第6話「君が見ていたのは」

 夏の太陽が容赦なく照りつける八月の中旬、俺たちは二泊三日のサークル合宿のために、緑豊かな山間のロッジに来ていた。昼は川で遊び、夜はバーベキューとキャンプファイヤー。これもまた、俺が過去の記憶を元に完璧な計画を立てたイベントだった。


 十年前の合宿では、バーベキューの火起こしに手間取って開始が大幅に遅れ、キャンプファイヤー用の薪が湿っていてなかなか燃え上がらないという、段取りの悪さが目立った。


 だから、今回は俺が全て先回りして準備した。

 火起こしが苦手な拓也には任せず、俺が率先して着火剤と質の良い炭を用意し、あっという間に火をおこしてみせた。湿りがちな薪については、事前にロッジの管理人に頼み込み、乾燥した薪を別に確保しておいた。


 おかげで、合宿の一日目は驚くほどスムーズに進んだ。

「ケンゴ、お前がいなかったらどうなってたことか!」

「まじで準備良すぎだろ!」

 仲間たちの賞賛を浴びながら、俺は内心で安堵のため息をついていた。計画通りだ。これでいい。


 夜も更け、バーベキューが一段落した頃、合宿のメインイベントである肝試しが始まった。これも、俺が企画したものだ。怖がりの女子たちがキャーキャー騒ぎ、それを男子がからかう。定番のイベントだが、だからこそ盛り上がる。


 もちろん、ここにも俺の仕掛けがあった。

 十年前、拓也が仕掛けた脅かし役が盛大に失敗し、グダグダな雰囲気で終わってしまったことを俺は覚えている。だから、今回は脅かし役のルートやタイミング、小道具に至るまで、俺が全てを詳細に指示した。


 俺と結衣は、最後のペアとしてスタートすることになっていた。これも、二人きりになるための計算通りの展開だ。


 懐中電灯の頼りない光だけを頼りに、二人で真っ暗な森の中の小道を進む。虫の声だけが、やけに大きく聞こえた。


「やっぱり、ちょっと怖いね……」

 結衣が、俺のTシャツの裾を遠慮がちに掴んだ。その小さな温もりに、心臓が跳ね上がる。


「大丈夫。俺がついてるから」

 できるだけ頼りがいのある声で、俺は言った。

 心の中では、次の角で脅かし役の田中が飛び出してくることを知っている。だから、少しも怖くはなかった。


 案の定、角を曲がった瞬間、「うわーっ!」という声と共に、白い布を被った脅かし役の仲間が飛び出してきた。


「きゃあ!」

 結衣が短い悲鳴を上げて俺の腕にしがみつく。

 俺は「うわ、びっくりしたー」と、わざとらしく驚いてみせた。完璧なリアクションだ。


 だが、その時だった。

 俺の腕にしがみついたままの結衣が、ふと顔を上げて俺の顔をじっと見つめた。


「……ケンゴ、全然びっくりしてなかったでしょ」

「え?」


 懐中電灯の光が、結衣の真剣な瞳を照らし出す。

 その瞳は、何かを見透かすように、まっすぐに俺を射抜いていた。


「だって、今、少しだけ笑ってたもん。全部わかってた、みたいな顔してた」

「そ、そんなことないって。急に出てきたから、腰抜かすかと思ったよ」


 俺は慌てて誤魔化すが、結衣は納得していないようだった。彼女は掴んでいたTシャツの裾からそっと手を離し、俺から少しだけ距離を取った。そのわずかな距離が、まるで深い溝のように感じられた。


「……最近、ずっとそうだよね。ケンゴは、いつも一歩先を読んでるみたい。みんなが何をしたら喜ぶか、どうすればうまくいくか、全部知ってるみたい」

「……」

「すごいなって思うけど……でも、時々、思うんだ。今のケンゴは、本当のケンゴなのかなって」


 結衣の言葉が、鋭いナイフのように俺の胸に突き刺さった。

 完璧な夏を演出しようとするあまり、俺は「完璧な相馬健吾」という役を演じ続けていた。

 面白い奴、頼れる奴、物知りな奴。

 仲間たちが、そして結衣が求めるであろう理想の人物像を、俺は必死に演じてきた。


 だが、それは本当の俺じゃない。

 本当の俺は、もっと不器用で、もっと格好悪くて、こんなふうにスマートに立ち回れる人間じゃない。


「ごめん、変なこと言っちゃったね。行こっか」

 結衣はそう言って、先に歩き出してしまった。

 その背中が、どんどん小さくなっていく。


 俺は、その後ろ姿を、ただ呆然と見送ることしかできなかった。

 キャンプファイヤーのパチパチと爆ぜる音が、やけに遠くに聞こえた。森の闇が、急に深くなったような気がした。

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