第3話 記録の真実と迫りくる終焉

 アカシックライブラリーの内部へと続く光の回廊は、カイトが想像していたような機械的な通路ではなかった。それは、まるで巨大な生物の胎内にいるかのような、温かく、そして荘厳な空間だ。壁面は真珠色に輝き、天井からは星の光を宿した神経線維のような光の束が無数に垂れ下がり、ゆっくりと明滅を繰り返している。空気という概念さえ希薄なこの場所で、カイトの心に直接、古い聖堂で奏でられる賛美歌のような、穏やかで深遠な思念が流れ込んできた。


「この先に降ろせばいいのだな……」


 アルゴノートを船内の広大なホールに着陸させたカイトは、探査服も着けずにタラップを降りた。呼吸できることは、わかっていた。何かが彼の頭に直接知識を送り込んでいる。そしてその情報通り、外の環境はカイトに対し快適に保たれていた。


 導かれるようにして、カイトは光の束が最も密集する中央の祭壇のような場所へと歩みを進める。そこが、全ての知識が眠る中枢に違いない。


「ここか……」


 彼が祭壇にそっと手を触れた瞬間、世界が変わった。


「なんだ――!?」


 肉体的な感覚が消え失せ、カイトの意識は光の奔流となって船の記憶の中へと引きずり込まれていく。そして、宇宙の歴史が流れ込んできた。


 星々の誕生、惑星の形成、そして最初の生命の芽生え。

 各地で発達した文明の記録――


 ヴァリアン族の高度な建築技術

 ゼノス族の量子物理学

 リリカ文明の芸術


 どれも素晴らしい知的遺産。


 星々を渡る最初の生命が産声を上げた瞬間の歓喜

 金属の体を持つ機械生命体が、恒星からエネルギーを汲み上げて壮麗なスフィアを建設する驚異

 精神生命体が、肉体の軛を捨てて銀河の歌を紡ぐ崇高な光景


 宇宙を彩る輝かしい記録。


 しかし、それらは全て、絶望的な悲劇の序章に過ぎなかった……


 突如、宇宙に亀裂が走る。次元の歪みから、あらゆる物理法則を嘲笑うかのように現れる“それ”は、名状しがたい混沌の塊だった。星々を光ごと啜り、文明を悲鳴ごと飲み込んでいく。

 カイトの意識は、名もなき無数の文明が体験した最後の瞬間を、何億、何十億回と追体験させられた。緑豊かな惑星が色を失い、脆いガラスのように砕け散る様。銀河中に響き渡る断末魔のテレパシー。愛する者を守ろうと虚空に放たれた艦隊が、一瞬で塵と化す無力感。


「な、なんなんだ、これは――」


 驚きの意識が漏れる。


「これが、真実なのか……」


 宇宙の歴史とは、文明が紡いできた希望の物語などではなかったのだ。それは、次元の狭間から現れる捕食者"銀河喰らいギャラクティック・イーター"によって、幾度となく収穫され、貪り喰われてきた、ただの壮大な餌場の記録でしかなかった。この船は、栄光の記憶を後世に伝えるための図書館ではなく、食い尽くされた者たちの墓標であり、次なる犠牲者への最後の警告を記した、銀河規模の墓碑銘だったのである。


 あまりにも過酷な真実の奔流に、カイトの精神は悲鳴を上げた。もがき、記憶の渦から逃れようとする。その時、彼の意識に、直接語りかけてくる巨大な思念があった。それは、船そのものの声だった。


『――理解したか、小さき探求者よ』


 その声には、感情がない。ただ、億年の孤独と諦念だけが深く染み付いていた。


「これが……これが伝説の真実だというのか……」


 カイトは、意識の中でかろうじて言葉を紡ぐ。


『我々は知識ではない。警告だ。我々は、次なる種が"銀河喰らいギャラクティック・イーター"に見つかる前に、彼らが少しでも永らえるよう、その存在を隠し続けてきた。この沈黙こそが、この銀河に与えられた唯一の慈悲だった』


 衝撃に言葉を失うカイトに、船の思念はさらに冷徹な事実を告げる。それは、死刑宣告にも等しい響きを持っていた。


『だが、汝が石の力で我々の隠蔽フィールドをこじ開けた。その一瞬の揺らぎを、奴が見逃すはずもない』


 思念が示すビジョンが、カイトの脳裏に焼き付く。遥かな銀河の果て。虚空が裂け、混沌の捕食者が、今、明確な意志を持って一つの座標へと動き出す光景。その目的地は、言うまでもなく、この場所だった。


『お前が扉を開けたことで、ついに我々は奴に見つかった。"銀河喰らいギャラクティック・イーター"は、今、ここへ向かっている』


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