第3話:本当の空に続く道
セラノの行く先には大きな白い筒のようなものが見えている。その筒は塔と同じように遙か高くまで延びていて、まるで骨みたいだなとリーリアは思った。
「どうやって、本当の空をみせてくれるの?」
セラノの背中から声をかける。子供と大人どうしても見上げる形になる。少し首が痛い。「見えてるだろ? あれで上まで登っていく」
「あの筒の中に階段でもあるの?」そんな広さがあの筒にあるようには見えなかった。
「そんなわけあるか。しんどくてやってられねえよ。あれは自動昇降機でな。あっという間に天空までつれてってもらえるぜ。この世界のつくりものの空にも、そして」
そう言ってセラノは言葉を切る。
「……その上にある、本当の空にもな」
その言葉は少しだけ苦々しく聞こえた。
「本当の空が見えるのね! 素敵!」
リーリアは素直に喜んだ。
「入れよ」
セラノが促す。大きな筒状の壁の扉はすでに開いていた。一瞬怖じ気づいたけれど、悩んでいても仕方ないので扉をくぐって中に入る。
筒の中は少し天井が高くて狭い四角い部屋だった。入ってきた側の壁に光る文字が見えるが、それ以外に何も無い。見たことないものだらけで気にはなるが、それでも本当の空が見られるという喜びが勝っていた。
「じゃあ、てっぺんまでいくか」
セラノもこの部屋に入ってくると、壁の光る文字に触れる。それと同時に浮かび上がるような感覚がリーリアを襲った。
「あっ!」
揺れる動きについていけずリーリアは尻餅をついてしまった。そのリーリアにセラノが手を貸して起こす。
「まあ、知らない奴にしてみればそんなもんだよな。これは自動でこの塔の最上階までつれてってくれる。まあ、いってみれば不思議な機械だ。階段登るより遙かに楽で良いだろ?」
「うん、それはそうだけど……」
経験したことのない上昇感がリーリアを襲う。外が見えないから登っていると言われても実感が湧かない。
「本当にこれで空に行けるの?」
「ああ、まあ外が見えないからわからんだろうが、すごい早さで駆け上がってるんだぜ。外が見えたら気絶しちまうくらいには、高いところにいると思っとけ」
リーリアはさっきから気になっていたことを訊ねようと思った。
「……ねえ、セラノはなんで空を造ろうと思ったの?」
この空が偽物だと言うことはわかったが、なんで偽物の空なんて造ったのか。それを知りたいと思った。
「なぜ……か」
リーリアのその問いにセラノはなぜかため息をつく。考え込んでいるようだ。リーリアは答えを待つ。
「なあ、本当の空ってなんだと思う?」
「え……?」
突然のセラノからの質問。リーリアはその質問にうまく答えが見つけられなかった。
この空が偽物だと思った。本当の空を探しに来た。
でも本当の空って何だろう? そのことには答えがみつかっていなかった。きっと今の偽物の空とは違って、なにか考えもつかないようなものなんじゃないかっていう想像はあったけれど、どんなものか想像できなかった。
「それを知りたいから私はここに来たんだよ」
リーリアは素直な気持ちを告げた。その答えを聞いたセラノは天を見上げたまま、うんうんとうなずく。
「なるほど、それはその通りだな。そりゃそうだ。たしかにこの空はつくりもので偽物で嘘の空だ。それは間違いない。造った本人が断言してやる。でもな、本当の空というが、だれが本当か決めるんだ?」
「え? だれって、本当の空なんだから、誰が決めるとかじゃなくても本当に決まってるでしょ」
セラノがリーリアの目をまっすぐ見た。身長が違うので見下ろされるような形になる。
「たとえば、この空がつくりものだと知らない連中にとっては、今の空が当たり前なわけだ。お前を含めたこの世界の連中はみな、生まれたときからずっとこの空をみつめて育っているはずだ。そんな連中にとっては、この空が唯一。ならこの空が本当の空ってことにはならないか?」
「それは違うよ。だって、つくりものってことは、別の空があるんでしょ? みんながどれだけ信じてても、これは偽物で本当の空はその別の空だと思う」
リーリアは口をとがらせる。セラノの言っていることが理解できなくて、大人がよくいう難しい言葉でごまかそうとしているように思えたからだ。
「へえ……、リーリアだって生まれたときからこの空を見ているくせに、よくそんなことを考えられるもんだ。変な奴だなお前は」
セラノが皮肉げに言う。
「変な奴で結構ですよーだ」べーっと舌を突き出した。
「ははっ、なるほどな。このあと何を見ても、その思いが変わらなければいいがな」
その言葉はリーリアに向けたものと言うよりも、どこか独り言のように思えた。
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