第三章「砂漠のドラゴン編」第3話「復活」
クローサー城から少し離れた森の中では、エルフのドラゴン、エズィールたちが野営を張り、夜襲の準備に取り掛かっていた。
「万が一に備えるのだ。そして、魔道士たちの攻撃にも充分注意せよ!」
その時、エルフの一人が何やら叫び出した。
「エズィール様!あの空をご覧ください!」
エズィールと、ドニータは、エルフが指差す城の方角へと目をやった。先程までに美しい夕陽に照らされていた城の上空が、みるみるうちに真っ黒な雲で覆われていたのである。
「な、何だあれは?」
「夕立にしてはおかしい…」
その時であった。エズィールの体に何やら強い悪寒がしたのである。
「ま、まさか…!」
ドニータは、エズィールの様子がおかしいのに気が付いた。
「エズィール殿!いかがなされたのです?」
エズィールは、わなわなと震え出し、膝をつき、頭を抱え込んでしまった。
「そ、そんな…とうとう最も恐れていた事態が起こってしまった…!奴等め!オーブを使ったな…!」
ドニータは察した。ここに来る前、エズィールから聞いていたオーブの秘密のことだと思った。
つまり世の理を捻じ曲げてしまったが故に、深淵にいる存在に気が付かれてしまったのである。
「まさか…!魔王が!!」
再び城の方を見ると、黒い雲が城の中心へと渦を巻いて集まっているような形になっていくのであった。
「このままではいけない!皆の者!すぐさま城に向かう!もう手遅れだ!オーブを奪い返しても無駄になった!すぐに皆を救出し、国へ帰るのだ!!」
エズィールはすぐにドラゴンへと変身し、ペガサス騎馬隊を引き連れ、城へと向かったのである。
一方、城下町や城内の人々は、異様な空の様子に目を奪われていた。ある者は叫び、またある者は興味津々でその様子を眺めていた。
クローサー城の地下牢には、ガラたちが捕えられていた。
「ううっ…」
マコトが頭を抱えながら目を覚ました。
「まこちょん!気が付いたか!」
「いてて…ん?…ここは?」
「この通り、捕まっちまったのさ…」
ドロレスは、その時城内が何やら騒がしくなっているのに気が付いた。
「ガラ?何か城の中が騒がしくないか?」
ガラは、先程から牢の看守の交代も来ないことに気が付いたのである。
「ああ、何かやべぇことが起きてる気がするな…」
「さっきの変な振動に関係があるのかな?」
その時、マコトは看守を呼んだ。
「すまぬが、そこの者!伝えておいて欲しいことがあるんじゃ!」
看守は、マコトを睨みつけて言った。
「何を!?犯罪者の分際で伝えることだと?」
「ああ、そうじゃ!言伝をお願いしてくれたら、そなたに金を差し上げようぞ!」
マコトは、懐から金で出来た楕円の薄い板のようなものを取り出し、看守に見せつけたのだ。
「なっ!?き、金だと!?お前いつの間にそんなもん持ってたんだ!?」
看守が慌てて近付き、牢の格子に手を触れた時、同じくマコトの手から小さく青白い閃光のようなものが出てきた。
パチッ!という音と共に看守は、体を硬直させて、その場に倒れ込んだのである。
マコトは、小さく強力な電流を瞬間的に格子に流し込み、看守を気絶させたのである。そして、腕を伸ばし、看守のポケットから、鍵の束を取り出した。
「おお!まこちょんさすが!」
ドロレスは、思わずマコトに抱き付いた。
その時、ドロレスの豊満な胸がマコトの頬に当たった。
「…あ、柔らかい…」
ドロレスはハッとしてマコトから離れた。
「ばっ!馬鹿!何言ってんだ!」
ドロレスはマコトの頭上に拳を打ち込んだ。
「ぐえっ!す、すまぬ…思わず心の声が出てしまい申した!」
そして、マコトは自分の頬をパンパンと叩いて、気合を入れ直した。
「これから名誉挽回じゃ!」
マコトはガチャガチャと鍵を見つけ出し、牢の門を開けた。
エルフたちも無事であった。そして、再び研究室の方へと向かったのである。
「おかしいな、さっきあれだけいた兵士がまったく見当たらん…」
ガラは周囲を見渡した。
ドロレスもそれは同感であった。しかしながら、今は一刻も早く研究室に行き、オーブとアズィールを救出しなければならない。
ガラたちは、驚くほどすんなりと研究室に着いた。
「何だ?まったくさっきと同じ状況じゃないか!」
嘘のように、その通りであった。彼らの武器も地面に落ちたままであった。
そして、ガラはオーブを取り出し、ドロレスはアズィールを背負って研究室を出たのである。
「もう一度地下から出るしかないな!」
その時、ドーンという音と共に、城内全体が大きく揺れたのである。
「な、何だ!?まさか夜襲が始まったのか!?」
「いや、にしてはまだ日没まで早過ぎる!」
ガラは嫌な予感がした。まさかとは思ったが、この城の中の様子からして異常事態であることは明らかであった。
地下道に続く倉庫に着き、ドロレスが格子を外そうと手をかけた時、何やら地下の方から動いているのが分かった。
「まずい!地下に何かいるぞ!」
その時、何やら声がしたのである。
「ガラ!ドロレス!俺だ!」
なんと、ハイエルフのヴェダーであった。
「地下までペガサスで飛んできたぞ!さぁ、こっちに来い!」
ガラとドロレス、マコトたちは地下に降りた。そこにはペガサスに乗ったセレナも居た。
「ガラ!ドロレス!まこちょん!良かった!」
ガラたちがペガサスに乗り、地下を再び進もうとした時であった。ドロレスに背負われていたアズィールが突然目を覚ましたのだ。
「…ああ!勇者様!」
一同驚いたが、ドロレスはアズィールに向けて言った。
「アズィールさんよ!勇者さまはあんたを置いて行っちまったぜ!あたしたちと一緒に逃げるんだ。いいな?」
アズィールは、意識が朦朧としていたが、何やらぶつぶつと呟いている。
「いけないわ!勇者様が危ない!助けなくては!」
突然、アズィールは、ドラゴンの姿に変身したのである。
「ちょ、ちょっと待て!うわぁぁ!」
もちろん地下通路の中である。そのままドラゴンに変身すれば、地下の天井を破壊してしまう。
ドロレスは転倒し、アズィールは、気にも留めず、再び地下道を戻り地下倉庫へと向かった。
サイズが大き過ぎるので、地下通路の壁にバンバンぶつかりながら、ヨタヨタと走り出したのである。
その時、至る所の壁が崩れ出し、落石が起こり、ドドドという音と共に、地下道の一部が崩壊してしまったのだ。
「まずい!逃げ道を塞がれるぞ!」
その予感は不幸にも的中してしまったのである。逃げ道が落石で塞がれてしまったのだ。
「ちっ!ファズを撃ったら今度は皆潰されちまうな!」
「仕方ない!再び上に上がろう!」
皆方向転換し、地下倉庫へと再び上がろうとした。アズィールがあまりにも勢いよく飛び出して行った為、地下倉庫の格子は格子ごと吹き飛ばされ、大きな穴が開き、ペガサスごと外に出ることが出来たのである。まさに不幸中の幸いであった。
「リスクが高いが、城門へ出て正面突破を仕掛けるしかない!」
ヴェダーが言うと、セレナが叫んだ。
「アズィールは!?彼女を助けなくては!」
ヴェダーは、上を向くと、アズィールが開けた大きな穴から城の外へと続いているのが分かった。
「一か八かだ!ここから一気に外に出るぞ!」
ガラたちはペガサスと共に、勢いよく地下から空へと飛び出した。
まだ日没までは時間がある。しかし、やはり何か様子がおかしい。先程まで城を照らしていた眩しいほどの夕陽が、一瞬にして暗雲立ち込める空へと変貌していたのである。しかも暗雲から何やら渦のようなものが城の中心に向けて伸びていっているのが分かった。
しばらくすると、わーわーと群衆の声が聞こえてきた。
どうやら兵士たちが集まっているようである。
兵士たちは皆何かと戦っているようである。ヴェダーは、一瞬エルフたちが城門まで駆け付けて来てくれたのかと思ったが様子が違うようだ。
ペガサスを飛ばし、城外の全貌が、明らかになってきた。
城中の兵士たちが戦っていたのは、魔物であった。それもおびただしい数である。髑髏の顔をした兵士や、ワニの顔をした魔物、巨大な蛇の様な魔物、はたまた巨人など、見たこともないような魔物の軍勢が、兵士たちを襲っていた。まさに地獄絵図である。
そしてその軍勢の中心付近には、白いマントを身に付けた男が戦っているのが見えた。そのすぐ後ろにアズィールがいた。
「アマダーン!アズィールもいたぞ!」
ガラたちはアズィールの近くで降りたった。
「アマン!一体これはどういうことだ!?」
ガラは魔物と戦っているアマダーンに声を掛けた。
「ガラか!ふん!お前の言う通り、最悪の事態を招いてしまったのさ!」
ガラはぞっとした。やはり予感は的中したのだ。ドロレスも絶望感に襲われた。マコトは、何やらペガサスに乗りながら眉間の前に指を立てている。
「勇者殿!飛び上がれよ!」
アマダーンは、マコトが何をしようとしてるのか一瞬で察知し、飛び上がった。
「雷鳴よ轟け!」
その時、マコトの指差す魔物の頭上に、大きな稲妻が当たった。その瞬間、周囲の魔物たちが一斉に倒れ込んだのである。
すたっと地面に着地したアマダーンは、ガラたちに向けて言った。
「魔王だ。アングラ様の体が魔王に乗っ取られてしまったのだ…」
そう言うと、ふいと向き直し、城の中へと入って行った。アズィールは、エルフの姿に戻り、アマダーンの後を追った。しかしアマダーンは
アズィールの方を向いて叫んだ。
「お前は逃げろ!これは俺の責任でもある!」
アズィールは力無くその場にしゃがみ込んだ。
しかしガラはすぐにアマダーンを追った。
それにドロレスたちも続いた。
ガラはアマダーンに叫んだ。
「おいおい!何をしようってんだ?まさか勇者様が魔王を倒すってのか!?お前、「いつもの」魔王と違って、本物だぞ!?」
アマダーンは、ガラに向かって言い放った。
「アングラ様を救う!これは俺の問題だ」
「アマン!一体どうやって!?お前、個人的な問題じゃねえぞ!世界が危険に晒されちまうんだ!」
アマダーンは、立ち止まり、再びガラに向き直した。
「ならば手を貸せ!我々の手で魔王を葬る!!」
ガラは、一瞬躊躇したが、クソッと頭を掻いてアマダーンの方へ続いた。ドロレスとマコト、そしてヴェダー、セレナ、アズィールもそれに続いて行った。
アマダーンは、城の最も高い塔を登り、最上階へと進んだ。最上階は、屋根ごと吹き飛んでおり、上空の暗雲から続いている渦がそのまま最上階の「何か」へと集中しているのが分かった。
ガラたちは最上階へ着いた。渦が集中しているところからなにやら人の形の様なものが蠢いてるのが分かった。
アマダーンは、サーベルを「それ」に向け叫んだ。
「貴様!アングラ様に何をした!?今すぐアングラ様の体を返さなければ、容赦せんぞ!」
次第に渦は消えていき、一人の人間のような姿が現れて来た。
しかしながら、それは「人間」とは非なるものであることは明らかだった。その肌の色は、禍々しい紫色で、頭からは黒光りした角が2本生えている。目は黄色く、口から牙のようなものが生えている。
しかしその姿以上に何とも言えない恐怖感、絶望感、嫌悪感がビンビンと体の芯まで伝わってくる感覚がするのである。
そして、それは口をゆっくりと開いて言葉を話した。
「我は…何者なのか…分からない…名も忘れてしまった…」
その言葉が放たれた瞬間、ガラたち全員の背筋が凍るような感覚があった。
「くっ!こ、こいつが魔王か…」
ドロレスが言うと、魔王は目をドロレスの方に向けた。
「…魔王。懐かしい響きだな。そう、魔王と呼ばれていたこともあったな…お前たちは人間か?」
ガラは魔王に向けて言った。
「ああ、ちょいとした手違いがあってな、お前さんの眠りを覚ましちまったみたいだ。悪りぃな」
魔王は、ガラに目をやった。
「おお…お前は火の民か。そうそう、思い出したよ。火の民だ。そして…他のお仲間はいるのか?風…風もいるな」
魔王はヴェダーの方を指差した。
「火と風か…土と水は居ないようだな…どうした?全員揃わなくては、私には敵わんぞ?」
アマダーンは、怪訝な顔をした。
「火?風…だと?何のことだ?」
魔王は、アマダーンの言葉に耳を傾けず、セレナの方を向いた。
「竜…竜が居たな。フハハ!…だが、まだ足りんぞ?」
アマダーンは、サーベル“ナラヤン”を魔王に再び向けた。
「我が名は勇者アマダーン!貴様!訳の分からないことを言いおって!アングラ様を返すのだ!」
魔王はアマダーンに向き直し、静かに話し始めた。
「勇者…勇者と言ったな貴様…俺の最も忌み嫌う言葉だ…して、一体どこにおるのだ?貴様からは勇者の血など微塵も感じられんぞ?」
アマダーンの表情は強張り、怒りに満ちていた。
「何だと?貴様!なんと無礼な!」
アマダーンは、斬りかかろうとした。
「やめろ!」
ガラが叫ぶのと同時に、魔王がアマダーンに向けて手をかざした。
シュッ!という音と共に、あっという間にアマダーンの刃は、魔王に達していた…はずであった。
なんと、アマダーンの振りかざすサーベルを、魔王は素手で受け止めていたのである。
アマダーンは、必死にサーベルと外そうとするが、魔王は造作もなくアマダーンのサーベルを眺めている。
「ほう、人間にしては素早い…そして…何重か魔法を纏っているなお前…」
ドロレスと、マコトは何も出来なかった。
何が起こっているのか理解するのがやっとであった。目の前にいるのは、我々が絶対に手を出してはいけない存在なのだという圧倒的な絶望感が、体中を支配していたのである。
「ぐぐっ!き、貴様!」
アマダーンは、物凄い形相でサーベルを掴んでいる。
その時、魔王はもう一つの手をアマダーンの方へかざした。しかしアマダーンは、咄嗟にサーベルから手を離し、後ろへジャンプしようとした。
ボンッ!という音と共に、何かが破裂した。
アマダーンは、後ろへ飛んだが、着地せずどかっと倒れ込んだ。
「ぐああ!」
なんと、アマダーンの左足が足首ごと吹き飛ばされていたのである。
「…!?」
ガラたちは、一体何が起きたのか分からなかった。
ビシャビシャという血がアマダーンの周囲に降り注いだ。アマダーンは、自らの左足を押さえながら悶絶している。
「ぐおおああ!」
魔王は、少し口角を上げ、手にしてたサーベルをぱりんと割った。サーベルはまるで、「つらら」のように脆く崩れ去った。
「これが勇者だと?何かの冗談か?…おいおい、まさか勇者は滅んだのか?我輩が永き眠りについている間、一体何があったのだ?」
魔王は、キョロキョロとあたりを見回した。
「…うん、うん、竜の連中はまだいる様だな…だがやはり、勇者は滅んだようだ…くくくっ」
魔王は笑った。そして、何か考え始めた。
「ここにいるのは、人間たちの精鋭か?まさか、再び我輩を眠りにつかせようなどと思うまいな?」
ガラは、悶絶しているアマダーンに目をやるも、体がまったく動かないのであった。
しかし、すぐにアズィールが、アマダーンに駆け寄った。
「ああ!なんてこと!勇者様!」
アズィールは、アマダーンの左足にふっと氷の息を吹きかけた。左足の血は凍りつくように固まった。
「しばらくこれで我慢なさって!」
その時、ドロレスが口を開いた。
「な、なあ魔王さんよ…あんたは、何しにここに来たんだ?」
魔王は不思議そうにドロレスを見つめた。
「この世は既に勇者もいない。また、魔物だらけの世の中にするのか?」
魔王は少し考えて言った。
「うむ、そうだな…しばらくは様子を探ってみるのも悪くはないな…どれ、人間たちを見てみるか。しかし、お前は…面白いな…」
ドロレスは、意外な答えに面食らった。
かつて読んだことがある伝説では、魔王は純粋な悪の化身として描かれていたのである。まさかこんな返事が来るとは予想だにしていなかった。
「あんたは、何が欲しいんだ?世界か?金か?権力?」
魔王は静かに答えた。
「ククク…いかにも人間らしい考え方であるな。
…確かに我輩はかつて、この世界を魔物でいっぱいにしようとした。しかしながら、人間に邪魔をされたので、滅ぼそうとしたのだ。お前も邪魔をするのか?」
ドロレスは、答えた。
「いや、もしかしてだけど、魔物も人間も、共存出来る世の中にはならないのかなと思って…さ」
魔王は考えた。
「共存…」
ドロレスは話し続けた。
「そうだ。お互いに干渉せずに同じ世界の者同士ってことでさ、共に生きていけないかな?」
魔王は少し笑みを讃えて、ドロレスに言った。
「フハハ!お前は勇気があるな。だがそれは難しいと思うぞ」
ドロレスは、続けた。
「な…何で?」
その時、アズィールがドラゴンへと変身し、魔王に目掛けて氷の息を吹いたのである。
「ア、アズィール!やめ…!」
ドロレスは、アズィールを制止しようとした。しかし、アズィールはすぐさまアマダーンを抱えて飛び立とうとしたのである。
魔王は、一瞬体が凍りついたが、すぐに氷が吹き飛び、アズィールに向けて手をかざした。
「アズィール!危ない!」
セレナが叫んだ瞬間、ボンという音と共に、アズィールの胸に大きな穴が空いた。
アズィールは、アマダーンを抱えたまま、塔から落下してしまったのである。
「アズィール!」
セレナはドラゴンへ変身し、アズィールの元へ飛んで行った。
魔王は、手を下ろしドロレスにもう一度、話しかけた。
「見たであろう?この世界は残酷なのだよ…」
ドロレスは、悲しい表情で魔王に言った。
「そ、そんな!今のは違うんだ!分かってくれ!」
魔王はその言葉に耳を傾けることなく、くるっと振り返った。
「やはり、人間は滅ぼすに限る。この世は魔物のものであるのだ!」
ガラはすぐにドロレスとマコトの腕を引っ張り、塔の下へと走り出した。
「まずい!逃げるぞ!」
その時、ドーンという大きな音と共に、塔の最上階が爆発し、崩れ落ちて来たのである。
「やばい!崩れるぞ!」
ガラたちは急いで塔を駆け降りる。しかし、塔自体が崩れるのが早過ぎるようである。
その時、窓の外に何かが見えた。
「おーい!ガラよ!いるか!」
エズィールとペガサス騎馬隊である。
ガラは窓から大声を上げて、エズィールを呼んだ。
「こっちだ!」
ガラはドロレスたちに伏せろ!と言い、壁をファズで撃ち抜いた。
開いた穴から、ガラたちはエズィールとペガサスに乗り、外へと飛び出した。
外では、魔物が溢れかえり、城壁は崩れ、火の手が至る所で上がっていた。
ドロレスは、その時、崩れ落ちる最上階から、一瞬見えた魔王の姿が目に焼きついた。
魔王はドロレスの方を向いている様にも見えた。
「…」
ドロレスは、しばらく魔王の方を見つめていた。
ヴェダーは、アズィールの元へ駆け寄り、すぐに白魔法をかけた。アマダーンは、気を失っている様だ。セレナは目に涙を浮かべ、アズィールを見守っている。
「まずい!このままでは、ここにも魔物たちが来るぞ!」
マコトは、彼らに声をかけた。
セレナは再びドラゴンへ変身し、アズィールとアマダーンを抱えて飛び上がり、野営地に向かった。
ヴェダーは、ペガサスに乗り、ドロレスたちに声をかけた。
「まだ街に人々がいる!魔物が来る前に避難させよう!手を貸してくれ!」
ガラたちは、ヴェダーやエルフたちと共に、避難している住民たちを探すことにした。
「くっ!やはり既に街も魔物で溢れておる!」
マコトは悔しそうに叫んだ。
「どこかに避難している住人がいるかもしれん!探し出して救い出すしかない!」
ヴェダーは、すぐさま二手に分かれて住民救出を指示した。
ガラとマコトたちは、魔物がこれ以上街に侵入してこないよう城門付近に立った。
その間、ヴェダー、エズィール、エルフたちは、住民たちを避難させるという作戦である。
一方、野営地に降り立ったセレナは、すぐにドニータに声を掛けた。ドニータは、アズィールとアマダーンの治療に当たった。
そして、セレナは再びクローサー城へと飛んで行ったのである。
その時アマダーンが目を覚ました。
「うっ!…こ、ここは?」
「目が覚めたようだな。ここは野営地だ。セレナがお前を運んできたのだ」
ドニータがアマダーンに伝えた。
「アズィール!お、お前!」
アズィールは、エルフの姿になって横になっていた。
アマダーンは、アズィールの手を取り、話しかけた。
「す、すまない…俺は…お前を騙してしまった…」
アズィールは、かすかな息でアマダーンに声を掛けた。
「いいのよ、勇者様…私は…分かっているの…」
再びドニータがアマダーンに声を掛けた。
「ドラゴンは生命力が高いのだが、何故かアズィールにはほとんど血が残されていない。おそらく、このまま傷が塞がれなければ、アズィールは…」
アズィールは、アマダーンの頬に手を当てて言った。
「もっと…あなたと…世界を旅してみたかった…」
そう言うと、アマダーンの頬から彼女の手が離れ、力無く地面の上に落ちた。
「おおお…アズィール…!ゆ、許してくれ…」
アマダーンは、アズィールの手を取り、再び自らの頬に付けた。アズィールの手は既に冷たくなっていた。
その時、アズィールの手の甲に一滴の涙が流れ落ちたのである。
血も涙もないとされ、人々から恐れられていた勇者は、この時、人生ではじめて涙を流したのであった。
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