第13話 悪徳ギルマス、悪党を挑発する

 デルタの街へやって来た俺とエミディア、そしてフィールは、ギルド管理官「ラルトス・スタッド男爵」の屋敷を訪れた。


 ラルトス・スタッド。その名前は原作にも登場していた。


 原作3巻。デルタの街を訪れたアロン達はここでラルトスと対峙する。厳密にはラルトスの雇った「ある女」と。ラルトスは原作でも悪事を繰り返す悪党として名前だけ語られていた。しかし、物語の本筋はヤツではなく別の誘拐事件へと移り、ラルトス自体が裁かれることは無かった。


 作中内でも事件後、アロン達に考察されていた。ラルトスが誘拐事件を裏で手を引いていたことや、アロン追放からバッシュとの決闘までの期間に原作ジルケインを勧誘し、ギルドの金で資金洗浄をしていたなどという話も。


 しかし、ヤツはそれ以上本編で語られる事はなかった。そのモヤモヤとした後味の悪さを、物語を読んでいた俺はよく覚えている。


 原作ジルケインと関係していたのなら、俺にとっても今のうちに潰しておきたい相手だ。その為にヤツの使いの挑発めいた行動に乗ってやったのだから。


 応接室に通される。護衛のフィールを俺とエミディアの背後に着かせてしばらく待っていると、大柄な壮年の男性……ラルトスがやって来た。


「これはこれは、わざわざルミージュのギルドマスターが挨拶に来るとはな。殊勝なことだ」


 エミディアの眉がピクリと反応する。


「ルミージュギルドです。間違えないで下さい」


「失礼。なにせ田舎街だからな。名前も忘れるというものだ」


 あからさまな挑発……ラルトスの原作に違わぬ悪党面。この顔……俺達が何のために来たのかを理解しているようだ。


 俺は部屋の奥に目を向けた。すると、扉がほんの少し開いているのが視界に移る。俺が視線を送ると、その扉はゆっくりと閉まった。


 ……やはりいるな。原作に登場した「彼女」が。俺の予想通りラルトスと既に契約しているか。


 俺は扉に気付かない振りをしてラルトスへ目を向ける。


「本日は管理官殿に尋ねたい事があってな」


「ふむ、言ってみたまえジルケイン殿」


 エミディアに視線を送る。彼女は持参していた出納帳すいとうちょうをテーブルの前に置き、ヤツへ突き付けた。分からないとでも言いたげなラルトス。俺は、単刀直入に聞いてみることにした。


「先週からギルドに回されるクエストの依頼金が減少している。かなりの額だ。クエスト依頼を割り当てる管理官殿にこの現象を説明頂きたい」


「先日送ってきた使者の申し出を断ったから報復に出た……という事ならば、貴方の管理官としての資質を疑わねばなりませんが?」


 エミディアが追い討ちをかける。しかし、ラルトスはどこ吹く風といった様子で紅茶をすすった。


「依頼主との契約内容は機密情報だ。それに……使者の申し出? 知らんな。意地汚い冒険者共を相手にしておるせいで妄想癖でも発症したのでは?」


 エミディアがテーブルを叩いて立ち上がる。その顔は使いの男の時以上の怒りが込められていた。


「ではこの状況にはどのように納得すればいいのですか!?」


「昨今は不景気だ。依頼主も懐が寂しいのだろうよ」


 ラルトスの笑みは崩れない。その視線はエミディアの体を舐め回すように捉え、さらにいやらしさを増す。エミディアはゾッとした顔をして席へ着いた。テーブルの下で俺の袖を掴むエミディア。その手が小さく震えている。それは怒りか屈辱か……いずれにせよ、ラルトスが狙った反応だろう。


 女を黙らせる為に視線を使う、か。場慣れしている。マフィアか何かのボスかコイツは?


「お前達が不正を疑うのは勝手だが? クエスト依頼の元金が分からなければ証明はできまい。諦めろ」


 ここまで言うとはな。もう少し情報が欲しい。表のルールをチラつかせて攻めるか。ヤツの反応が見たい。


「ギルド法に従い裁判を起こしても?」


「やればいい。だが、勝てる見込みは万に一つもないぞ? 負ければお前は全てを失うことになる」


 ラルトスが唸るように低い声を出す。裁判官を務める領主とは繋がっていないはずなのに、この余裕……何かあるな。


 思考を巡らせる。原作でラルトスがやったことと言えば、誘拐事件を手引きした事だ。誘拐された女性を原作のアロン達が救い出した。そのままアロン達は後のライバルとなる「彼女」と戦闘し、話の本筋は別の方向……「彼女」を拾った狂信者組織との戦いへと流れていった。


 あの誘拐事件はただのきっかけ。物語内で深い意味はない。原作ではそのような描かれ方をしていた。


「何を考え込んでいるジルケイン殿? お前達はギルドに帰れないことをお望みかな?」


 ラルトスの背後にいた警備兵が剣に手をかける。それに対応するようにフィールも剣に手をかけた。一触即発のような空気が室内に走る。


 ラルトスのセリフ。俺が使いの男にやったことへの意趣返しだな。知らぬと言いながらいやらしい事をする男だ。


(ジルケイン様……)


(心配するなエミディア。本気であれば既に危害を加えている)


 俺は、心配そうに身を寄せてきたエミディアを安心させようと耳打ちした。


 ……エミディア?


 そうだ。エミディアだ。


 俺がアロンの追放を改変した時、エミディアは原作に関わりの薄いサブキャラだと思っていた……だが実際は、原作で描かれなかったジルケインの過去に深く関わっていた。彼女は守銭奴となったジルケインの事をただ1人信じていたんだ。


 原作で深く描かれなかった内容であっても、そこに少しでも顔を出した人物や事象には必ず因果がある。なら、ラルトスが画策した誘拐事件にも意味はある。ヤツにとっての大きな意味が。


 思考をさらに巡らせる。ラルトスの余裕……既に契約している「彼女」……原作での誘拐事件……。



 ……。



 なるほど、そういうことか。分かったぞラルトス。お前の余裕の理由が。面白い。お前自身が暴力で無理を通していたという訳か。



「ふん、怯えるのなら初めから直談判などに来るな」


 立ち上がろうとするラルトス。俺の予想が合っているか、最後の確認だ。こちらも少々揺さぶりをかけさせて貰おう。


 原作知識の中から「彼女」の設定を口に出す。その扉の向こう。原作にも登場した「彼女」に聞こえるように。彼女には俺に興味を持って貰わなければ。その方が彼女を「救いやすい」からな。


「暗殺者集団。ふくろうの爪」


 ラルトスの動きがピタリと止まる。ヤツの目は、獲物を見つめるものへ変わった。俺はそれを無視して続ける。


「そこから脱走した者。別名「黒い稲妻」の異名を持つ女暗殺者を知っているか?」


「……知らんな」


 知らないはずが無いだろう。原作でお前が雇い入れた暗殺者なのだから。


「噂で聞いてな。どうも彼女はこの街に潜伏しているらしい。アンタは多くの人間から恨みを買っているようだからな。気を付けた方がいい」


「ふん、そんな者がいるのなら、私が先に始末している」


 そういいながら、ラルトスは扉の方をチラリと見た。無意識の動き。それで俺の考えは確信に変わる。


 俺の頭の中で原作で謎だった部分が繋がっていく。原作ではラルトスがなぜ誘拐事件など起こしていたのか不明だったが。実際はこうだ。


 ヤツは凄腕の暗殺者「黒い稲妻」を手中に納めた事で、デルタの街を裏から暴力で支配した。そして、さらなる勢力拡大に動く為、領主の弱みを握ろうと誘拐事件を起こした。


 この世界の裁判は判決も全て領主の考え1つで決まる。当然「領主の弱み」を握れば強気にもなる。だからこそヤツはあからさまに俺に対して強気に出た。


 あれは金をせびるというより、力を示す行動。もし逆らう者がいれば俺達にやったように締め上げればいい。苦しんだギルドは必ず直談判に来る。そこで力の差を見せ付け、従わせるということか。


 冒険者でも無いくせに力で解決……か。それなら俺もやりやすい。


「エミディア、フィール。今日の所は引き上げよう」


「ですがジルケイン様!?」

「このまま引き下がっていいのか!?」


「大丈夫だ。どうせ近いうちに会う事になるだろう。この街の領主の屋敷でな?」


「おい、田舎者のギルドマスターはどうやら破滅がお望みのようだぞ?」


「哀れな男だな」

「ラルトス様の恐ろしさを知らないんだ」


 ラルトスが問いかけるように言うと、周囲の兵士達も俺を嘲るように笑い声を上げた。


 ラルトス。余裕をかましているが……俺はお前の行動は全て把握したぞ? お前は今夜、慌てふためくことになる。


 お前の部下「黒い稲妻」は俺が頂く。


 ラルトスを嘲笑うように笑みを向けてやる。サッと笑みを消したラルトスは、俺を見定めるような視線を向けていた。


「おい、客人が帰るぞ。お送りしろ」


 ラルトスが兵士に指示を出す。俺達は追い出されるような形で部屋を後にした。



 ……。



 ラルトスの屋敷を出た俺達は、宿へ向かった。


 宿で部屋を2つ借り、俺の部屋へエミディアとフィールを呼ぶ。3人揃うと、フィールが話を切り出した。


「ジルケイン殿。アレだけ管理官を煽っていたが、勝算はあるのか?」


 心配そうなフィールの顔。俺は部屋の周囲を確認する。周囲に人影は無い。そろそろ話してもいいか。


 俺は、ベッドに座り込んだ。


「これから、ヤツを潰すために動く。エミディアは準備ができ次第、領主の元へ。フィールは俺と来い。人助けに行く」


「ジルケイン殿、人助けとは?」


 俺は、原作知識である事を伏せながら、2人に告げた。ラルトスがこの街で犯している悪事を。


「ラルトスは領主の娘を監禁している」


「えぇ!? それであの余裕だったのですか!?」

「な、なんでそのような事が……!? やはりジルケイン殿は人の心が、読めるのか……!?」


 エミディアとフィールが大袈裟な反応をする。声が大きいな……。


「ヤツの噂を小耳に入れてな。それが先程の会話で確信に変わった」


「エミディアを守って下さった上にそんな情報まで手に入れるなんて……さすがジルケイン様ですぅ……!」

「ジルケイン殿はきっと現役時代は凄腕の冒険者だったに違いない……!!」


 エミディアがなぜか胸の前に手を組んで涙を流し、フィールが勝手に結論付けてウンウンと頷く。否定するのも面倒だな。放っておくか。


「それで、ジルケイン様とフィールさんがその娘さんを助けに行くのですよね? 私は何を?」


「ヤツに言ってやった通り、裁判の手続きだ」


「手続き……ですか。しかし証拠が……」


 不安そうな顔こエミディアに、笑みを浮かべてやる。俺の中で既に結末まで見えている。後はそれを実行するだけだ。


「ヤツには墓穴を掘って貰うのさ。ラルトスに逃げられないようにしてから裁判を起こす」


 本来……原作のように、物語であれば敵の能力を読者に示し、敵対し何度もぶつかりながらシナリオを進めるだろう。


 だがあいにくだがラルトス……俺はせっかちでな。原作知識を使って速攻でカタを付けてやろう。



 お前には道化になって貰うぞ。




◇◇◇


〜ギルド管理官、ラルトス・スタッド〜


 ヤツらが去ったのを確認して、私は声を上げた。


「リゼット」


「……なんだよ?」


 扉の中から静かに現れる十代後半の赤髪の娘。私が雇い入れた暗殺者、リゼット。暗殺者組織「ふくろうの爪」から逃げ出したこの女を私は半月ほど前に拾った。


 穢らわしい身なりだったが、すぐにピンと来た。コイツは只者ではないと。そうしたら大正解だ。まさか、世間にその名を轟かせる暗殺者「黒い稲妻」だったとは。そして、コイツを手に入れた私はさらなる勢力拡大に向けての一手に出た。


 あの忌々しい領主、サランディア伯爵の弱みを握ることだ。


 ヤツは15になる娘を溺愛している。それを攫えば、私の最後の懸念点だった領主を押さえることになる。


 領主の娘、ユウリについていた護衛はAランク冒険者の剣士だった。私の部下などでは到底太刀打ちできない凄腕……しかし、リゼットを手に入れた事でついにその障害を取り除く事ができたのだ。


 ……リゼットがその護衛冒険者を殺さなかったのは意外だったがな。


 襲ったのは夜だ。その冒険者にリゼットの顔は割れていない。ヤツを生かしたことで領主への警告を伝えることもでき、私はその事を不問とした。


 しかし、考えれば考えるほど、ジルケインがリゼットのことを知っているのが不思議に思える。よって私は、念には念を入れておくことにした。


「先ほど来た男……お前に誘拐させた女を探すだろう。不穏な動きを取ったら殺せ」


「……」


「返事は? 貴様に衣食住と金を与えてやっているのは誰だと思っている?」


「アタシはもう、こんな事は……」


 不貞腐れるように言うリゼット。立場を分からせる為、その髪を掴む。


「くっ……!?」


 リゼットが小さく悲鳴を上げる。その拳が強く握りしめられている事に気が付いた。


「主人の意思に逆らうか? 後ろ盾を失ったお前はこの街にはいられなくなるぞ?」


「……」


「よく覚えておけ。お前が梟の爪から逃げ出した後、身を寄せた村や街でお前は受け入れられたか? 結局の所、裏社会の人間は表には出れんのだ。お前が生きる為には、私の庇護下にいるしかない」


 リゼットは目に涙を溜め、身体を震わせていた。居場所・・・。この言葉を盾にしてやると、リゼットはすぐに言う事を聞く。


 所詮小娘。私に逆らう事はできないのだ。リゼットは、表の世界で生きる術を知らないのだから。


 コイツは「孤独」で支配できる。ここ以外のどこにも居場所が無いという恐怖でな。


「もう一度言う。身の程をわきまえろ」


「分か……ったよラルトス様……」


 反抗的だが、屈するしかないという瞳。たまらんな。どれほど腕はあろうが、権力には勝てんのだ。生きたいと願う限り、お前は私の指示に従うしかない。


 村が野盗に壊滅させられ孤児となり、家族の愛も知らない小娘。暗殺者集団「ふくろうの爪」に拾われ、暗殺技術を叩き込まれた哀れな娘。組織から逃げ出し普通の人生を送ろうとしたようだが……薄汚れたお前には過ぎた夢なんだよ。


 私は便利な道具は決して逃さん。お前が私から逃れる事はできんぞ。


「分かったらすぐにヤツらを追え。監視しろ」


 リゼットを解放すると、彼女は何も言わず部屋から出ていった。


「さて、これでいい」


 冷めた紅茶をすする。ジルケインのギルドが急拡大したことには驚いたが、ヤツには消えて貰うか。適当な罪をなすり付けてギルドの資産は没収。私はギルドの不正を暴いた功労者となるだろう。


「しまった。ジルケインを「殺せ」と言ってしまったな」


 ……まぁいい。どうせ上の人間にも私の息がかかっているのだ。「不正を暴かれたジルケインが反抗した為、ギルド管理官の私兵をもって鎮圧した」そういうシナリオとしておこう。



―――――――――――

あとがき。


余裕を見せるラルトスの裏でジルケインのラルトス潰しが開始。どうやら真っ直ぐ人質を助けに行くようです。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る