第2話 悪徳ギルマス、原作主人公を指導する。

 アロンには残るよう指示し、他の冒険者達をギルドから帰す。バッシュもパーティメンバーを連れて怒り心頭といった様子で帰っていった。


 受付嬢達がギルドの営業終了業務をしていると、スラリとした女が近付いてきた。長い金髪を揺らしながら優雅に歩く女。受付嬢と俺の秘書を兼務しているエミディアが。


 彼女は俺の前までやってくると、両手を合わせて深々と頭を下げた。


「本日は誠に素晴らしい対応でした。私としてもあの一方的な追放は納得がいきませんでしたので……」


 この女、昨日転生したばかりの俺にもギルドマスターの自覚がどうとか言っていたな。原作では悪徳ギルマスに忠誠を誓う有能すぎる秘書というイメージだったが……いわゆるサブキャラだ。彼女について深掘りはされていなかった。


 何を考えているか分からないサブキャラクター……原作を改変しようとしている俺にどのような影響があるか分からない。とりあえずここは合わせておくか。


「当然だ。ギルドマスターたるもの秩序は守らねばな」


「……!? ああ、ジルケイン様。ついに……! 真のギルドマスターとしての責務に目覚められたのですね……!」


 エミディアがポロポロと涙を流し、ハンカチで目元を拭いだす。真の……どういうことだ?


 この女……ジルケインを盲信しているタイプか?


「皆がジルケイン様を悪く言ったとしても、貴方様が昔語ってくれた夢の事を私はずっと覚えておりました。「真に皆を導くギルドマスターになる」と」


 なんだその話は? ジルケインの過去など原作に一行も書かれていなかったぞ? 俺の知らないところで秘書とそんなエピソードがあったとは……意外だな。


「ジルケイン様……私は嬉しいです……」


 俺を心から信じているような瞳……ダメだ。調子が狂う。このまま絡まれると何が起こるか分からん。さっさと次の段階に進むか。


「……ところでエミディア。俺は今からアロンと共に街を出る。約束の日までギルドを頼む」


「え? もう夜ですよ? 一体どこに行かれるのですか?」


「死の森だ」


「死の森!? なぜそのような所に!?」


 死の森という単語を出した瞬間、エミディアは驚いた表情で後ろに後ずさった。大げさな気もするが……この世界の人間は基本的にリアクションが大きいからな。こんなものか。


 死の森は原作で追放されたアロンがさまよった場所だ。そこで生き残るためにモンスターと戦い続け、アロンはスキルを覚醒させる。原作なら3か月以上森で戦い続けた結果なのだが……方法は分かっているんだ。今からそこにおもむき、俺がアロンを覚醒させる。


「アロンの指導のためだ。バッシュとの戦いを勝つためには多少手荒でもアロンの力を引き出す必要がある」


「力を……引き出す?」


 不思議な顔をするエミディア。説明するのも面倒だな。ここは意味深な事を言って煙に巻いておこう。


 俺は彼女に背を向け、チラリと横目で彼女を見た。意味深なキャラが意味深な事を言うように。


「見ているがいいエミディア。これからお前たちが目撃するのは伝説の一端だ。そこに立ち会える事を感謝するのだな」


 エミディアを残して受付を後にする。ふぅ、何を考えているか分からない女は苦手だ。これでしばらくは質問してこないだろう。


 俺は、食堂で待っていたアロンに声をかけ、ギルドの扉を勢いよく開いた。


「か、かっこいい……です。ジルケイン様……エミディアは生涯貴方様と共に……」


 ギルドを出る時、エミディアが何かを呟いた気がした。




◇◇◇



 ギルドのあるルミナージュの街から北に位置する死の森。そこは強力なモンスターが闊歩かっぽする危険な土地だ。


 谷を挟んでいるため、街にモンスターが向かう恐れは無いが、冒険者たちは基本的にこの森を避けて行動する。原作のアロンも精神的に追い詰められていなければ、決して迷い込んだりしなかっただろう。


 俺達は森の入り口に馬車を止め、森の奥深くへと潜った。戦闘はアロンがメインだ。ジルケイン自体も元冒険者のため戦闘はこなせるだろうが、アロンに戦わせなければ意味がない。俺は用意していた回復薬を使いながら、アロンのサポートに徹することにした。


「グルアアアアアアア!!」


「く……っ!? 速い……!?」


 死の森に最も多く存在するモンスター、デスウルフ。その牙を紙一重で避けるアロン。彼の肩を狼の爪がかすめ、ジワリと血が滲む。デスウルフは単独でも熊に匹敵するほど大きく、移動速度も速い。このままだど押し切られるな……。


 俺は、回避に集中しているアロンへ声をかけた。


「アロン。強化魔法だ。筋力強化パワーレストを下半身へ集中付与、次に速度強化クイックネスを二度使用しろ」


 俺の言葉通りにアロンが強化魔法を発動する。見間違えるほど行動速度が上がったアロンは、デスウルフに飛び込み、牙の回避と同時にその腹を剣で突き刺した。


「ギアアアアアアア!!?」


 絶叫。狼の叫び声が死の森に響き渡る。やがて狼は、ドサリと地面へ倒れ込んだ。


「すごい……! 僕にこんなことができるなんて……!?」


 アロンが自分の両手を見つめる。魔力は最小限しか使っていないため、疲労はまだ感じていないはずだ。


 筋力強化魔法パワーレストを下半身に集中して発動させ、速度強化魔法クイックネスを併用すれば、少ない魔力で上級速度魔法スピーディアと同程度の効果を得ることができる。原作でアロンが気付いた補助魔法の抜け道。それを伝え、戦闘の中で確実に身につけさせていた。


 もともとアロンは基礎ができている。力の使い方を身につければ、3日以内でも大きな成長が見込める。そう考えていたが正解だったな。


「これはお前が本来持っている力だ。俺はきっかけを与えただけにすぎない」


 実際にお前が獲得した能力を俺が伝えているだけだしな。そう考えると俺自体がアロンのチートそのものか? 皮肉だな。


 まぁいい。俺に英雄的な活躍など不要。俺は自分の財産と地位を守るだけだ。


「いやいやそんなこと無いですよ! 全部ギルマスのおかげです! 助けて貰った上にこんな風に鍛えて貰えるなんて……感謝してもしきれないですよ」


 大袈裟に礼を言うアロン。うぅん……どうも慣れん。この世界の人間は想いを素直に伝え過ぎではないか? 体が痒くなってくるぞ。


 アロンはひとしきり礼を言うと、自分の剣を鞘に戻した。


「でも……これでバッシュ相手に負けない……!」


 決意を込めた表情。自信が付いたからか、原作のアロンに近付いた気がするな。


 だが……。


「まだだ」


「え?」


「バッシュは諦めの悪い男だ。並みの勝ち方ではいくらでも屁理屈をつけて結果を覆そうとするだろう。最悪、その場は切り抜けてもお前のクエストを妨害し、命を奪おうとするかもしれない」


「そんな、いくらバッシュが僕の事を嫌っているからってそんなことまでは……」


 するのだな、それが。


 原作2巻。アロンに負けたバッシュはクエスト中にアロンを罠に陥れて殺そうとする。ここからヤツが本当に読者のヘイトを買い、許されざる存在になっていくんだ。


 そこでアロンの覚醒だ。それがあれば、鬱陶しいヤツを排除する事ができる。アロンに本当にやって貰いたいのはバッシュに力の差を見せ付けること。見せ付けて、ヤツを闇落ち寸前まで追い込んで貰う。


 そして、俺にとっては決闘が終わってからが本番だ。バッシュを上手く転がしてみせる。障害は完全に排除しなければ。


 だが、今はまずアロンを鍛える事だけを考えよう。


「休憩はこれくらいにして奥へ行くぞ。最後にはこの森の主と戦って貰う」


「主……!? 一体何と!?」


「ひと睨みであらゆる生物を石に変え、命を奪うという魔物、バジリスクだ」


「な……!?」


 流石にバジリスクという言葉に怯んだのか、アロンの頬を汗が伝う。原作でも突発的に遭遇した相手だからな。何度も戦い、弱点を見つけてついに倒すことのできた危険な相手だ。


 だが、今は俺がいる。俺が対処法を伝えれば問題無いだろう。


 俺自身も戦闘でもっと怯えると思ったが……俺とジルケインの意識が統合したことでこの世界の常識に馴染んでいるようだ。恐怖はない。


 いや、むしろ俺は燃えている。俺の運命に対する怒りが、俺を恐怖よりも前に進めてくれる。怒りは原動力になる。それを今は利用させて貰おう。


「気合いを入れろ。お前に命を張るだけ価値のある物をくれてやるのだからな」


「命を懸ける価値があるもの? なんですかそれは?」


 俺はアロンの肩を叩いていってやった。奴のやる気が少しでも上がるように。


「伝説のスキル「神宿かみやどし」。お前の中に眠る才能を目覚めさせ、その身に神を降臨させてやる」


 アロンの瞳に、驚きと期待の光が灯った。



―――――――――――

あとがき。


次回、森の主と戦うアロン。彼の覚醒のためにジルケインが思わぬ一手を……? アロン早期覚醒回です。そして第4話はバッシュとの決闘。第5話はジルケインの本領が発揮する回です。

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