星彩の召喚札師ⅩⅠ

くいんもわ

血の陰り

赤の水面にて

 真白の空間にただただ赤の水面が広がり、そこに横たわるエルクリッドはそれが己の心の世界、夢を通して見るものと自覚しながら目を瞑る。


 揺れる水面が静かに波紋を広げただただ静寂が広がるのみ。心地良く何もない世界でエルクリッドが小さくため息をつき、水の中から伸びて首に触れる手を掴みながら上体を起こし背中にすがりつく彼女へ声をかけた。


「何の用なの、アスタルテ」


 同じ顔を持ち黒き髪のアスタルテはくすくすと微笑みながらエルクリッドにしがみつくように身を寄せ、鎖骨に触れる指先がずぶっとエルクリッドの身体に沈み込み一体化していく。


「大した用ではありませんよ。ただ……少しお姉様とお話を、と」


 火の夢エルドリックの欠片より作られた存在であるアスタルテは、制御装置としてエルクリッドの中に宿り続けている。今の所はそこから何かをするわけではない、しかしやろうと思えばできる存在であるのも確かな事だ。


「あたしの身体を乗っ取る、って事はしないのね」


「あたしはお姉様の為に作られた……不利益になる事はしませんよ、今の所は」


 静かにアスタルテの指がエルクリッドと一体化しながら沈み込み、そこからお互いの生命というものを感じ合う。姉妹というよりは分身というのが適切なのだろう、あるいは別の何か、エルクリッドとアスタルテは身を寄せ合いつつ赤い水面の上で身体を混ぜ合わせ、やがて離れ元に分かれる。


 そしてふと思い出したように、アスタルテが問いかけたのはエルクリッドの先の話だ。


「お姉様は目的を果たしてから何をしますか?」


 服の乱れを直しつつエルクリッドはそういえばと改めて思い直す。強くなりバエルを倒して、十二星召全員にも勝って、ノヴァの依頼を果たしてから自分は何をすべきか。


「そんな先の事、わかんないよ。まだ終わってないし……でも……」


「でも?」


 膝を抱えて座るエルクリッドと背中合わせにアスタルテが座りながら相槌を入れ、しばし沈黙が続く。その中でエルクリッドは思い直す、自分の力の事、アスタルテの存在、何処へ帰るべきなのかと。


「……とにかく今はやれる事を、しなきゃいけない事をする。考えないわけじゃないけど、今は、まだ何もわかんないし」


 立ち止まっていても何も変わらない、やれる事があるならやるしかない。自分の中にいるアスタルテへ話す事が自問自答ともエルクリッドは思いつつも、ふと振り返るとアスタルテがいなくなってるのに気がつき水面の上に立つ。


(……やれる事、しなきゃ)


 深呼吸をしていつものように両頬をぱんっと叩きエルクリッドが気を引き締めるとはっと目が覚め、薄暗い部屋の中で身体を起こし意識を切り替える。


(えーと……そうだ、シェダと村に帰ってきて……)


 夢を見終えて徐々に感覚が現実へと戻り、五感が伝えてくるものが思考の切り替えを押し進めていく。神獣オハムを制したシェダと共に彼の故郷であるスアの村に戻り、そのまま一夜を明かす事となった。

 エルクリッドはノヴァ、リオと共に空き家を借りてそこで眠り、シェダとタラゼドはシェダの家で休んでいる。


 少し乾いた風が扉代わりの幕から流れ込み、まだ夜明けにも遠いのを感じエルクリッドは再び身体を寝かせ目を瞑った。朝になれば火の国サラマンカに向かって出発する、そこで次の戦いが待っていてどんな試練になるかはわからない。

 今現在、エルクリッドの参加証は四つの星を持ち、シェダは三つ、リオが一つ。星彩の儀が始まってまだ二週間程だが順調と言え、同時にこれからの戦いはより厳しくなっていくのは想像がつく。


(一度挑んだ十二星召には勝敗の結果問わず挑めない、同じ相手と戦っても挑戦権は貯まらない……先に進む程に強い人と戦うことが増えてく、勝つのが難しくなってく……そしてその先に、あいつは、いる)


 参加証の星を七つ貯める事で熒惑けいこくのリスナー・バエルに挑め、それが五曜のリスナーとなる第一歩となる。未だその後どのように選抜するのか等はわからないし、そこまで行く事がどれほど難しいかも考えると何も見えない。


 それでも決めた事はやり通す、前に進むと決めたのに変わりはないとエルクリッドは言い聞かせ、朝が来るまでもう一眠りし身体を休めるのだった。


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