第8話

交差点の真ん中で信号機が三本同時に踊っていた。赤も青も黄も、ぐるぐる入れ替わりながらタップダンス。誰も横断しないのに、足音だけが派手に響く。


私はその拍子に合わせて歩き出す。すると地面がやわらかくなって、靴がマシュマロに沈んだ。隣では鳩が新聞を読みながら、「今日の運勢、足元注意」とつぶやいている。もう注意したって遅い。


気づくと地下鉄に落ちていた。電車の中は全部アイスクリームでできていて、車掌がソフトクリームの帽子をかぶっている。チョコ味の乗客が溶けながら「次は真夜中駅〜」と歌っていた。


真夜中駅で降りると、プラットフォームに棺桶がずらっと並んでいた。蓋が勝手に開き、中から出てきたのは体が鏡の人たち。鏡人間は一斉に私を映し、「おまえ、後ろを見たほうがいい」と声を揃えた。


振り返ると、巨大な目玉がひとつだけ、ホームの端から覗いていた。まぶたも瞬きもなく、ただじっとこちらを見る。息が詰まるような恐怖。だが目玉は次の瞬間、ぱちんと割れて、中から風船がどばどばと溢れ出した。


風船は私の体を持ち上げ、空へ。上昇していくと、今度はサーカスのテントに突き抜けた。中ではピエロが何十人も並んでバイオリンを弾き、ライオンが逆立ちで拍手をしている。


ステージ中央には例の鳩がいて、今度は指揮者のタクトを振っていた。


「第九番・不眠症交響曲、始め!」


音楽が鳴ると同時に、壁から畳が飛び出して空を飛び、天井にはカレーライスの匂いが漂う。観客は全員マネキンで、口をぱくぱく動かしながら「ブラボー」と声にならない声を上げる。


突然、照明がすべて消えた。暗闇。心臓の音だけが響く。

……と思った瞬間、足元の床が崩れて私はステージの下に落ちた。


そこは巨大なキッチンだった。冷蔵庫を開けると、中に入っていたのは凍った太陽。電子レンジにかけると、眩しい光とともに観客席のマネキンたちが一斉に踊り出した。


――そう、唐突にミュージカルが始まったのだ。


鳩はソロで歌い出す。

「ラララ、不眠の夜に、ラララ、影は踊る〜」


犬の郵便局員がバックダンサー。理容師マネキンはタンバリン。鏡人間はドラムを叩き、巨大な目玉はディスコボールに変身してきらきら光る。


私は逃げ場もなく、そのまま振り付けに巻き込まれる。右へステップ、左へターン、腕を広げてぐるぐる回る。頭上からビー玉の雨が降り注ぎ、光に反射して虹色にきらめく。


舞台はどんどん加速していく。観客もステージも境界を失い、世界全体が歌とダンスで塗りつぶされる。


「ラララ、夢も恐怖もぜんぶ一緒に!

 ラララ、支離滅裂でもかまわない!」


最後の大合唱。全員が手を取り合って円になり、巨大な金魚が上から降ってきて、観客を丸ごと飲み込む。


飲み込まれた瞬間、静寂。


……私は布団の中にいた。

枕元で、ラジオからかすかに歌声が流れていた。


「おやすみ、また明日〜♪」


思わず笑ってしまう。なんだか、もう眠れそうだ

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