第14話 悪徳ギルマス、人質救出に向かう

 打ち合わせを終えて、俺とフィールはすぐにデルタの街にある工業区画へ向かった。


 鍛治職人達が工房を構える通りを奥へ進む。裏路地に入り、今は使われていない廃倉庫へ。いくつか見て回ると、窓の中に人影が見える建物が。すぐに分かった。原作で女性が監禁されていた場所だと。


 俺達は他に警備がいないかを確認しながら裏口へ周った。


「スキルの発動は?」


「問題無い。既に発動している」


 フィールの首筋が淡い光を浴びている。彼女のスキル「アイゼルメイデン」の証。それを確認してから一気にドアを蹴破る。瞬間、部屋の中にいた男達は間抜けな声をあげた。


「は?」

「なんだ?」

「もうリゼットのヤツが帰って来たのか?」


 倉庫の中央。3人の男が木製の椅子に座っている。その奥には女性が横たわっていた。


「フィール!! ヤツらは任せて大丈夫か!?」


「これは護衛依頼の延長だ!! ジルケイン殿は手出し無用!!」


 フィールが地面を蹴り、男達の元へ飛び込み剣を横一閃。スキンヘッドの男。その鎧に斬撃が直撃。壁に叩き付けられる。他の男達が慌てたように武器を構えた。


「な、なんだよお前ら!?」

「ここがどういう場所か分かってんのか!?」


「アイゼルメイデンを使うまでも無いな!!」


 フィールが小柄な男の剣を受け流し、剣の柄でみぞおちに一撃。うめき声をあげた男が倒れる。もう1人の男が背後で剣を振りかぶる。フィールはその振り下ろしの攻撃を半歩身を逸らすだけで回避した。


 ジロリと男を睨み付けるフィール。斧を持った男は、その気迫にたじろいだ。


「お、お前……普通の戦士じゃないな……」


「元・フレス王国騎士団長フィール・バレンシアだ! 覚えておけ!!!」


 フィールが剣の鞘で男の首元を殴りつける。鈍い音と共に男は吹き飛び、そのまま意識を失った。


 ……さすが元騎士。対人戦のエキスパートだな。一瞬でケリをつけてしまった。


 俺は、捕まっていた少女の縄を解く。原作でアロンがやっていた人助けをジルケインがやっているとは……。


「大丈夫か?」


「うっ……ありがとうございます……」


 少女はケホケホとむせながら地面に座り込む。持って来ていた水筒を渡すと、女性は恐る恐るそれに口を付けた。


「一つ問いたい。名前は?」


「ユウリ……ユウリ・サランディア、です」


「サランディア……という事は、この街の領主の?」


 コクリと頷くユウリ。やはり考えた通りだったな。ラルトスは領主バルサラス・サランディアの娘を人質にし、彼を操ろうとしていたという事だ。


「ジルケイン殿……読み通りだったようだな」


「ああ」


 安堵のため息を吐くフィール。だがすぐに真剣な表情になると、周囲を見渡した。


「しかし……要人を監禁していたにしては人手が少なくはないか?」


「気付かれないためだ。普通に考えて、ここまで早くこの場に辿り着けるものはいないだろう」


「ははっ、流石ジルケイン殿──」


 言いかけたフィールを手で制す。おれの背後からはとてつもない殺気が放たれていた。恐らく、敢えて俺に気付かせるように放たれた殺気が。


 そんな事ができる者は俺の知っている中で1人しかいない。


「……どうやら俺達の動きを察知した者もいるようだ」


「あの屋敷を出てすぐに向かったのだぞ!? 誰がそんな……」


 フィールが背後を振り返る。倉庫の入り口には、赤色のショートヘアをした少女が。彼女は黒い装束に身を包み、両手には大型のナイフを2本。彼女は壁に寄りかかると乾いた笑い声をあげた。


「あーあ。もう見つかってんじゃん」


「黒い稲妻リゼット……早かったな」


 リゼットはニヤニヤと笑みを浮かべている。一見すると戦闘狂に見えるが、その内面では普通の生活に憧れている少女……原作でそれを知っている分、この態度はなんとも哀れに思えるな。


 リゼットは、俺の考えとは裏腹に強気な演技を続ける。


「まるでここが分かってたみたいに迷わずに来たよねお前達。……どういうこと? ここは誰にも知られていなかったはずなんだけど」


「悪いが俺にはお見通しなんだよ。ラルトス程度が考える事はな」


 原作知識など説明するだけ無駄だからな。今はラルトスを潰すために少しでも優位に見せておきたい。


 黒い稲妻、リゼット。


 原作でこの事件をきっかけに幾度となくアロンと戦う事になったライバル的存在。その能力は最大強化したアロンに迫るほどの超加速。そして、一撃必殺の威力を持つ「サザンスラッシュ」。


 ……強敵だが、フィールはむしろ有利。物理攻撃が突破できなければ、リゼットは必ずサザンスラッシュを使う。そこを付けば勝機はある。


(フィール、ヤツが大技を使ったらアイゼルメイデンは破られると思え)


(アイゼルメイデンが……? 彼女はそれほどの腕なのか?)


(ああ。1度目はなんとしても生き残り、ヤツの動きを覚えろ。2度目の大技の時には指示を出すからその通りにヤツの技の弱点を突け)


(……承知した。この命、預けたぞ。ジルケイン殿)


 フィールの肩を叩く。彼女ならば上手くやるだろう。後は……。


 リゼットに視線を向ける。ここで彼女を引き入れる布石を打っておくか。


「おい黒い稲妻」


「なに? 命乞い?」


「勝負をしないか?」


 リゼットは「何を言っているんだ?」という顔をした。普通に考えればあり得ない提案だ。俺達を殺しに来た彼女には何のメリットもない勝負に思えるだろう。


 だが、お前が心底欲している物が提示されたら……どうする?


「勝負ってなんの?」


「フィールが勝ったら……お前、俺のギルド所属の冒険者になれ」


「は? 意味分かんないし。アタシは暗殺集団にいた女だよ? ぬるいギルドなんかに興味なんてない」


 嘘だな。


 原作においての彼女はこう言っていた。本当は誰も傷付けたくなかった。いつも逃げ出したかったと。だが、彼女はいつも恐怖に支配されていた。望まぬ形で罪を繰り返してしまったこと、そんな自分を受け入れてくれる者などいないという絶望に。


 原作で彼女が身を置いた場所はどこも暗殺者リゼットを利用しようとした者ばかりだ。


 梟の爪もラルトスも……最終的にリゼットを殺す事になる狂信者組織も。リゼットは常に誰かに従わされ、最後まで自由になれない女だった。彼女の願いとは裏腹に。


 俺はそこを突く。バッシュの時の応用だ。彼女の求めている言葉を与え、その心に付け入る。彼女を支配しているラルトスよりも俺の所に来たいと思わせてみせる。


 原作ライバルを抱き込めたら俺のギルドは益々安泰だ。リゼットに冒険者のスキルを学ばせれば……彼女はなれる。アロン、フィールに続く3人目の稼ぎ頭に。


 俺も他の奴ら同様、リゼットを利用する者だが、彼女がずっと騙されてくれるよう最大限に嘘をついてやるか。


 勝負はそのための布石だ。


 原作の彼女は意外に律儀な性格だ。ここで約束を取り付けておけば、後の交渉もしやすいだろう。何より、こんなところでラルトスと共に退場させるには惜しい。


「ジルケイン殿、何を考えているんだ?」


 フィールが怪訝な顔をする。彼女の不信感も拭っておかなければな。彼女がいなくなっても俺の収入に影響が出てしまう。ここは、フィールが納得する言葉を述べておくか。


「俺はなフィール。才能ある者が日の目を見ないのは耐えられないんだよ。この事件を解決した時、リゼットはどうなる? あの若さで身を滅ぼすにはいくらなんでも早すぎる」


「じ、ジルケイン殿はそこまで考えて……?」


 フィールが目を潤ませる。信じるのが早いな。念の為にもうひと押ししておくか。


「ギルドマスターの仕事は才能を見出す事だからな」


「……!?」


 フィールがボロボロと大粒の涙をこぼし始める。しまった。綺麗事を並べすぎて彼女の騎士道を刺激しすぎたか?


「おい、今は戦闘に集中しろ」


 涙を拭ったフィールは、凛とした表情でリゼットを見据えた。


「す、すまない……だけど、貴方の心は分かった。見ていてくれジルケイン殿。私が必ずあの少女を救って見せよう!!」


 フィールが剣を正眼に構える。その気迫は十分。泣かせてしまったが、むしろいい効果があったかもしれない。


「何勝手に盛り上がってんの? アタシをどうこうできると思ったら──」


「お前の「本当に欲しい物」だが……俺の元にくれば手に入る。だから俺達と来い、リゼット」


 俺の言葉に、リゼットが笑みを消す。やはり原作に即したセリフは強い。こう言われてヤツは聞き流す事などできないはずだ。


 これは原作でアロンが彼女へ言ったセリフだ。この言葉で何度もぶつかったアロンとリゼットは和解したんだ。


 ……その後、彼女は仲間であったはずの狂信者に胸を貫かれて死ぬ事になるがな。


 だが、まだラルトスの配下にいる彼女ならその事象は起きない。今なら彼女を万全の状態で引き入れられる。


 リゼットは先ほどまでの小馬鹿にしたような笑みから一転、ジロジロと俺の事を見始めた。俺に興味を持ったな。なら、後はラルトスより俺の方が「上」だと、見せるだけだ。


「アンタ……ラルトスの家でアタシの存在に気付いていたみたいだけど……なぜ?」


「あれほど殺気をばら撒いていた癖によく言う。あれでは気付かない方がおかしいさ」


「じ、ジルケイン殿はそんな事まで分かるのか……!? ぜ、全然気付かなかった……」


 なぜかフィールが動揺する。まぁ嘘だがな。原作知識があったからこそ、俺達を監視しているリゼットがいると睨んだだけだ。


 リゼットはジトリと俺を見つめ、そして。


「はっ、いいよ? アタシが負けたらアンタの言う事なんでも聞いてあげる」


 俺の勝負の誘いに乗った。


 よし、後はフィールが勝つだけだ。リゼットの攻略法は俺が知っている。フィールならばそれを実行できるだろう。


「だけどね、ギルドマスター。その女が負けたら……」


 リゼットが大地を蹴る。周囲に、稲妻が走ったように黒い軌道を作り出した。



「アンタには苦しみながら死んで貰うからねええ!!!」


「速い……!? だが、私は──負けん……ッ!!」



 黒い稲妻、暗殺者リゼット。


 元・王国騎士団長、フィール。



 2人の戦いが始まった──。




―――――――――――

あとがき。


次回はリゼット視点。彼女が戦う中、彼女の悲しき過去に響くような言葉をジルケインが的確に浴びせて……?

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