魔術学院の不合格少女による学院生成りすまし生活
中野砥石
第一章
第1話
「やっとこの日が来たよ」
眼前にそびえる巨大な門戸を前にして、白髪の少女は呟く。
鉄扉の奥、王都に建立する城と同じ建築技法の巨大な建造物が彼女の翡翠色の瞳に映る。城塞も見るからに堅そうな漆黒の石材が使われていて、外部からの侵入を阻んでいた。
さすがアズガルド王国が誇る魔術の学舎、エイワス王立魔術学院だけある。
荘厳かつ堅牢な佇まいだ。
目の前の門を潜れば学院の敷地の傍へ、ソフィーはようやく訪れる事が叶った。
そんな彼女は胸の高鳴りが収まらず胸元にかかる自身の髪をぎゅっと握る。緊張感で細い指先が冷たくなるのを感じていた時、周囲の微かなざわめきが耳に入った。
ソフィーは少しの不安と大きな期待に輝く、くりっとした瞳で周囲を見回す。自身と近しい年代の者達が学院の門が開くのを今かと待っている。
上流階級の生家とすぐにわかる良質な生地で設えた服を着る者が多数。その中でも名だたる魔術師名家の家紋が服に刺繍された者もいる。
「ここにいる人達、みんな学院の入試を受けに来たんだよね……」
周りの若人達を見て、ソフィーも改めて自身も学院の受験者の一人と実感する。
今日、ここに集まった者達全員、学院生となるため試験を受ける志願者。この中から選りすぐられた優秀な若き魔術師がさらなる躍進と成功の機会を得る。
そのために、王都に隣接する
手元がかじかんで、自身の髪をさらに強く握りしめいた事に気付いた。
(今さらビクビクしても仕方ないでしょ、ソフィー・ジュリアス! ここまで来たら当たって砕けろよ!)
今日ここに来た以上、ソフィーにできるのは学院入試に全力で挑むだけ。
魔術師の素養や修練の度合いに違いはあれ、周りの人達とは受験者という立場は同じ。ソフィーもこの日のために必死に勤しんできた自負はある。
あとは学院から出題される試験を受けて、その後の結果を待つのみ。
決意を新たにソフィーは自身を鼓舞すると、周囲のざわめきがさらに大きくなり出す。声の拡がりにふと振り返ると、瞳に映る先の人物に目が釘付けになった。
周りの受験者も、彼女の存在感にスペースを空け出す。
他の上流階級の者達とは一線を画す上品さと優雅さを放つ美麗な少女。
歩くたびに揺れる、太陽の煌めきを凝縮した黄金色のサラサラの長髪。門扉を見据える聡明な印象を受ける切れ長の青い瞳。
身に着ける淡青色のワンピースも、彼女の均整の取れた肢体と相互に引き立てている。淑やかな雰囲気も相まって彼女の美貌と存在感をさらに強調していた。
高貴な風体の少女がこの場に現れて、周りの人達も動揺と驚愕を隠せなくなる。社交場の人間関係を知らない下町出身のソフィーでも彼女の存在を知っていた。
「お、王女様……⁉」
思わず声が漏れたソフィー。周りの受験者も彼女の登場に空気が一変した。
「ウ、ウソだろ……⁉ まさかエミリア王女も……⁉」
「あのエミリア王女も学院に受験するのかよ……⁉」
「もしかして、ルナリア王女もここにいるのか?」
「それはないだろ。ルナリア王女は病弱で床に臥せているはずだ」
周りから様々な声が重なり合って、さらなるざわめきになった。
その中心にいるアズガルド王国第一王女、エミリアに目を奪われる。そんな彼女の慎ましい佇まいで受験開始前の門前で待っていた。
(やっぱり、魔術の天才と謳われる第一王女様も受験するんだ)
学院の受験資格に家柄は一切問わない。問われるものは魔術の技量と知識のみ。
素養や修練の質と量は別に、エミリア王女もここにいる者全員と立場は同じ。だが、彼女の知られる他の名に、ソフィーも別格と思わされ、他の者達も息を呑む。
《
王家に生を受けてすぐ、魔術の才覚を見出された。同じく生を受けた双子の妹君も、類稀な魔術の才を持ち合わせていた。けれど、生まれながら体が弱く、静養することが多いのも、国民は皆知っている。
そんな第二王女ルナリア・ウル・アズガルドの姿はこの場にいない。姉のエミリアだけが学院の門を叩くのだろう。
王女を見ながらそう考えたソフィーは、すぐ傍から重々しい音が聞こえてきた。
すぐ前を向き直すと、今まで閉じていた巨大な鉄扉が開かれる。学院の門が開かれると、学院の敷地が視界に入った。そしてすぐ目に映る人物が声を発してきた。
「受験者の諸君。よくエイワス魔術学院の門を叩く決意をしてくれた」
門扉が完全に開かれた後、一人の老年の男性が目に入った。
短髪の髪と同じ色の白髭と年相応の顔に深く刻まれた皺。しかし、彼の羽織る漆黒のローブの下の体格の逞しさや姿勢の良さは年不相応過ぎた。
そんな老年の男性を目にして、ソフィーも含め受験者全員の背筋が自然と伸びた。
「学院を代表して、ジークフリード・マードックが受験者の皆へ、試験前に告げる」
太く低い声で紡がれる威厳溢れる言葉。彼の貫禄ある発言に受験者は息を呑む。そして、王国発展に大きく貢献した偉大な魔術師ジークフリードは続けて話した。
「ここは力と知恵が
ジークフリードが淡々と話すと、振り返って校舎の方へと歩き出した。すると、門の脇からローブを着る他の魔術師が現れ、その中の一人が受験者へ声を発する。
「ここへ集う受験者には、学院の入試を受けるに値するか、先に適性審査を受けてもらう」
拡声用の音の魔術が発動し、自ら発した言葉を受験者達へ広げた。
口元の前に描かれた術式も注がれた魔力も、あまりの早業に遠目では捉え切れない。そう感じたソフィーは、眼前の魔術師から続けて言葉が告げられた。
「受験者は我々学院教員に適性審査を受けてもらう。審査突破した者は、次に構内で実施する筆記審査と実技審査を受ける資格を与える。全ての審査を突破した者は合格とし、来年度から学院生となる。ただし、一つでも突破できなければ、その時点で落第。異論は認めない」
淡々かつ威圧感も兼ねた口頭説明を終えた学院教員も後ろを振り返る。その後、教員全員が門の脇へと移動していった。
「適性審査を突破した者から学内へ踏み入れろ。失格者はすぐに立ち去れ」
拡声された魔術師の文言が受験者の皆に届く。そして門前に集っていた人混みが一気に門の脇へと流れ込んでいった。
「わ、わたしも行かなきゃ⁉」
この場の空気に呑まれていたソフィーは我に返り、すぐさま門の脇へ進む。
すでに適性審査を行う受験者が長蛇の列をつくっていた。出遅れてしまったソフィーは列の一つの最後尾に並ぶ。
教員を前にした志願者は次々と門から離れていき、多くは学院の敷地へ踏み入れる。それ以外の少数は肩を落として、学院から離れていく方向へと歩いていった。
失格者が去っていく小さな背中を目にして、ソフィーは唇をきゅっと結ぶ。
その後、長かった行列は短くなっていき、眼鏡をかける教員の姿が眼前に映った。
「君で最後か」
最後尾だったソフィーを前にした赤髪の男性教員は、手元に水晶玉を持っていた。彼はその手を対面にいるソフィーの顔のすぐ前へ近づける。
その直後、無色透明の球体に色の付いた
何と表現すれば適切か判別しかねる色が薄い膜が広がるように広がる。すると、男性教員はソフィーの眼前に出してきた水晶玉を降ろして目を合わせてくる。
「魔力総量が基準値未満。失格だ」
「……え?」
無表情のまま淡々とした声で告げてきた。そんな男性教員の言葉に、ソフィーは呆けた声が漏れてしまう。
「何をしてる? 適性審査はもう終わった。失格したのだから、ここにいられたままだと邪魔になる。すぐにここから離れてくれ」
聞き間違いかと思った。
ソフィーは今日まで、自身の夢に向けて学院の試験対策も備えてきた。筆記審査も過去の傾向を調べ上げて網羅的に対策した。実技審査も自主練を積んできた。
それが、最初の適性審査で振り落とされてしまった。
あまりに呆気ない入試の結末を突きつけられて、ソフィーは頭が真っ白になる。
こうして、待望だったソフィー・ジュリアスの学院入試は幕を閉じた。
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