第2話:空の塔

 リーリアは招かれるままに『空の塔』の中に入った。外からの見た目と大差ない白い壁、白い床、そして、

「わあ、天井が無い!」

 塔の中から天を見上げるとそこには天井が無く、ただひたすらに上方へと空間が延びていた。天辺に向けてただ細く、狭く。空間が一点に向けて縮んでいっているかのようだった。真ん中には人がすっぽり入れそうな、大きな筒のような物だけが床から天井まで続いていた。

「ああ、この塔の中はほとんどがらんどうだ。で、お前が何しに来た?」

 リーリアは知らない男を目の前に、少しだけ緊張しながら胸元でぎゅっと拳を握りしめて言った。

「私、本当の空を探しに来たの! この空は偽物なんだって気がついて本当の空を見てみようと思ったの。この高い塔なら偽物の空の向こう側を見ることができるって思ったから」

 リーリアの言葉に白い男は怪訝な顔をする。

「ふうん、本当の空……か。どうしてお前がそんなことを思いついたのかは知らんが、なかなか面白いことを考えたな。まあ少し話そうか、座れよ」

「座るって言っても……」

 何も無い部屋の中でどこに座ればとリーリアが思っていると、床から何かがせり上がってくるのが見えた。

 テーブルと椅子だった。塔の色と同じシンプルな白のテーブルセット。

「え? これどこにあったの」

「気にするな。説明してもどうせわからん」

 そういって、男は手近な椅子に座った。リーリアもあいている椅子に腰掛ける。

「一応自己紹介だ。俺の名はセラノ。この塔の管理者であり、この塔を造った技術者でもある」

「この『空の塔』をあなたが造ったの?」

「『空の塔』か……。お前たちにはそう呼ばれているんだったな。不思議なもんだ。何も知らないくせに、ある意味で芯をついている」

 セラノがニヤリと笑う。

「……どういうこと?」

「お前、名前は?」

 その質問には答えず、セラノがリーリアに訊ねた。

「リーリア」

「なぜお前は、この空が本物じゃないと思った?」

「私、小さい頃からずっと空を見てて気づいたの。空って、輝くように青かったり、燃えるように赤かったり、夜にはどこまでも優しく暗くて黒くなったり、こんなに綺麗なものが人が造ったのでもないのにあるのはおかしいって思った」

「ほう、そりゃまたずいぶんと詩人だなあ」セラノはニヤニヤしている。

「むー、馬鹿にしないでよ!」リーリアはほっぺたを膨らませた。

「おお、すまんすまん。で、他には? この空はなぜ偽物だと?」

「雨を降らせて畑にお水をあげてくれたり、お日さまで暖かくしてくれたり、たまには虹を出してみんなを楽しませてくれるでしょ。これは都合がよすぎるって思うの」

「うん、こちらの感想は子供っぽくていいな。実にいい」

「もう!」

「ははは、悪い悪い。こうして誰かと話すのも久しぶりでな。ついからかいたくなった」

「あなたは、この空のこと知ってるの?」

「もちろん。なんでも知っているさ。遠路はるばる来てくれたお嬢さんには、本当のことを教えてもいい」

「ほんとに!? 教えて!」

「ああ、あの空はリーリアの想像通り『偽物』だ。目に見えるすべてがすべて、みんなつくりものさ」

「やっぱり!」

 リーリアは飛び上がらんばかりに喜んだ。

「ところで、セラノはなんでそんなことを知っているの?」

「そりゃもちろん、この空を造ったのが俺だからさ」

「え? そうなの!? すごい!」

「おお、褒め称えよ。俺はすごい」

 セラノはわざとらしく胸を反らして誇らしげだ。

「あの空ってどうやって造ってるの?」

「あれは超巨大なスクリーン、お前さんにもわかる言葉で言えば、空いっぱいに広がる動く絵だ」

「絵……なの? 雲とか雨とかも?」

「ああ、そうなるな。あの空はな、この世界をひっくり返したボウル。ボウルわかるか? 料理で使うあれだ。そのボウルで覆ってるみたいなもんだ。そこに動く絵が描かれている。で、ボウルは機械でできていて、雨なんかを降らせるようなこともできるわけだ」

「なんだかすごいね」

 リーリアは途中からセラノの言っていることがよくわからなかったが、それでも、空がボウルに描かれたものなのだということは、なんとか理解できた。

「あの空はやっぱり偽物だったんだ! そうだと思ってたの。こんなに都合がいいなんて、おかしいもの」

 リーリアは、自分の考えが当たっていたことに満足していた。思い切って旅に出てよかったと心から思った。

「ねえ、この塔って本当に空まで続いているのかしら? 私この塔を登って本当の空を見ようと思っていたんだけど」

「ああ、あの空を貫いてさらにその向こう側まで続いているぞ」

「空の向こうまでってことは、そこが本当の空ってこと?」

「そういうことだ。この世界の空は本当の空の内側に造られてる」

「じゃあ、この塔で空までいくことってできるかな?」

 リーリアは少しだけドキドキしながら訊ねる。

「もちろんいけるぞ。この『空の塔』は空に絵を映すための塔でもあるし、リーリアの言うところの本当の空へ続く道でもあるからな」

「でも、どうやって? 登るところなんかないみたいにみえるけど……」

 セラノはリーリアの言葉に、顎に手を当てて考える様子を見せた。

「……本当の空かあ。お前本当の空を見たくてここに来た、そう言ったよな?」

「ええ、そうよ。絶対に本当の空を見てみたいの」

「見てどうするんだ?」

 そのセラノの言葉は、これまでのからかうようなものとは違っていた。

「納得したいの。空を見上げてモヤモヤするようなことはもう嫌だし、本当のことが知りたいって思うから」

「本当の空とやらがどんなものであってもか?」

「もちろんよ。見てみないと考えていてもわからないもの」

 セラノが少しだけ目を閉じ、再び目を開けると立ち上がった。

「なら、本当の空を見せてやる。この嘘は何のためにあるのか。お前にも背負わせてやるさ」

「この嘘……?」

 その言い方にリーリアは引っかかった。

「ほら、どうした。こないのか?」

 リーリアはあわてて立ち上がる。

「行くに決まってるでしょ!」

 そう言ってリーリアは先を行くセラノに追いつくため駆けだした。望んでいたことのはずなのに、少しだけ不安を感じている自分がいた。

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