2章 霊媒師であるか、中学生であるか
第7話 少女の霊 1
俺はその少女に近づき、優しく声をかける。
「君、一人?」
あっ。
ヤバい、この台詞結構怪しいぞ。ただ単に、霊であるかの最終確認だったのだが。
少女は俺が聞いた瞬間、明らかに警戒の色を強め、怪訝な顔をする。
「知らない人について行っちゃ駄目ってママが言ってた」
プイッと顔を背ける。
う〜〜ん、困ったぞ。いや、霊であることは確定しているのだが……
「霊斗、急にどうしたの?」
そんな俺に彼女、白銀さんが駆け寄る。俺は純粋に、聞きたかったことを問い掛けた。
「白銀さん、どうしたら一度警戒されてしまった女の子と、仲良くできますかね?」
「っ!?」
何故か、彼女が少女以上に、警戒を強める。
心当たりは無い。俺は首を傾げ、さっきの発言を振り返る。
「──あ」
その危うさに気がついた。今の発言、まるで俺が幼女と仲良くなりたい変態、ロリコンみたいじゃないか。
「あ、その、違くて……」
「違う? 本当に? 何かやましいことでも考えていたんじゃ無いの?」
彼女は眉を潜め、顎に手を当てながら顔を近づけてきた。まるで、尻尾を掴もうと捜査を開始した探偵の様だ。
「本当に違いますよ。あ、ちょっと待って!」
俺は彼女に受け答えしつつ、咄嗟にこの場から去ろうとした少女の肩を強く掴む。
「イタッ。な、なにするのヘンタイ!」
「ご、ごめん」
咄嗟に謝罪し、彼女を離してしまう。それに一瞬、再び少女に手を伸ばしたが、今度は体を動かさず、少女は素直にこちらへ顔を向けた。何故かは分からない。
「な、何、霊斗、急に」
再び彼女に顔を向ける。その表情は狼狽し、異常者を見る目に変わっていた。
そうか、彼女からしたら、俺と少女のやり取りは、俺の独り言でしか無いのか。
だが、この場で説明するわけにはいかない。
「──すみません。今日先に帰っていてくれませんか?」
俺は少女にそこで待ってて、と一言告げて、彼女に向き直り言う。
絶対に従わないと思っていた。しかし彼女は、以外にもあっさりと引き下がった。
「…………分かった、もし相談があったら、明日の午後15時に、神社の境内へ来て」
そんな意味深なことを言い残し、そのまま村人の流れに従い、前に進んでいく彼女。
以外と、空気は読めるのかもしれない。いや、彼女が空気を読めるなら、そもそもこんな異常者に近寄ることは無いだろう。
もしかしたら、あの時のことを反省していたのかも。まぁ、これに関しては完全な願望だが。
いや、彼女のことは良い。今は少女だ。
「なに?」
少女は不機嫌そうにこちらを見上げている。ツインテールに、シマシマ模様の洋服。小学校低学年ほどの身長だ。肩には小さな花柄のポーチをかけてある。
この場では、祓うことはできない。なら、一度家に招いて、寝込みを襲う、これが最適解だ。
大丈夫、両親は生きていたとしても少女の姿を見ることはできない、バレなきゃ犯罪じゃ無いってわけだ。そのためにまずは、俺を信用してもらう必要がある。
「まずは、ありがとう、待っててくれて」
俺は精一杯の笑みを浮かべ、少女に接する。
だが、俺が気に入らなかったのか、少女はプイッとそっぽを向いた。
「あたしが見えたの、あなただけだったから」
その言葉だけで十分だった。それだけで十分、これまでの彼女の孤独を理解できた。
そんな少女を少しでも安心させるため、まずは名乗っておく。
「怖がらせてしまって済まなかったね。俺の名前は霊斗。君の名前は?」
「知らない人に名前を教えちゃいけないってママが……」
やはり、防御を崩すことは無い。しかし、こちらにも手はある。
「なるほど、君はそのママを探しているのか?」
「ううん。違う、パパ、パパを探してるの」
なるほど、特殊な家庭なのか、パパっ子なのか、どっちかは分からないが、俺には関係無い。ただ、彼女に自分は安全だと信じ込ませれば良い。
「俺はね、パパに君を預ける様に頼まれているんだ。だから、着いてきて」
チッ、屈辱だ。俺がこんな誘拐紛いなことをしなければならないなんて。だが、これも仕事だ、私情を挟んではいけない。
「え? パパが?」
少女は純粋無垢な目を俺に向けて、ウルウルとしている。目には涙を溜めている様に見えた。
マズったな、この幼い年齢だ、もしかしたら親が自分を捨てたのかも、とでも思ったのかもしれない。
少し、心が痛む。少女は、もうこの世にはいないのだ。しかも、彼女自身は自分が死んだと自覚していない。本当に残酷だ、一度死んだ人間を実質的に現世に呼び戻し、希望を一時的に与えるなんて。
「──ああ、そうさ、君のパパが」
俺は少女が泣き出さないことを祈り、手を差し出す。それは彼女を天国へ誘う天使の腕であると同時に、少女を死へ叩き落とす魔手でもあった。ものは言い用だ。
──コクッ
少女は以外と従順だった。コクっと頷き、俺の手を握る。強く握ればすぐにでも折れそうな、小さな手。俺はその手をガッシリと掴み、少女を家へ連れて帰った。
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「杏」
その少女はポツンと、俯きながらそんなことを言った。彼女は視線を合わせようとはしない。
杏というのは、この子の名前だろうか?
「杏ちゃんか。良い名前だね」
彼女が目を合わせる気が無いならと、俺もまた夕陽を眺める。茜色の空は俺たちを照らし、影は長く伸びていた。
罪悪感は、今も俺の体を蝕み続けていた。
俺はこの幼気な少女を今から誘拐し、祓う。いや、殺す。それを"仕方が無い"で済ませられるほど、俺は親父に近づくことはできていなかった。
つくづく嫌になる。ただ、誰かが手を汚さなければいけないのだ。霊というのは、俺みたいな特殊な人間以外には見えない。生まれたとしても孤独を味わうだけ、だから俺たちが救ってあげなければならない。
そう、考えられたらどれだけ気が楽か。そんなの、安楽死と同じじゃないか。こんな思考になる時点で、俺はこの仕事が向いていないのだろう。
いや、しっかりしろ霊斗。俺は曽我家の次期当主、だからこそそれにそぐわぬ振る舞いをしてはいけない。この手を離してはならないのだ。
俺はより一層、少女の手を強く握る。
それにより、俺の葛藤が伝わってしまったのか、少女は突然、いや、その言葉は必然であった。
「パパにはいつ会えるの?」
彼女はすぐに視線を落とし、自分の影を見つめながら、言ったのだ。
その姿を見て、俺は強く歯噛みする。
そうだ、彼女は、杏は一人の少女に過ぎない。まだこんなに幼い。それが、わけも分からず死んで、幽霊になって、誰にも見えなくなって。
呆れるほど、この世界は残酷だ。
だからせめて……
俺はそんな、今にも消え入りそうな、とてもか細い少女を、杏を見て、笑顔を貼り付けた。
「明日には、会えるよ」
「ホント!?」
「ああ、本当だ」
少女の顔がパーっと明るくなる。
それとは対照的に、俺の心臓は槍にでも貫かれたかの様にズキリと痛んだ。
もう、会えることは無いのだ。杏と、パパは。
ただ、その現実を突きつけるのは余りにも残酷。だから俺は、優しい嘘をつくしか無かった。
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