第35話 訪問、再び
誰かが叫んでいる。
何かに取り憑かれたかの様に、私を非難している。
それに私は動揺して……
動揺して
何をした?
その記憶はボヤけていて、叫んでいる相手が誰なのかすら分からない。
記憶は、私が立ち上がったところで終わっている。多分、そいつは言ってはいけないことを口にした。
そいつは、確か子供。
背は低く、目鼻立ちの整った、中学生ぐらいの子供。色白で、声は若く、柔和な印象?
いや、柔和? なら、この
きっとこの記憶が中途半端な理由はこれだ。
もう少し、もう少しで、この子供が誰なのか分かる。
背は、160ぐらいで身体は細い。どこか表情が暗く、声のトーンは落ち着いていて……
そうだ、眼鏡をかけていた。
それを思い出し、記憶は一気に明瞭となる。
その少年が瀬奈の学友と言って家に訪ねてきたこと、急にキレて私を非難したこと。そして、私が彼の目の前で倒れたこと。
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「っ」
体を起こし、額に手を置き俯く。
変な夢だった。
そう、所詮夢だ。でも、何か引っ掛かる。
最後、まるで実際にあったことかの様に、鮮明にその光景を見た。鮮明に見たはずだ、あの子供が何を言っていたのかは、忘れてしまったが。
もしあれが、一週間ほど前、私がリビングで倒れた原因ならば……
あれがきっかけで、数時間分の記憶が欠落したというのなら、辻褄が合う?
いや、流石に無理がある。そもそも、同じ人間なのにあそこまで雰囲気が変わるのか?
多重人格?
「チッ、馬鹿馬鹿しい」
何を真面目に考えているんだ、俺は。
ただの夢だろ、あれは。
きっと疲れているんだ。
取り敢えず、顔を洗いに……
「──死んだんだよ!」
何故、消えてくれない?
昨日もそうだ。変な夢、ただの奇怪な夢なのに、なのに何故ここまでこびりついて離れない?
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
バシャ。
水が顔に掛かる。
不思議なことに、それだけで少し気分は晴れる。
純白のタオルで顔を拭き、鏡を見る。
無精髭に、青白い顔、少し痩せたか?
髪はフェードカットで、お世辞にも若いとは言えない、頬の垂れ下がった顔。
離婚された後、しばらくまともに食えなかったからな。未だにその食生活が染み付いていて、こんな感じになってしまった。
「!?」
私は背筋に悪寒を覚え、振り返る。
何かの気配と、足音の様なものが聞こえた気がした。しかし、何も無い。
──気のせい、なのか?
「ん?」
リビングへ入り、ソファーに座ったところで違和感に気がつく。
テレビが付いているのだ。俺が付けたわけでも、他の三人が下りてきたわけでも無い。でもリビングには、ニュースキャスターの声が流れている。
妹たちは昨日から旅行に行っていた。
だから、あり得ないはず……
妹? 待て。そもそも何で私たちはここに?
あんな夢を見てから、これまで疑問に思わなかったことに次々と気づく? いや、そんなことより、私を取り巻く環境の方が問題だ。明らかに異常、普通ならば気がつくはず
自分で自分のことが信じられない。
まさか怪奇現象?
「二人が生きているのは」
クソ、まただまた。
何なんださっきから。
もうよしてくれよ。
必死に首を左右に振る。
でも、消えてくれない。
「俺が何をしたって言うんだよ」
頭を抱え、膝に肘を乗せる。
一瞬、夏の生暖かい風が体を撫でる。
その時、私の中に一つの考えが生まれた。
どれだけ振り払っても消えてくれないのなら、認めれば良いのではないか?
あの子供なら、何か知っているかもしれない。
あの記憶を素直に読み込めない、本能がそれを避けている。
なら、直接会って、その事実を確認すれば、悩みは消えるかもしれない。
じゃあ、あの子供は今どこに?
それさえ分かれば、あるいは……
「?」
今、何かがあった。
その事実だけが理解できた。
その何かを確かめる様に、俺は首を右に曲げる。
「!?」
ソファーの上に、紙切れがある。
私はおもむろに手を伸ばし、それを取り、読む。
「午前十時十分、曽我来訪す」
やけに丁寧な字で、一言だけそう書かれている。どこかで見たことある文字だ。
何か、感じるものがある。
もしこの曽我というのがあの子供なら、何かが分かるかもしれない。
ピンポーン
不意にチャイムが鳴った。
時計を確認するため、首を曲げて壁を見上げる。
壁に設置された時計は、十時十分を指していた。
もしかしたら……
その希望によって、私は駆り出される。
リビングに付けられた、インターホン。
私は震える手でボタンを押す。
「どちら様ですか?」
声が震える。
自然と生まれる緊張。このあまりにも不自然な一連の出来事を、解決できるかもしれない。
それは嬉しい反面、何か知ってはいけないことを知ってしまうかもしれない、そんな悪寒もする。
でも、この不愉快な環境に身を置くぐらいならと、心を置き去りにして俺の体は動く。
「すみません、こんな突然。俺は曽我という者です。本日は、天海悟さんに用件がありまして、こうして来ました」
天海悟。間違い無く俺の名前。
それに曽我。
何か、仕組まれている感じがする。
よくよく考えたら出来過ぎだ。夢を見て、怪奇現象が起きて、謎の人物が突然家に来る。まるで漫画じゃ無いか。
でも、俺はそれに目を瞑る。それを差し置いて尚、知りたいことがあるからだ。
何の確実性も無い、言わば馬鹿の取る行動。
それを、そんなこと知るかと後ろ足で蹴り飛ばし、俺は玄関へ続く廊下を足早に進む。
玄関に着いた。
ガラス越しに、誰かがいると分かる。
取っ手に手をかけ、それをスライドさせようとする。だがその瞬間、俺の体が躊躇を覚えた。
希望か、はたまた絶望か。
そのリスクに、体は臆する。
「二人が生きているのは」
脳内で繰り返し響く言葉。
「お前の」
俺の心を抉る言葉。
俺は固唾を呑み込み、一気に扉をスライドさせた。
「こんちには」
そこには、例の子供と、ガタイの良い、180はあるであろう男が立っていた。
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