第6話 団結力

豊神祭、それは、村人たちが年に一度、豊穣を願う儀式なのだと言う。

つまり、実質夏祭りと言うことだ。

そんな大層な祭りを、村人総出で協力し、執り行うらしい。


そんなわけで、一週間後、俺は神社に来た。目の前には櫓、屋台の組み立てや提灯の飾り付けをしている村人たちの姿がある。

俺は鳴き止む気のしない蝉の鳴き声をウザったく思いながら、サンサンと照る太陽を手で遮った。

確か、今日の最高気温は35℃だ。まさに猛暑。

更に、湿気も多くジメジメとしている。ああ、最悪だ。


「おい、そこの、ちょっと手伝ってくれ!」

予想以上の猛暑に絶望していたところ、遠くから白髪の目立つおっさんが俺に声を掛けてくる。

「はーい!」

俺は威勢良く返事をした。その返事が出任せではないことを見せつけるかの様に小走りでそのおっさんに近づく。

目前に迫るや否や、おっさんは俺に一つの段ボールを押し付けてきた。

「これを、あそこまで運んでくれ」

おっさんが指差したところでは、櫓の組み立てが行われている。恐らく、それの部品か何かだろう。俺はその箱を無言で持ち上げる

「ッ」

重い。腰が抜けそう。駄目だ。下ろさないと……

いや、今下ろせば、それがおっさんに見られ、最近のガキはこの程度も持てないのかと悪態をつかれるかもしれない。

それは避けたい。この一ヶ月、俺はこの村に住むのだ。他から舐められるのは、これからの生活に

支障が出る。

「ッ!」

俺は自分の足腰に鞭打って、何とか持ち上げる。


少しでも油断すれば一気に崩れてしまうだろう。手足は震え、その重量による痛みに悲鳴を上げている。だが、ここで踏ん張らなければ後々俺自身が悲鳴を上げることになる。

当然、苦労が増えることを避けたいという理由も大きいが、単純に俺のプライドにも関わるのだ。


全身から汗が出て、俺の半袖白Tシャツにも染み始めている。頬からは汗が滝の様に零れ落ちる。

だが、それでも、それでも進まなきゃならねぇんだよ!

「ぬぉぉぉぉぉ!」

気がつけば、そんな奇声が自分の口から出ていた。

「何やあいつ?」

そんな男の声が、聞こえた気がした。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


「はぁ」

丁度昼時、俺は適当な石段の上に座り、タオルで汗を拭いていた。

本当に暑い。その上、若い男ということで重労働させられ、もう限界に近い。

クソ、マジで舐めんなよ、こちとら50m走十秒だぞクソが。

あ〜、本当にキツい。まさか、ここまでとは思っていなかった。

重い段ボール運ばされたり、鉄棒を担がされたり、もう散々だ。


そんなこんなで当然腹は……空かない。

理屈では説明できないが、理由は何となく分かる。この重労働がキツすぎて、最早昼食を取るエネルギーすら無いのだ。

それで現在、配給の握り飯を求め並ぶ村人たちの姿を、ただ眺めていた。

そんな時……

「はい、どうぞ」

「あ、どうも。って……」

配給の握り飯を前に差し出され、俺は手を伸ばす。直ぐに疑問に思った。列に並んでいない俺に、わざわざ握り飯を届けてくれる人間がいるか? と。

一人しか、思いつかなかった。その正体を半ば確信し、上を見上げる。そこには、白銀菫がいた。

「私はあっち手伝いに行ってたんだ」

どうやら、彼女は女性班の方で色々と作業をしていたらしい。まぁ当然と言っちゃ当然か。

「そうだったんですか」

流石に折角届けてくれた飯を、無駄にするわけにはいかない。俺はズリ落ちた眼鏡を上げ、握り飯を頬張る。

……かなり塩っぱい。

だが、重労働の後は塩分を取らなければならないのは自明の理だ。

「それで、どう?」

「どうって、何がですか?」

この重労働がっていう意味なら、絶賛ちょっと後悔しているところだが。

「この村の団結感というかさ、何か、こう、思わない?」

「何がですか?」

彼女の言っていることが理解できない。

俺は左に立つ彼女を見上げる。相変わらず浴衣姿の彼女は、どこか遠くを見つめていた。

「新鮮じゃない?こういう感じの空気」

「新鮮、ですか。言われてみれば、そうですね」

学校でもこういう感じのはあったが、それとはまた違う。同じ郷の者が一つの目的に向かって協力する、正直、かなり新鮮だ。

周囲を見回すと、汗だくの男たちが談笑していたり、小学生ほどの子供が満面の笑みで握り飯を口に運んでいる光景が目に入る。

「まさか、この光景を見せるために、とかそんなエモい考えで俺を?」

周囲に馴染む気が無い主人公の考えに変化を起こすため努力する友人みたいなことを考えていたのなら、それは杞憂だと胸を張って言えるが。

「それもあるけど、一番は君が周りから避けられていたから。知ってる?君の叔父さん、曽我浩二さん、この村じゃ嫌われ者なんだ。あんなことがあったからそれ以降、村人との交流を避けちゃって」

「え? そんな自覚全く無かったんですが。」

だが、正直叔父が嫌われているというのは納得だ。交流を絶ったというのはそうだが、そもそも見た目がかなりDQNだし、性格もできているとはとても言えない。しかし、それを俺にまでって……まぁ、犯罪者の家族が生きにくくなるのと同じことか。

「でも、今回の件でだいぶ馴染めたんじゃない?」

「だと良いんですが」

団結力、それは確かに美しいのかもしれないが、やはりそれが自分に向くとなると、恐ろしい。



まぁともかく、後悔しても仕方が無い。この景色が見れたことに、今は大人しく満足しよう。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


空がすっかり茜色に染まった頃、やっと作業は終わった。最後に村長の演説で締められ、俺たちは帰路を辿る。

そこは少し舗装されただけの簡素な道。だが、その道は疲れ切っではいるが、どこか満足気な人達によって彩られて行く。


蝉の声に混じってカラスまで鳴いている。全く、鳴きたいのはこっちだ、そんな苦情を申したくなるほど、俺はヘトヘトだった。

足が痛い。正直、歩くことすら辛い。

「明日は、筋肉痛確定だね」

横にいる彼女が、そんな俺の様子を見て愉快気に笑って言う。

「笑い事じゃ無いですよ」

昼はあんなこと言ったが、やはり、普通にダルいしキツい。

「まぁまぁ」

彼女が肩をバンバンと叩いてきた。痛い。

と、そうだ、油断してはいけない。

現在の彼女の行動は問題だ。だから、彼女を理解し、それに合った対応をして問題を解決しなければ。危うく、再び彼女のペースに持っていかれるところだった。

「あの、白銀さん。何故貴方は俺の話を簡単に信じたんですか?」

少しでも彼女を理解するために、質問をする。

「ん〜、何でって言われてもな〜、ただ、信じたいから信じただけ」

「──そうですか」

実に軽快で彼女らしい回答だ。だが全く理解できない。

……そういうものだと、考えるしか無いのだろうか? 

──考えるしか無いのだろう。

まぁ、考えても仕方が無い。てか、考えるのも疲れた。

ホント、何なんだよ。いきなり初日から霊が現れたり、こんなヤツに絡まれたり。

霊があんないきなり現れるなんて、俺は誰かに呪われてでもいるのか?

叔父はここが霊の生まれやすい土地だと言っていたが、正直土地というよりも、俺自身の方が呪われている気がする。

「はぁ」

もうこれ以上厄介事が増えないことを祈ろう。






その時、俺はとても見過ごすことのできない光景を目にした。


一人の男が、小学校低学年ほどの幼少にぶつかった。少女はよろめき、尻餅をつく

だが、そいつは謝罪することも無く、無視してそのまま歩いているのだ。

俺は不審に思いつつもそいつを睨み、再び少女に目を向けた。

そこで異変に気がつく。

その少女は、まるで誰の目にも見えていないかの様に、無視され、むしろ追撃を食らっていた。

まさか、そういう陰気臭い虐め?

いや、待て。誰の目にも見えていないかの様に?

……まさかな


「白銀さん。あそこにいる子、見えますか?」

俺は無い無い、と自分に言い聞かせつつ、少女を指差す。だが、彼女はポカンその指された場所を眺め、その現実を告げた。

「何言ってるんの?そこには誰もいないぞ」

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