知恵比べ

 機巧の街エカンで一際大きな建物が二つある。一つは街の統治者であるアゲハ家の伝統芸能である機巧人形を用いた演舞を行う劇場であり、今の時期は休演期間であるものの蝶の家紋が美しく画かれた建物をひと目見ようと訪れる者は多い。


 もう一つが、かつて四大国制となる以前に造られた城を改築した広大な敷地を持つ機巧城である。実力者を探し出すという試練において今回使われており、多くの者が入っては傷だらけで戻ってくる者や投げ捨てられるように上方から出てくる者などの姿が見え、やってきたエルクリッド達も城を見上げながら周囲の雰囲気を感じ気を引き締めていた。


「ここがイスカさんの試練……でも話だと毎回変わる、んじゃなかったですっけ?」


「先程聞いた話だと行われる場所は同じで、それぞれに課される試練が違うようですね。とはいえ、容易ならざる試練なのに変わりはなさそうですが」


 エルクリッドにリオが答えつつ周囲に目を配り、試練を終えであろう者達の姿を確認する。大怪我をしながらも満足げな表情を浮かべ達成したであろう者もいれば、反面全くの無傷ながらも悔しさを覗かせ再び城へ向かう者もいる。

 入口の近くには挑戦者であろう者達が受付に列を作っており、リスナー用の列もある。エルクリッド達も並ぶ為にノヴァとタラゼドと一旦別れて移動し、やがて順番が来ると参加証をまず見せ着物姿の暗い雰囲気の女性が確認を取ると紐で封をされた巻物を手渡す。


「城内での詳しい規定や達成すべき内容は巻物に書かれていますので確認しますよう。準備ができ次第、巻物を持参し挑戦してくださいませ……」


「はい、わかりまし、た」


 やや話しにくい相手と思いつつエルクリッドは参加証をしまって巻物を受け取り列を離れてノヴァ達の所へ戻り、少し待つと同じように巻物を渡されたシェダ達も戻ってくる。

 今回は再会したシリウスもいるという事でいつになくエルクリッドは明るさを増し、察したノヴァが軽くシリウスを押してエルクリッドへと寄せた。


「おじさんにあたしが強くなったとこちゃんと見せないとね! ちゃっちゃと内容確認しよ!」


 気合い十分元気爆発といったエルクリッドが巻物の紐を解いて勢いよく広げ、その内容に目を通す。が、しばらくすると額から汗を流し始め、やがて頭から煙を上げ俯いてしまう。

 見兼ねたタラゼドが苦笑しつつ失礼しますと言って巻物を取って目を通し、あぁと何かを納得しつつノヴァにも見えるように位置を低くし一同に見せた。


 巻物に画かれてるのは何かの模様、のようなもので文字には見えない。しかしそれが何であるかはノヴァにはすぐにわかったらしく、彼女の言葉を受けシェダ達も納得する。


「錯覚文字ですね。機巧の街らしい面白い工夫です」


「錯覚文字って確か斜めから見ると読めるとかそういうのだっけか? 確かにエルクリッドにこれは……」


 言いかけたシェダにエルクリッドが鋭い視線を向けて威圧し、それには苦笑しながら目をそらす。その横でリオが自身の巻物を広げ見ると、そこには何も書かれていない無地の紙があるのみ。

 そこからすぐに内容や仕掛けがそれぞれ異なるものと察しがつき、シリウスも巻物を広げてみると記号がいくつも記されており暗号となっていた。


「知恵を試す試練、か……ここの十二星召は中々に考えてるな」


 リスナーにとって知恵というものは戦いの上で必要な素質の一つ。例え力の差はあってもカードの組み合わせ、戦術次第で下剋上もできる。

 同時に向き不向きの面でもイスカの試練が選別目的もあるのをシリウスはすぐに勘付き、その横で唸りながら座り込むエルクリッドは頭を抱えていた。


「エルクリッドさん、わたくしで良ければ力になりますから……」


「いえ! これは自力で解きます! あたしの力で解きます!」


 声をかけるタラゼドに即座に返しながら勢い良く立ち上がりびしっと決めはするも、再び巻物を見てすぐにエルクリッドは頭から煙を上げ一同を苦笑させる。


 しかし謎解きの内容が同じでないのもあってか周囲を改めて見回すと、エルクリッドと同じように頭を悩ませる者達の姿が見え、仲間内で相談する者もいれば受付にて巻物を返し諦めるものもあった。


 まず謎解きをさせて振り分けてから城での試練に挑ませ、さらに数を絞るというイスカのやり方は星彩の儀というものの掟に沿いつつ工夫されたものである。最初の謎解きも元々解けるならそれでよし、そうでなくても考える力を養いつつ別の十二星召へ挑む選択肢も残しておく事で状況判断をできるようにする。

 機巧の街はその技術者が多く、創意工夫と閃き、叡智の積み重ねにより発展してきた。そんな街の統治者らしさある試練と思うとノヴァとリオは舌を巻き、シェダも自分の巻物を解き内容に目を通す。


「俺のはそんな難しくねぇな、読めるな」


 さらっとシェダがそう口にすると飛びつくかのごとくエルクリッドが彼の巻物に目を通し、いくつもの図形が重なり合う絵を見てすぐに頭から煙を上げ卒倒しかけシリウスが支え持つも、エルクリッドは白目を剥いて気絶してしまっていた。

 一見する巻物のそれは複雑怪奇な図形ではあるが、そこにシェダは何かを読み解いたらしい。文字のようなものは見えるが、それが何かまでは背伸びして見ているノヴァにはわからなかった。


「とりあえず書いてある事を言う……ってのはエルクリッド的にはしない方が良さげだな」


「彼女の意思を尊重するならば、今回は各々でこの謎解きに挑み城へ向かうのがいいのでしょうが……あまり苦戦するようならタラゼド殿の力を借りるのも致し方ないかと」


 シェダの提案に乗りつつリオがため息混じりにエルクリッドに目を向け、ひとまず方針が決まる。謎解きは各々で行い城へと挑む。


 そんな姿を遠巻きに、屋根の上から十二星召イスカは座って眺めつつ広げた巻物に筆を走らせ絵を描き、その手をアセスである鋼蜘蛛グシが這い回る。


「うん、良い眺めだ。心技体を研鑽する事でわえの舞台もより良くなる……そうは思わないか、グシ」


 短い手で糸を編むグシは八つの目をイスカに向けつつ編んだ糸で玉を作ってみせ、それにイスカはふっと笑い風を受けて目を瞑り息を吸う。


 より良い舞台の為に、試練という機会を利用しイスカが思うは美しく舞い踊る舞台と、その相手を求めていた。

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