番外編
八浜公園、日中の屋台通りにて
「そういえばさ」
白銀さんの第一声でこの話は始まった。
「人間が霊として生まれ変わる時、持ち越せる物の条件ってあるの?」
「はい、大体の場合は、前世の死亡時に持ってもの。よっぽど思い入れの深い服や所有物がある場合には、それが優先されることかあります。杏のポーチなんかは、いっつも肌見放さず持っていますから、思い入れも強いでしょうし、多分事故当時も持っていたと思います」
「じゃあさ、霊斗は自分が死んだ時、何を持って霊として生まれると思う?」
「考えたくも無いですね、霊媒師としては。
ですが、何かって言われますと、やっぱりスマホでしょうね。常に持ち歩いていますし」
「普通すぎてつまんない」
「悪かったですね、つまらなくて。それで、白銀さんは? まさか、俺につまらないと言ったクセに、自分も普通の解答をするつもりでは無いでしょうね?」
俺はちょっとした抵抗のつもりで聞いてみる。
それに白銀さんは、少し考える様な素振りを見せて、答えた。
「──化粧品を入れた袋、とか? やっぱり良く使う上に持ち歩いてるし」
「……なるほど」
普通、と言いたいところだが、化粧品というのは、普段俺が手にしない別世界の品だ。完全に脳内に無かった物であったため、普通とは言えない。
「まぁ、普通はスマホだと思いますけどね」
「それは無い。私、スマホ待って無いから」
「…………………………今なんて?」
「私、スマホ持ってない」
「────は?」
言っていることが理解できない。
彼女の放った
脳が気根信号を発していて、意味を理解しようとしない。
だが、その言葉はありきたりな日本語で構成された短文であり、数秒で自然と、その意味を理解してしまった。
「冗談、ですよね?」
「ううん、冗談じゃ無い」
「……マジか」
現代人としてそれは、流石にあり得ないのでは無いか? だって、必要だろ、スマホ。食欲、睡眠欲、性欲、スマホ、これが人間の四大欲求だと聞いたことがあるのだが?
違うのか? 俺が間違っているのか?
いや、ちょっと駄目だ。この話題には、これ以上踏み込んではいけない様な気がする。
「は、話を変えましょう。悪霊について。白銀さんにも危害を加えてくる可能性がありますから、今の内に説明しておきます。
これはもう何百年も昔の話なのですが、どうやら、霊媒師の中には本気で霊との共存を考える人たちがいたんです、勿論圧倒的少数派ですが。その時に問題となったのが、悪霊。まだ特殊な力を持つ人間が集結したばかりの時期でしたからね、人手は少なく、悪霊によって甚大な被害が出ました。そこで、人々は言ったんです、これは、普通の霊への対策にこれまで甘すぎたことが原因だって。それで、過激派は穏健派に石を投げ、それぞれ実質独立状態に。最終的には過激派の勝利で幕を閉じました。
過激派の意見は概ね正解でした。実際、霊として生まれ、そこでのストレスで悪霊化することは非常に多い、家族が目の前にいるのに、自分の存在が見えなかったから、とか、そんな感じの理由で。それで、霊媒師の主な業務は除霊となり、霊との交流は不要だという意見が基本になりましたとさ。白銀さん、聞いてましたか?」
白銀さんは途中から周囲の屋台眺め完全に気を逸らしていた。だから、聞いていないと思ったのだが……
「聞いてた聞いてた。つまりは、普通の霊でも悪霊になってしまうリスクがあって、それが原因で霊媒師はここまで排他的な思想になったってわけでしょ?」
「そうです」
きっと、授業態度の悪い生徒がテストで高得点を取った時、教師はこんな気持ちなんだろう。
確かに合ってはいるが、なんかムカつく。
「と、これは良いとして、次は悪霊の性質です。悪霊は確かに、理性を失っています。でも、基本的に彼らは、前世での私怨から行動する。まぁ、意志力が弱いと、凶暴性に呑まれて手当たり次第になってしまいますけどね。数としては、かなり少ないです、悪霊になってまで殺したいほど憎い奴がいる人なんて、早々いないですからね。
しかも、実体が無く、憑依状態の人間を見分けるのも難しい。一言で言うと、非常に厄介な存在です」
「へー」
白銀さんは興味無さげに視線を四方八方へと彷徨っている。
まぁ、案の定ちゃんと聞いてはいるんだろうけど。
「とにかく、霊っていうのは死に際が重要なんです。その時の私怨、所有物、記憶に応じて、どの様な霊になるかが決まる」
「じゃあさ、もし杏ちゃんが当時の事故現場とか、その時一緒にいた人と接触すれば、記憶を思い出すかもしれないっていうこと?」
「そうなりますね、理論上は。まぁ、事故現場にも行って見ましたが、何もありませんでしたけど」
「──そういえばさ、杏ちゃんって事故の時、お姉ちゃんと一緒にいたんじゃなかったっけ?
もし、お姉ちゃんの霊と接触したら……」
「あり得ませんよ。そんな姉妹両方が霊になるなんて。ですが、もしそうなった場合は、可能性があるかもしれません」
俺は顎に手をやり、思考する。
そんな俺の手を彼女は握り、引っ張った。
「ちょっと! 何のつもりですか!」
「辛気臭い顔してたからさ。ほら、折角なんだし、ちょっとは肩の力を抜こう!」
「はあ」
まぁ確かに、その通りかもしれない。張り詰めすぎても、パンクするだけだ。
そうして俺たちは叔父たちと合流し、再び屋台を回った。
※こちら 原文ママ。後に修正の可能性あり。
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