第22話 ニアにはいい考えがある
「ええ、すみません……先生の魔術理論、楽しみにしていたのですが……昨日から42度の熱と、げほげほ、吐血してしまって。更には頭痛や腹痛や腰痛や通風……他にも今痙攣もしていて……えっ? 病院に行け? 救急車呼べ? 魔力暴走の恐れがある? 魔人診断と呪術診断をしてもらえ? はい、わかりました。げほげほ、今日はお休みとさせていただきます……それではよしなに……げほげほ」
適当な仮病を使って学校は休み、本日中に家賃を耳揃えないとレッツ路上な件について検討会を開始した。診断書はあとでニアに偽造してもらおう。
「斗真様。本日中に20万円が必要な計算です」
「えっ、てことは深層……最悪、混沌層に潜らないといけないって事? 嫌だなぁ……」
中層のドロップアイテムじゃ一日頑張って稼いでも10万も行かない。深層の魔物を狩りまくらないといけない。
「斗真様。早くダンジョンに行かなければ、斗真様は住居を失ってホームレスになります」
「2984年じゃずっとホームレスだったろ」
「何故ダンジョンへの侵入を躊躇しているのですか」
眉間を指で挟む。色々トラウマが蘇るからだ。
「俺の平和計画、ダンジョンに入ったあたりから崩れた気がするから……」
最初はこっそりダンジョンでドロップアイテムを狩って、細々と生きていくつもりだったんだ。それが五十嵐の馬鹿騒ぎに巻き込まれて、鳥荷先輩から目を付けられて、何だ2984年で
故に、ダンジョンって言葉を聞くと身体が拒否反応を起こしちゃう。
そうだ。俺の平和が崩れたのはダンジョンのせいだ!
「しかし直ぐに十分な金額を手に入れる方法は、ダンジョン探索以外にありません」
「うん……それもそうなんだけどな」
「貴方が懸念している事は理解しています。
暫くマタの身体で演算を始めた。ダンジョンマスターの肉体に入ったとはいえ、CPUもメモリも据え置きだ。相棒として2984年共に駆け抜けた参謀の完璧な作戦が構築されていく。
「最適解の算出完了。私にいい考えがあります」
「それ失敗フラグだよニア司令官」
◆◇
訪れたダンジョンの管理棟で、眼鏡をしていた受付のお兄さんは瞼を細めていた。
「えーと……『アンダーソン』さん、Cランク冒険者」
「はい」
「『ニア』さん……Cランク冒険者」
「はい」
「二人ともイギリスから日本まで遥々来てくれたんだねぇ」
冒険者ライセンス証と管理棟のPCに映った冒険者情報を交互に見る。ただし俺とニアの顔と、冒険者ライセンス証に貼りつけにされた写真は明らかに違う。なんなら名前すら違うのだが、淡々と処理が進んでいく。
顔や名前も違うのは当然だ。そもそも『アンダーソン』は偽名だし、ニアの情報も戸籍や
冒険者ライセンスも、
例えば冒険者ライセンス証をスクエアプリンタで再現する事など造作もないし、2025年のサイバーセキュリティがトタン屋根並だったのも幸いした。しかしだからって
「……済まないんだけど、一応顔を見せてもらってもいいかな?」
無理もない要求だ。
何故なら今の俺達はスクエアプリンタで生成したヘルメットを被り、首元は赤のマフラーで隠しているからだ。
……事前の打ち合わせ通り、ニアと一緒にたじろぐ演技をする。
「すみません、したくないです」
「アンダーソン君と同じです。私達はヘルメットを取る事を拒否します」
「いや、日本だと一応冒険者ライセンスと顔が一致しているか見ないといけなくてね……」
「仕方ないか。実は……」
マフラーとヘルメットをほんの少しだけ浮かすと、担当者は苦虫を嚙み潰したように表情をゆがめた。スクエアプリンタで張り付けた『生々しい火傷の跡』に気圧されたのだろう。
「実はイギリスのサラマンダーに顔を焼かれてしまって……それ以来僕らはこのヘルメットが手放せなくなったんです」
「私は哀しい状態です。この顔を公開しないといけないなんて。しくしく、しくしく」
ニアの演技が棒過ぎて不安しかない……。
「分かった分かった!! いいよ、そのままでいいから!!」
良かった。事前の情報通り、ここの受付が適当かつ事なかれ主義で。
って感じで俺達は無事、身分を詐称してダンジョンに侵入する事に成功した。
「作戦成功を確認」
「作戦と言うよりはただの違法行為なんだけど」
とはいえ俺も背に腹は代えられない状態だ。冒険者ライセンスを捏造し、
ちなみにヘルメットやマフラーの着用は珍しくない。防具として兜や仮面があるくらいだからな。金欠の冒険者がダンジョン用ではないヘルメットを装着する事もあるらしい。
さらには電車で二時間ほどかけてでも、平日郊外の人気がいないダンジョンに入る事で人目を極力避ける。『下村斗真』の素性は徹底的に隠しているとはいえ、ビームをバンバン撃っている姿を見られるのは何か嫌だったからな……が、注目を集めたとしても所詮は田舎だし、そこまでは広まらんだろう。周りから見ればビームを放っているのは『アンダーソン』という別人だし。
「てかニアが着いてくる必要ってあった!?
「私のメインアカウントは現在マタの肉体に移転しています。この状態で
まだマタの肉体で戦闘できる状態にはなってない筈なんだがなぁ。とはいえイレギュラーな事態に強いマタだ。一緒に居てくれた方が今は助かる。
さて、さっさと深層に行って一狩りしてくるか。今日は身分も身形も隠しまくってるし、バンバンビームウェポンが使えるぞー!
◆◇
「やや」
深層に着くなり黒雲が立ち込めてきた。中層まではまったく人がいなかったのに、深層に入った途端冒険者の一団を発見してしまったからだ。
しかも彼らの前をカメラ付きのドローンが浮遊している。
『いやー、このダンジョンの深層はBランク冒険者でも充分太刀打ちできると思います。見てください、しがないAランクの俺達でもこんなにドロップ品集められましたから』
参ったな。ありゃ冒険者というよりは配信者の類だろう。先頭の奴には見覚えがある。
「ダンジョン動画配信者の『
一番うれしくないタイミングで有名人と出会っちまった。ダンジョン配信の分野においてはトップレベルのインフルエンサーで、特に20代前半までの層をターゲットとした『新時代のダンジョン探索』を標榜している。時々炎上を起こして賛否両論の嵐を上陸させてはいるものの、未だに若年層からの人気は根強い。
……しかも鳥荷先輩と同じSランクなんだよな。日本に5人しかいないっていう。
「私には理解できません。何故この時代の人間は戦闘情報を公開するのでしょうか。弱点情報の流出に繋がるデメリットだけで、何のメリットもありません。人間風に言うなら馬鹿です」
「承認欲求って欠陥が人間にはありまして」
まだまだ人の心を勉強中のニアを宥めつつ、さてどうしたものかと思案を巡らせる。
配信は厄介だな。ビームをバンバン撃ってる姿なんかアップロードされたら注目間違いなしだ。
「斗真様の懸念は理解しています。しかし特に問題はありません。2025年のセキュリティは全て脆弱です。故にハッキングし、動画配信機能あるいはドローンの機能を停止させれば良いです」
「流石だな、相棒」
あいつらには悪いが、今日の配信は中止してもらうか。こちとらホームレス人生の罰ゲームが怖いんでな。
「ん?」
剛志じゃなく、後ろに従っている男子一人と女子二人。そのうちのショートボブの女子……俺は目はゴシゴシ擦る。しかし現実は変わらない。
「嘘だろ……アレ『
「斗真様。何かありましたか」
「あのパーティーに、幼馴染がいる」
やばい。失敗フラグが立ち始めたかもしれない。
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