第三章「砂漠のドラゴン編」第2話「深淵」

「オーブを奪還せよ!」


白い立髪をなびかせたエルフのドラゴン、エズィールの声が青い空を切り裂く。

エルフの国トトが誇るペガサス騎馬隊は、翼の生えた馬「ペガサス」に乗って、敵に奇襲を仕掛けるのを得意とする。

ペガサスは、自らの翼と、風の魔力を帯び、空中を自由自在に駆け抜けることが出来る幻獣の一種である。

トトのエルフは、幼少の頃から魔力に応じて英才教育を受ける。特に潜在的な風の魔力要素が強い子は、5歳の頃からペガサスと行動を共にする。まさに人馬一体となり、馬上から矢を放ったり、風の魔法を放ち、敵を一掃するのである。

トトが中立国として現在まで保てているのは、周囲の山脈により、他国からの侵入が困難という地の利だけではなく、ペガサス騎馬隊を中心とした圧倒的な防衛力によるものであった。


「攻城戦だ!エズィールを中心に矢形の陣を敷け!」


トト元老院にしてペガサス騎馬隊の隊長、その名も“風のヴェダー“は、約50騎の騎馬隊に向けて指示を出した。


「ヴェダー!城壁に兵が現れた!」


また元老院の一人であり、ダークエルフのドニータは、ペガサス騎馬弓隊を率いている。


「わらわらと出てきやがったな!騎馬隊!高度をあげよ!」


クァン・トゥー王国の「クローサー城」は、周囲を高い城壁と二重の堀に囲まれており、いくつかの塔と館によって構成されている。城というよりはむしろ要塞のようであった。


「ヴェダー!この城、結界が張られてる!」


「ああ、ドニータ!先に矢を放て!」


ドニータたち騎馬弓隊が一斉に矢を放った。

矢は城壁にいる兵士を襲う。しかし、後ろからまた大勢の兵士が現れる。


「一体何人いるんだ!?」


「気をつけろ!次は逆に矢が飛んでくるぞ!」


ヴェダーが注意を呼びかけたと同時に矢が飛んできた。しかし、ペガサスには風の防御魔法が張られており、矢が当たらない。


「ふん!我がペガサス騎馬隊を舐めてもらっちゃ困るわよ!」


その時、城壁に魔導士たちが現れた。

セレナは、その姿を見て、かつてのコンパルサでの戦いを思い出した。そして、思念でエズィールに伝えた。


《エズィール!魔導士が現れた!彼らの攻撃は強力なの!ペガサスもやられてしまう!》


エズィールはこくりと頷き、ヴェダーたちに伝える。


「魔導士の攻撃に注意せよ!ペガサス騎馬隊も回避行動を取るのだ!」


すぐさま城壁から魔導士たちが紫色の光球を放つ。


ペガサス騎馬隊は、さっと交わすが、受け止めようとする者が一人いた。


「ロニー!ダメ!よけ…


ドニータが叫んだ瞬間、紫色の光球がドーンという音と共に爆発し、ペガサスもろとも、エルフが落ちてしまった。


「ロニー!」


ドニータは、落ちていくエルフの元へ向かおうとしたが、ヴェダーが遮る。


「行くな!また攻撃が来るぞ!回避に集中しろ!」


セレナは城壁に向かい、スピードを上げた。魔導士の攻撃を避けながら城壁の彼らに向け、一気に炎を吐いた。


「ぐわあああ!」


「やったぞ!セレナ!今度デートしような!」


ヴェダーは、陽気に声をかける。


その様子を見てドニータが叫んだ。


「バカ!何言ってんの!ガラたちはそろそろ着いた頃かしら?」


セレナは思念でガラたちに語りかけた。


《ガラ!今どこ?》


しばらくするとガラが応えた。


《セレナ!ちょうど今着いたところだ!そっちはどうだ?》


ペガサス騎馬隊とドラゴンが城壁で攻防を繰り広げている間、ガラたちはクローサー城に繋がる地下通路の入り口に辿り着いた。

地下通路は、サーティ川土手にある洞窟から入り、クローサー城地下の排水路へと繋がる。

ガラはかつて勇者英雄隊にいた時、クローサー城の内部構造を熟知していたのであった。

エズィール、ペガサス騎馬隊は、城門から正面突破を試みる。エズィールたちが襲撃することによって、城の中の人員を城壁周辺におびき寄せ、その隙に地下から城内へと侵入する作戦である。

ガラ、ドロレス、マコト、そして、エルフの斥候3名によって侵入する部隊が構成されている。


「ガラ、本当にあんたの言う通り、本当に城内の地下に繋がってるんだろうな?」


「ああ、俺の記憶が正しければな。地下水路が封鎖しれてなきゃいいが」


「まったく、また排水路をあんたと通ることになるとはな!」


ドロレスは、不機嫌そうに呟いた。

マコトは、それを見てドロレスに言った。


「いずれにせよ、そなたは極力ペガサスには乗りたくないのであろう?であれば我慢するがよい」


ドロレスは高いところが大の苦手であった。


「そ、そうだけどさ…まさかペガサスなんてのが存在してるなんて思ってもみないだろうよ」


ガラは通路の奥を指差した。


「あそこを越えると城の地下に入るぞ!」



一方その頃、ガラたちの奇襲に気付いたアマダーンは、クローサー城へ向かっていた。

しかし、城門付近ではエルフたちとの攻防が繰り広げられている。アマダーンは、街の中のもう一つの地下通路を通って城内に入ることにした。


クローサー城には、いくつかの地下通路があり、街の排水路や川などへ通じていた。しかし、城への侵入経路は、城内の限られた人間しか知らなかったのである。


「ペガサスだと?誤算だった。思った以上に来るのが早かったな!」



アマダーンは、地下通路から城内へ進むが、先の方から何やら人の声がした気がした。咄嗟に壁の陰に隠れて、通路の奥の様子を見ることにした。


「…ほっ、やっと城の下に着いたか」


聞き慣れた言葉である。ガラの横にいた女戦士の声だ。アマダーンは、即座に彼らの作戦に気付いたのである。


(…なるほど、ペガサスたちは囮というわけか…)


アマダーンは、即座に自らの気配を消す魔法をかけた。


(フェイズ…!)


これでよし、奴らの跡をつけていくとしよう。アマダーンは、ガラたちのあとに続いて城の中へと侵入したのである。


地下通路の奥にかかっている梯子を登ると、城の地下床に出た。重い格子を持ち上げ、ドロレスはガラに向かって悪態をついた。


「ああ、まったく…あんたに付き合ってると、空か地下かドロドロやグチョグチョや、ろくな目に会わんな!ほんとに…」


「ははっ、あの時俺のことを引っ張んなきゃお前はこんなことにはなってなかったな…」


ガラが言う「あの時」とは、ドロレスがギリオスを亡き者にしたアングラの陰謀に気付き、何も知らないガラたちがパンテラに戻ってきた時であった。


ドロレスにはガラたちを無視することも、傍観することも出来るはずがなかった。それは正義感とか使命感とかいう高潔なものでもなく、罪なき純粋な魂を持つ人間が、目の前でみすみす陰謀に陥っていく姿は見ていられなかったのである。

ギリオス・ブラウンという男は、人望こそあったが、時に非情で残酷な一面もあった。

彼女がギルドに顔を出し始めてから面倒を見てくれた恩もあったが、彼の闇の部分を垣間見た少女は、本能的に「距離を持って付き合え」と自ら心に命じたのである。

元来彼女が読書好きなのも、彼女自身の視野を広げる助けにもなった。

しかし、それが皮肉にも自ら危険な茨の道に進むことになろうとは思ってもみなかったのである。


「まだ城内に兵士がいるだろうよ。警戒しながら進むんだ」


「ふん、いざとなりゃメガデスをぶっ放すさ…」


ドロレスの口調には、言葉の意味とは裏腹な、一種の興奮状態も含まれていた。たしかに今置かれている状況は、この上なく危険であるが、ギルドに居た頃よりも、スリリングで、むしろそれを楽しんでいるようにも感じ取れた。


「ガラ、例のオーブはどこにあると思う?」


「アングラの研究室は、恐らく地下、この階層のどこかにあるな」


ガラたちがいる地下倉庫は、地下階層のおよそ中央に位置していた。ドロレスは、倉庫の床にふと不思議な鉄管が張り巡らされているのを見つけた。


「うん?なんだこりゃ?」


ドロレスは、その鉄管に触れてみた。じわりと温かい、そして僅かな振動を感じた。


「この中、何か流れてるな…。何か液体のような…」


ガラは少し考えて一つの仮説を立てた。


「恐らく、その管はアングラの研究室に通じてるやつだ。研究室には、古代の技術を応用して色んな液体や物質が入ってくるように設計されてる。それを辿れば研究室に通じるはずだ…俺が隊にいた頃はまだ構想の段階だったんだがな…」


マコトは手をポンと叩いた。


「なんと!それは良き推察!」


一方アマダーンは、彼らの背後にゆっくりと近付いて様子を伺っていた。


(ガラめ…勘の鋭いやつだ…)


そして、何を思ったか、アマダーンは兵士を呼ぶこともせず、そのまま彼らを尾行することにしたのである。


鉄管は壁に沿って走っており、それは重厚な扉の前に辿り着いた。重厚な扉の中央には獅子の紋章が象られている。クァン・トゥー王国の紋章である。アマダーンの腰に刺さっているサーベルの柄にも同じ獅子の頭の飾りが象られている。


「ここだ。ほら、向こう側からも鉄管が幾つかここに通じてる」


ガラは周りを見渡し、扉を開けた。


「開いてるぞ、鍵はかかってない」



グゴゴという音と共に、重たい扉が開いた。薄暗い通路が奥の方へ続いている。


ガラ、ドロレス、マコトの順に通路を進む。エルフたちは、扉の影に隠れて何者かが来たら知らせる役だ。



一方その頃、クローサー城壁付近では、いまだに激しい攻防が繰り広げられていた。


「ヴェダー!ガラたちはうまく侵入したそうだ!」


「よし!一旦退くぞ!」


エズィール、セレナ、ペガサス騎馬隊は、くるっと進行方向を180度変え、引き返していく。


城壁の兵士たちはほっとした。中には、ドラゴンたちを追いやったと喜んでいる者もいた。


エズィールたちは、城から少し離れた森の中に降りた。


「ドニータ!とりあえず日没まで待つぞ!このままガラたちが帰らなければ、夜襲をしかける!」


「だいぶ兵力は削ったはず、城内にどれほど残されているか分からないけど…」


ドニータは、負傷した兵士たちの手当てを支持し、野営を張った。

エズィール、セレナは人の姿に戻り、体力の回復に専念した。


「とりあえずガラたちは城の中に侵入したみたい。距離が離れているから心の会話は出来ないけど…」


セレナは気丈に振る舞っているが、内心少し不安のようだった。


そして、ヴェダー中心に、作戦会議が練られた。

当初の計画では、このまま野営を張って、ガラたちの帰りを待つか、夜襲を仕掛けるかの二択であったが、想定以上のクローサー城の兵力であった為、地下通路からガラたちを迎える別動隊を組織することとなった。別動隊には、ヴェダー、セレナとエルフの数名、野営で待機しているのは、エズィール、ドニータと残りの騎馬隊である。


「兵力を分けるのはリスクだが、致し方あるまい。ヴェダーよ、今回はガラたちとオーブの奪還が目的だ。そして、アズィールの救出。これは、あの勇者アマダーンがいるやもしれぬ。心してかかることだ」


ヴェダーは、ペガサスにまたがり、エズィールに答えた。


「まったく、こんな人数でプレッシャーだぜ。ま、セレナちゃんと同行出来るのは、本望だがな」


ドニータが、一喝する。


「まったく、お前はこんな状況下で緊張感もないのか?国家存亡の危機なんだぞ!?」


ヴェダーはふふんと鼻で笑いながら、手をあげてペガサスを走らせた。




ー地下研究室へ向かっているガラたちは、薄暗い通路を通っていた。通路を抜けると、大きな部屋に出た。何やらゴウンゴウンと動いている音が聞こえる。


「なんだ?この音と振動は?」


「おそらく、これがアングラが発明した代物だ」


薄暗い部屋の奥から何やら大きな釜のような物が姿を現した。


「な、なんぞこれは!?」


マコトが思わず声をあげた。


「これで兵士たちのシチューを煮てるってわけじゃなさそうだな…」


「これがアングラが言ってたオーブを操る機械ってやつだろうぜ」


その時機械の後ろから声がした。


「伝導装置だ…」


ガラたちは声の方を振り向いた。


大きな装置の後ろから、白髪の小柄な老人が現れた。

ガラたちはさっと、剣を構えた。

老人は、剣を構えるガラたちに気に留めず話を続けた。


「これはドラゴンオーブの能力を最大限に引き出す装置だ。そして、その霊力を国中の民の思念へと伝える装置、思念伝導装置だ。古代ヴィルト王朝の技術を応用したのだ…」


老人は、そこではじめてガラたちに目をやった。


「君は、ガラ…“炎のガラ“かね?噂は聞いていたよ。君がかつて勇者英雄隊に居た時、私はただの軍医だった」


ガラは、昔を思い出した。

クァン・トゥー王国が勃興しはじめた頃、周辺の国々はそれを脅威に感じ、様々な紛争が各地で勃発していた。ガラたち勇者英雄隊は、思う存分にその力を発揮し、国境へ赴いてはそれを鎮圧していったのであった。

一度だけガラは、足を負傷し、隊を一時離脱したことがあった。軍の後方の野営地で、ガラはその老人に出会ったことがあった。


「あんたは、確か…」


「ボンジオビだ。私は軍医であったが、古代王朝の学術者でもあった。数年前アングラ様が、その私の知見を評価し、研究室に招いてくださったのだ」


ボンジオビは、話しながら部屋の隅にあるランプに火を灯していった。次第に部屋は明るくなり、伝導装置の全貌が明らかになっていった。

中央付近には、台座の上にオーブがあり、装置に繋がれている。

ドロレスは、伝導装置の横にある台に気が付いた。その台の上から何やら人の手のような物がだらんと垂れ下がっていたのだ。


「…!あれは、アズィール!!」


台の上には、装置に繋がれたまま力尽きているアズィールの姿があった。


ガラは剣を再び構え、ボンジオビに向けた。


「アングラはどこだ?どこにいる!」


ボンジオビは、身じろぎもせずゆっくりと答えた。


「先程、アングラ様はこの装置の試運転をしてな、少々お疲れの様であったので、お休み頂いているところだよ」


ドロレスとマコトも再び武器を構えた。


「ちょうどいい、盗まれたもんを返してもらおうか!」


「オーブと、竜の女子(おなご)を引き渡すのじゃ!」


ボンジオビは、落ち着いた様子で言った。


「そういうわけにはいかんのだ。今ようやっとこの装置の完成を見たのであるからな、この国の平和の為にお前らは去ってもらう。ブライよ!」


その声と共に、装置の裏から男が一人現れた。

どこか見たことのある様な出立ちをしているとガラは思った。以前コンパルサ(深淵なる森)の洞窟で戦ったことのある者と同じ服を着ている。上位魔導士のローブである。


魔導士の男は低い声でガラたちに言った。


「トーレスを…我が同胞を葬ったのは貴様らだな…このブライ、仇を取らせてもらう!」


ドロレスは、メガデスを深く構えた。


「はっ!あの蜘蛛野郎のお仲間か!」


ドロレスは、かつての魔導士との戦いを思い出した。魔導士トーレスは、古代技術を使って大蜘蛛へと変身し、ガラたちを窮地に追いやったのだ。しかしながら、今回はマコトもいる、そして何としても変身を食い止めれば、勝算はあると見込んでいたのである。


「まこちょん!電撃であいつの動きを止めるんだ!」


マコトは女狐を構え、地面に突き刺した。


「皆のもの!合図をしたら飛び上がるのだ!」


マコトが眉間に指を立てたその時であった。

マコトは何者かに後頭部を強打され、倒れ込んでしまったのである。


「マコト!」


ガラがマコトの方に振り向いた。そこには、信じられない光景があった。


「何かするつもりであろうが、この部屋を荒らさないでいただきたいな…」


ドロレスは、聞き慣れた声に身の毛がよだった。


「アマダーン!」


勇者アマダーンがそこに立っていたのである。

アマダーンは、マコトの延髄を刺激し気絶させ、倒れ込むマコトを抱えて床に寝かせたのである。


まさに窮地である。しかし、ガラはいつの間にか背後にいたアマダーンにまったく気が付かなかったことに驚愕した。改めてこの男だけは敵にするのではなかったと後悔したのだった。


「武器を捨てろ。この東洋人の命はないぞ!」


アマダーンは、サーベル“ナラヤン“をマコトの首に当てがった。


「くっ!」


ガラとドロレスは、苦渋の表情で武器を床に捨てた。ガランという音が部屋に響く。


「これは勇者殿。さすがでございますな!」


ボンジオビが手を叩きながらアマダーンを称えた。


「勇者様、この者らはいかがいたしましょう?」


ブライは、アマダーンに尋ねた。


「捕らえよ。私はアングラ様に報告をしてくる」


アマダーンは、オーブとアズィールに目をやり、部屋を出た。ブライが兵を呼び、ガラたちは捕えられ、同じ地下の牢獄へと連れて行かれてしまったのである。


「くそっ!あいつが近くにいたなんてまったく気が付かなかった!」


ドロレスは悔しそうに呟いた。


城の大広間、玉座の間でもあるその階下にアングラの寝室があった。兵からペガサス騎馬隊も撤退したことを受け、アマダーンはすぐさまアングラの寝室へ向かった。


しかし、寝室へと向かう途中、寝室の方から女中が慌てた様子でアマダーンの方へと駆け寄って来たのである。


「ああっ!ちょうどよかった!アマダーン様を呼ぼうとしてたんですの!」


「どうかしたのか?」


女中は汗を拭きながら、アマダーンに言った。


「アングラ様の様子がおかしいのです!どうかお助けを!」


アマダーンは、すぐに走って寝室へと向かった。

寝室のドアを勢いよく開け、部屋の中へと入った。そこには、大きなベッドで横になるアングラと、彼の額の汗を拭う医者、そして周りを召使いたちが囲んでいたのである。しかし、何やら全員が慌てている様子であった。


「どうした!?」


「おお!アマダーン様!お早いお着きで!よかった!アングラ様が目を覚さないのです!」


話を聞いてみると、アングラは今朝研究室から出た途端、倒れ込む様に寝室へ向かい、そのまま意識を失ったのだという。


『見てはいけない』


という言葉を呟きながらうなされ、そしてまた気を失う、その繰り返しだという。

アマダーンは、アングラに近寄り顔を覗いた。

アングラの顔は血の気が引いて、真っ青になっている。眉間には皺がより、冷や汗が額ににじむ。やはり何かにうなされているようである。


「アングラ様!私です!アマダーンでございます!どうかお気をたしかに!」


その時であった。アングラはパチリと目を開き、アマダーンの方へと目を向けた。


「おお…アマンよ…戻ったか…」


アマダーンは、少し安堵した。


「アングラ様!いかがなされたのです?伝導装置をお使いに?」


アングラは少し頷き、アマダーンの手を震えながら掴んだ。


「アマンよ…わ、私は…見てはいけないものを…見てしまった…」


手の震えが彼の尋常ではない状況を物語っていた。その感情は、恐らく「恐怖」であろうとアマダーンは察した。


「何を?一体何を見たのです!?」


「あれは…あ、悪魔…!」


アマダーンは、その瞬間血の気が引いた。

エルフの国「トト」での出来事が思い浮かんだ。エルフのドラゴンのオーブを奪おうとした時の、ガラたちの言葉である。オーブの霊力を利用しようとすると、世の理(ことわり)を捻じ曲げてしまう。それは、深淵に眠る「魔王」を呼び覚ましてしまうとの言葉であった。

召使いたちの証言によるとアングラは、ボンジオビと共に伝導装置の調整を昨夜から寝ずに行い、今朝完成し、作動を試みた。しかし装置の作動と同じく、城内の人間たちの様子がおかしくなったそうである。まさしく、アマダーンが街の外で見た光景と同じであった。しばらくして、唸り声と共に、研究室から出てくるアングラを召使いたちが保護したそうだ。


アマダーンの額から汗が滲んだ。


その時であった。アングラの目がパッと開いたかと思うと、突然叫び出したのである。


「ああっ!とうとう見つかってしまった!奴に!ああ!奴が来る!奴が来る〜ッ!!」


アングラはバタバタと手足を激しく動かした。医者と召使いたちが慌てて彼を押さえつけた。


「アングラ様!どうかお気を確かに!」


そして、突然アングラの体から黒い波動の様なものが吹き出し、周りの人間を吹き飛ばしたのである。窓が割れ、ドアも吹き飛んだ。召使いたちは、壁に強くぶつかり、気を失ってしまった。

アマダーンは、すぐに体制を立て直し、壁の衝突は避けることが出来た。


アマダーンは、顔を腕で覆い隠していたが、何事かとゆっくりと顔を見上げた。そこには、宙に浮いているアングラの姿があった。


「な、何だと!?」


宙に浮くアングラは、顔を上に上げたまま目を閉じ、腕や足はだらんと垂れ下がっていた。浮いているというより、何かに宙に浮かされているという感じであった。


先程の波動の衝撃で、すぐに兵士が部屋へ駆け込んできた。


「何事ですか!?」


兵士たちは、宙に浮かぶアングラを見て、驚き喚いた。


「うわぁあ!なんだこれは!?」


アマダーンは、咄嗟に兵士にボンジオビとブライを連れてくる様指示を出した。


その時、アングラが口を開いた。


「…ほう、ほう、これは、これは、まさしく…」


アングラの頭から角のようなものが二つ突き出してきた。そして、何やら黒い煙のようなものが次第にアングラを包み込んでいった。


アマダーンは、腰からサーベルを引き抜いた。


「アングラ様!あなたはアングラ様であるか!?」


黒い煙はゆらゆらとアングラのまわりを囲んでいたが、光る目のようなものがギョロっと見えた。


その時、ボンジオビとブライが部屋に入ってきた。そして、近衛兵を従えた王も部屋に入って来たのである。


「一体何の騒ぎか!?アマダーンよ!」


トレント王は、アマダーンに向かって声を上げたあと、浮かんでいる不思議な黒い煙に気が付き腰を抜かした。


「な、な、なんじゃこれは!?」


アマダーンは、すぐ王を安全なところへ避難させるよう、兵士に指示を出した。そして、ボンジオビに話しかけた。


「ボンジオビよ!これは何だ!?」


ボンジオビの顔は真っ青であった。そして、震える手でメガネをかけながら、持っている分厚い本を開いていった。


「ま、ま、まさかとは思いますが、恐らく深淵の主を呼び覚ましてしまったのではないかと思われます…!」


アマダーンは、深淵という言葉で察知した。

やはり嫌な予感が当たってしまったのである。



「これが…魔王!」

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