタキも素直にそれを明かす。紐をそのまま解けば発動する仕掛け、しかし思い返せば開ける事までは課題としてないと気付ける。
課題内容の書かれた巻物を広げ屋根の上に置き、そこへ獲得した巻物を置くと自然に紐が解けて広がり二つの巻物が黄金色の巻物へと変化し一つとなってひとりでに巻かれ封を閉じた。
それを見届けたヒタキは静かに頷いてからシリウスの方へ振り向き、巻物をと一言告げて行動を促し彼が巻物を開くと表紙の色がリオのものと同じく黄金色へと変わる。
「試練達成おめでとうございます、これにてあなた方は我が兄にしてアゲハ家当主イスカ・アゲハへ挑む事ができます。詳しくは巻物を受付に提示しお聞きくださいませ」
ヒタキが淡々と喋る様子はイスカと同じとリオは思いつつ、シリウスがダンをカードへ戻すと同時にヒタキの拘束を解く。すぐにヒタキは立ち上がると多少ふらつきながらも一礼をしすぐにその場から姿を消し、リオ達が気にかける間も与えなかった。
「あれが人の持つ強さ、というものなのだろうか。あるいは……」
エルフという異種族故かシリウスは疑問を感じつつもそれ以上は口にせず、リオもランをカードへ戻しつつカード入れの蓋を閉じる。
ひとまず目的は果たした、後は脱出し然るべき時にイスカへと挑むのみ。
「シリウス殿、協力に感謝します。私は城を出ますが、エルクリッドを待つならば……」
「気遣いは無用、それに自分の助けも今のあの子には必要ないだろう」
リオにシリウスが答えると、屋根の上から見える中庭にて爆発が巻き起こり二人の意識がそちらへと向く。土煙舞い上がる中に姿を見せるはエルクリッドとシェダの二人、意気揚々と四本腕の機巧人形へとアセスと共に挑む姿があった。
「……黙って立ち去ると、哀しむか」
ポツリとそう呟くとシリウスは屋根を歩いて戻る姿勢を見せ、リオも彼の気持ちを察しつつふっと笑い共に城から出て行くのだった。
NEXT……
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