鬱ゲー世界のお邪魔キャラに転生したので、原作知識で先回りして闇落ち前の敵キャラを全員救った。すると、全員ヤンデレ化して、バッドエンド確定のエロゲになった。
田の中の田中
第1話 これは最高の夢だ
重いまぶたをこじ開けた『彼』の目に飛び込んできたのは、見覚えのない天井だった。
細かい彫刻が施された天蓋。
背中を包むのは雲のように柔らかな感触で、肌に触れるシーツは非常に滑らかだった。
「…どこだ、ここ」
絞り出した声は、妙に低く、よく響いた。
自分の声ではないような違和感を覚えながら、彼は上半身を起こす。
驚いたことに、身体が羽のように軽かった。
周囲を見渡した彼は、言葉を失った。
そこは、まるで中世ヨーロッパの屋敷の一室だった。
磨き上げられた木製の家具、壁には壮麗な絵画。
大きな窓の向こうには、手入れの行き届いた広大な庭園が広がっている。
状況がまったく理解できない。
混乱した頭のままベッドから降りると、部屋の中央に置かれた大きな鏡が目に入った。
そこに映る自分の姿を見て、彼は息を呑んだ。
「は……?」
鏡に映っていたのは、寝癖のついた黒髪に、どこにでもいる平凡な顔立ちの青年ではない。
流れるような艶のある銀髪。血のように鮮やかな赤い瞳。彫刻のように整った顔立ち。
絶世の美青年が、呆然とした表情でこちらを見つめている。
その顔には、見覚えがあった。
鬱ゲー『ダーク・ファンタズム』。その物語序盤で主人公の前に立ちはだかり、その傲慢さゆえに破滅する貴族――ディオ・ベルンハルト、その人だった。
彼は恐る恐る自分の頬に触れる。
次に銀髪をかき上げ、赤い瞳を瞬かせる。
鏡の中の青年も、同じ動きをした。
紛れもなく、この身体は彼自身が動かしていた。
「嘘だろ…俺が、ディオ・ベルンハルトに?」
これは転生というやつか。
彼は、突きつけられた非現実的な事実に打ちのめされた。
「落ち着け、落ち着け俺…まずは状況整理だ」
彼はゲーマーとしての思考力を総動員し、パニックに陥りかけた思考を必死で抑えつけた。
まず、ここは『ダーク・ファンタズム』の世界で、自分はディオ・ベルンハルト。
原作の彼は、ベルンハルト侯爵家の嫡男として生まれ、その魔力量と才能は大陸随一と謳われた天才だった。
全属性の魔法に適性を持つ規格外の存在。
しかし、その傲慢で残忍な性格が災いし、ゲームの主人公たちにちょっかいをかける。
最後は、物語中盤で無様に敗れ去る、いわゆる「かませ犬」キャラだ。
「…だとしても、まずはその能力が本物か確かめないと始まらない」
彼は部屋の中央で静かに目を閉じ、意識を集中させた。
すると、体内にまるで宇宙が渦巻いているかのような、膨大なエネルギーを感じる。
彼は右手のひらを上に向け、ゲーム内で最も基本的な光魔法の呪文を小声で唱えた。
「ライト」
瞬間、手のひらの上に、暖かな光の球体がふわりと現れた。
その輝きは、ゲームで見たどんなエフェクトよりも強く、生命力に満ちている。
「すげぇ…本物だ。じゃあ、これはどうだ?」
次に、呪文を唱えず、ただ光の球体を頭の中にイメージする。
思考と同時、何の前触れもなく手のひらに光が灯った。
「無詠唱まで可能かよ! チートすぎだろ!」
彼は歓喜の声を上げた。
闇魔法、火、水、風、土。
次々と初級魔法をイメージするだけで、そのすべてが完璧に発動した。
この身体は、原作通り、あるいはそれ以上のチート能力を秘めている。
「よし、次は時間軸の確認だ」
興奮を抑え、彼は部屋の扉に向かって声を張った。
「誰かいないのか!」
すぐに扉がノックされ、年老いた執事が恭しく入室した。
「お呼びでございますか、ディオ様」
「ああ。おい、今日は何月何日だ? それと、今日からしばらくの俺の予定を教えろ」
執事は手帳を手にし、開いた。
「本日は、帝国暦1008年、春の月19日でございます。本日のご予定は、午前中は魔法訓練のみ。近々、王宮にて開催される夜会がございますので、そのご準備も怠りませんように…」
「夜会…」
その単語を聞いて、ディオの脳裏にゲームのシナリオがよぎる。
間違いない。ゲームの物語が始まる前だ。
(助かった……! これならまだ間に合う。これから起こる悲劇を全部未然に防げるんじゃないか!?)
彼は幸運に感謝し、内心でガッツポーズをした。
ひとしきり能力の確認と状況整理を終えた後、慣れない魔力操作によるものか、彼は急な疲労感を覚えた。
ふらつきながら、再びあの雲のように柔らかいベッドに倒れ込む。
「…でもこれ、もしかして、ただの夢だったりしてな」
そんな考えが頭をよぎる。
あまりにもリアルだが、非現実的すぎる。
もし夢なら、覚めてしまえば全て元通りだ。
彼は夢ではないことを願いながら、ゆっくりと意識を沈めていった。
次に彼が目を覚ました時、視界に映ったのは見慣れた自室の天井だった。
天井の隅には、うっすらと蜘蛛の巣が張っている。
「戻って、きた?」
慌てて身体を起こし、自分の手足を確認する。
どこにでもいる平凡な大学生のいつもの身体だ。
机の上では起動したままのパソコンが静かにファンを回しており、その画面にはデスクトップ画面が表示されていた。
「はぁ…やっぱり夢か。とんでもなくリアルな夢だったな…」
安堵のため息をつくと同時に、先ほどの体験の鮮明さが蘇る。
手のひらに感じた光の暖かさ、体内に渦巻く魔力の奔流。
あれがただの夢だったとは、どうしても思えなかった。
「…もしかして」
ある可能性に思い至った彼は、再びベッドに潜り込んだ。
「もし、もう一度眠れば、またあの世界に行けるんじゃないか?」
期待を胸に、彼は再び眠りについた。
そして――。
目覚めた時、彼はやはり、ディオ・ベルンハルトとして、あの豪華な部屋のベッドの上にいた。
「…マジかよ」
彼はベッドから飛び起きると、もう一度眠りに落ちた。――目が覚めると、散らかった自室。
また眠る。――目が覚めると、豪華な貴族の部屋。
何度か眠りと覚醒を繰り返すことで、彼はある一つの結論に達した。
「そうか、わかったぞ! これは夢だ! 俺は自由に夢の世界を冒険できる特殊な才能、『明晰夢』を見る能力に目覚めたんだ!」
彼は一人、部屋で叫んだ。
「この『ダーク・ファンタズム』の世界は、リアルすぎる壮大な夢! ディオ・ベルンハルトは、俺が自由に動かせるアバター! つまり、最高のVRゲームってことじゃないか!」
夢の中なのだ。何をしても、現実の自分に影響はない。
たとえ死んだとしても、目が覚めるだけだろう。
そう確信した途端、彼の心から得体の知れない恐怖は消え去り、代わりに無限の可能性に対する高揚感が湧き上がってきた。
「これは最高の夢だ。しかも、俺は最高のチート能力を持ってる」
彼は姿見の前に立ち、そこに映る銀髪赤眼の美青年を見つめた。
「だったら、この夢を最高に楽しまなきゃ損だよな?」
心は決まった。
原作の『ダーク・ファンタズム』は、仲間が次々と死んでいく救いのない鬱ゲーだった。
特に、敵として登場する少女たちは、それぞれが悲惨な過去を背負い、心を歪ませ、闇に堕ちていく。
「婚約破棄されて絶望する公爵令嬢、聖女なのに幽閉される少女、奴隷として売られるエルフ、魔力暴走で迫害される半竜の娘……」
彼は指を折りながら、悲劇の少女たちを数える。
「原作じゃ過去だけ明かされて、みんな救われず、倒されるだけだった。だが、俺がいるなら話は別だ」
原作知識という完璧な攻略情報。
そして、ディオ・ベルンハルトの圧倒的な力。
この二つを駆使すれば、どんな絶望的な運命だって覆せるはずだ。
「よし、決めた。全員救ってやる」
彼は鏡の中の自分――ディオ・ベルンハルトに向かって、ニヤリと不敵に笑った。
「悪役貴族のディオ・ベルンハルトが、彼女たちを救うヒーローになる。これ以上に面白いロールプレイがあるかよ?」
これから始まる、彼だけの『ダーク・ファンタズム』。
彼の心は、この最高の夢の世界でヒーローになるのだと、かつてないほどの興奮と期待に満ち溢れていた。
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