第19話 判明した過去
朝、パパの顔は強張っていた。いつも明るくエネルギーに満ちているパパが、食事中も無言で、おかずとご飯を口に運んでいた。
「行ってきます。」
玄関まで送る勇気がなく、リビングにいたまま、
「行ってらっしゃい。」
と絞り出した。
パートどうしよう。でも、急には辞められない。上達してきた陶芸も正直、止めたくない。悩みながらも、支度をしていた。そして、不安の中にわずかな期待を抱いたまま、「ふじた」のある通りにさしかかった。
その時、私を呼び止める声がかかった。
「あなた、『ふじた』で働いている人でしょう?」
「はあ。そうですけど。」
見ると年配の人の良さそうな女性だった。
「私、そこのお茶屋の佐藤といいます。よけいなことだと思うんだけど、お耳に入れておきたいことがあって。ちょっといいかしら。」
「は、はい。」
言われるままに、佐藤さんのお茶屋さんでお茶を一杯ご馳走になった。
「あのね。話というのは、「ふじた」なんだけど、あのお店の店員さんて、いつも女性が1人で、すぐに辞めてしまうの。」
「ああ、私の前の人も急に辞めたって。」
「そう。その辞めた理由って、あなたの店のご主人と店員の女性の不倫だったの。」
「え?ま、まさか。本当ですか。」
「本当よ。あなたの前の人なんか、ご主人が店に怒鳴り込んだのよ。奥さんは、もう土下座して謝って、もう修羅場だったんだから。」
「・・・・・・・・。」
言葉がでなかった。
「だからね。余計なことだけど、あなたに伝えておこうと思って。手遅れになる前に。あの男は、女の体めあてなのよ。」
(手遅れ・・)その言葉が、重く心に響く。お礼もそこそこにお茶屋さんを出る。
辞めなくちゃ。もう手遅れかもしれないけど、辞めなくちゃ。
「おはようございます。」
藤田さんが、笑顔で迎えてくれた。その優しそうな笑顔に一瞬ためらったが、
「昨日は、ありがとうございました。」
藤田さんは、そう言って、私の手をとろうとした。やっぱりそうなんだ。
「あの、私、やっぱり夫や子どもたちに顔向けできません。今日でやめさせてください。」
「どうしたんですか?急に。」
「私の前に働いていた人とも関係をもったんですよね。不倫と分かってて。」
「まいったな。自由恋愛ですよ。人が好きになるのは止められないでしょ。未可子さんの前の人とも僕は愛し合ってたんですよ。でも、旦那さんが理解がなくて。」
「私の夫だって理解できないと思います。私は、彼を悲しませたくないんです。」
「僕たちは、もう、あんなに熱く愛し合ったじゃないですか。」
「私は、間違っていました。ごめんなさい。今日で辞めます。」
「未可子さん。」
手をとろうとした藤田さんの手を振り払い、店を走り出た。
駅まで歩きながら、甘い言葉に流されてしまう、自分の軽さに呆れていた。
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