第2話 沈黙の船と開かれし扉
カイトが目指す宙域は、星図上では“虚無の揺りかご”と呼ばれる暗黒星雲だった。そこは、重力異常と未知の
「ちっ、計器類はすべてダメか。こうなるとAIもあてにできんな」
データがまともに取れない状態では、AIによる支援もままならない。
「こいつだけか、頼れるのは……」
カイトは呟き、計器盤の中央に設置したティカルIVの遺跡から持ち帰ったあの鉱石を見つめた。
虚無の揺りかごの中心に近づくにつれて、鉱石は心臓の鼓動のように、規則的な光の脈動を強めていく。それは、コンパスが北を指すように、アルゴノートを暗闇のさらに奥深くへと導いていた。
一日が過ぎ、三日が過ぎ、一週間が過ぎる。
暗黒星雲内を鉱石の示すまま彷徨ってたアルゴノートの中で、カイトはある形容しがたい違和感に囚われた。
ビューポートから見える宇宙が、まるで水面のように揺らいで見えている。始めは目の錯覚かと思ったが、違う。星々の光が、巨大なレンズの向こう側にあるかのように歪曲しているようだ。
「空間が、歪んでいる…?」
計器類は信用できない。自分の感覚を信じるしかない。
「そういえば、アルタイルVIIの遺跡に、外部からの観測を阻害する物質があったな。あれと同じようなものが、この空間にも……」
カイトは操縦桿を握り、何もない空間へと船首を向ける。
その瞬間、導きの光を放っていた鉱石が、ひときわ強い輝きと共に高周波の振動を発した。その振動に呼応するように、アルゴノートの船首から放たれた微弱なエネルギー波が、前方の空間に波紋を広げる。そして、虚無の黒がまるで一枚のヴェールのように剥がれ落ち、その向こうから信じがたい光景が姿を現した。
「あ……いた、奴が……」
全長数千キロに及ぶ、巨大な生命体。表面は虹色に輝く有機的な装甲で覆われ、古代樹の根のように絡み合った構造物が、ゆっくりと脈動している。
――
星系一つを丸ごと飲み込むほどの巨体が、魂を根源から揺さぶるような圧倒的な存在感を放ってそこにいた。
「見つけた…やったぞ!」
感動に打ち震えながら、カイトはゆっくりと船に接近を開始した。
刹那――アカシックライブラリーの静寂は破られ、船の表面が無数に蠢くと、そこから稲妻のような光の触手が何百、何千と放たれた。
ビィ―ビィ―ビィ―!
アラートがコックピット内に響く。
「くっ、エネルギーシールドを――」
アカシックライブラリーから放たれた光に、アルゴノートはシールドを張って抵抗する。しかし、堪えきれずに木の葉のように翻弄され、機体のあちこちから火花が散った。これは歓迎などではない。完全な排除、絶対的な拒絶だった。
「くそったれ!」
カイトは必死で回避行動を取りながら、脳裏に焼き付いている遺跡の記憶を懸命に手繰り寄せる。ティカルIVの壁画、フェンリルの石碑……そこに描かれていたのは、単なる船の絵姿だけではなかった。船を取り巻くように、複雑な幾何学紋様がいくつも描かれていたのだ。
「あれは、防衛パターンじゃない……対話のシークエンスか!?」
閃きがカイトを貫く。彼は猛烈な攻撃に機体をきしませながらも、操縦桿から片手を離し、脈動する鉱石――今は「共鳴石」と呼ぶべきそれに手をかざした。遺跡で見た紋様を頭に描き、そのパターンをなぞるように自らの意思を共鳴石に送り込む。
「我に敵意なし! 我は、汝の記憶を求めて来た!」
カイトの祈りに応え、共鳴石は眩い光を放ち、特殊なエネルギーパターンをアカシックライブラリーに向けて照射した。すると、あれほど激しかった光の触手が、一瞬にしてその動きを止める。絶対的な拒絶を示していた船から、戸惑いの意思が流れ込んでくるかのようだ。
「……」
静寂が戻った船の前で、カイトは息を殺して待った。やがて、アカシックライブラリーの巨大な船体の一部が、花が開くように静かに、そして滑らかにせり上がり始めた。その奥には、穏やかな光で満たされたトンネルのような巨大な開口部が姿を現す。それは、カイトを内なる聖域へと誘う、光の道筋だった。
「よし!」
覚悟を決め、カイトはアルゴノートの船首をゆっくりとその光の中へと進めた。全ての文明の謎が眠る伝説の船が、今、数千年の沈黙を破り、たった一人の冒険者を迎え入れようとしていた。
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