*第二章 成長期の竜人の子
第一話
ハノがライナーと出会い、共に暮らすようになって季節が一つ進んだ。爽やかだった夏の空気は瞬く間に過ぎ去り、青々としていた樹々は黄色や赤に染まっている。
普段通りであれば、使用人たちが冬に備えて巻き割を始めたり、厨房では保存食の準備が始まったりする頃で、メイドたちがこっそりと、シロップ漬けをひと口分けてくれることもあったことが思い出される。
でもそんな楽しい光景は、いまはもうどこにもない。
名を呼んで駆けてくる弟や妹、笑いかけてくれる両親もいない。あるのはただ、空虚な廃墟となった屋敷の無残な姿だ。
そんな景色の中でも、ハノはライナーと共に冬越えの支度をしていた。
「ン、しょっと……! ライナーこれでいい?」
屋敷の裏手にある薪割場で、ハノが斧をふるっている。割るのは賊に破壊されて使い物にならない家具などで、それらはこの冬を越す燃料となる。
「ああ、上出来だ。だいぶ斧の使い方も慣れて来たみたいだな、ハノ」
隣でハノよりも大きな木材を割っているライナーに褒められ、ハノは嬉しそうに笑いうなずく。最初こそ、斧さえ持ったことがなかったハノは、持ち上げられるだけでも一苦労だった。
それでもライナーが根気強くコツを教えてくれ、秋の間に扱い方を習得し、薪割りも自在にできるようになった。
斧の扱いだけでなく、ハノは料理も少しずつ習得しつつある。まだほとんどの調理をライナーに任せてはいるものの、野菜を刻んだり煮込む鍋を見張ったりするくらいはできるようになっており、朝食作りを請け負うこともある。
「ライナー、もうそろそろ牛乳がなくなっちゃいそうなんだけど」
「そうか……じゃあまた村の牧場の手伝いに行ってくるかな。俺が留守の間は、絶対に柱時計から出てくるんじゃないぞ」
食料品の調達は、賊の被害が少なかった集落にライナーが出向き、手伝いなどをしてその手間賃に分けてもらってくることが多い。
ハノも手伝いに行きたいと言うのだが、まだ子どもだからと連れて行ってもらえないし、何かあったらいけないからと柱時計の中にいろと言われるのだ。そこならば、見つかりにくいというジンクスにあやかっていると言える。
しかし、ライナーの言いつけに、ハノは少し不満そうに口をとがらせていた。
「どうした?」
「んー……だってさ、何かこの頃柱時計の中に入るの大変なんだもん。狭くて
もともと中に入れるギリギリの大きさであったこともあるのだろうが、この所は入り口に肩を入れるのさえやっとなほどで、あまりの狭さにハノは一時間もこもっていられないと言う。
「でもなぁ、ハノを連れて歩くのはちょっと危険な気がして……その尻尾とか、髪色とか目立つんだよ」
「じゃあさ、フードを被っていくよ。父様の、大きいやつ」
父のフード付きのマントを着ていけば、確かに目立つ髪や目、尻尾を覆い隠すことができるだろう。そう言いながらハノが割った薪を集めていると、ふと、ライナーが声をかけた。
「ハノ、君、何か背が伸びてないか?」
ほら、と言われて横に並ばれると、確かにライナーの目の高さが近くなっている気がする。元々はライナーの胸元辺りに頭があったはずなのだが、最近肩のあたりに届きそうになっている。
「成長期ってやつかな……それにしても早い気がする……」
「せいちょうき?」
「人の体が急に大きくなったりする時期のことだよ。普通ならハノの倍ぐらいの年頃で起きるはずなんだが……」
ライナーの言っていることが難しく、ハノが首を傾げていると、ライナーはポンと手を打って何かを思いついたようだ。
「ハノ、屋敷には書斎があるんだろう?」
「うん。父様の本がいっぱいあるよ」
「その中に、竜人のことが書かれたものがあるんじゃないだろうか」
父の書斎には子ども達は入ってはいけなかったので、どんな本があるのかハノは知らない。ライナーに聞かれても、やはり首を傾げるしかないのだが、見てみる価値はありそうだ。
そうして二人は、薪割を終えて、さっそく父の書斎へと向かう。
書斎には多くの蔵書があるはずなのだが、その多くが誰かの血に汚れていたり破れたりして損傷が激しい物ばかりだった。
「ああ……なんてことだ……書物の価値がわからぬ愚か者たちめ……ッ!」
賊たちが金目のものを捜していたのだろう、書斎の本棚も引き出しもすべてひっくり返したように荒らされていて、見るも無残な様相だ。父が大切にしていた本がこんなことになっている現状に、ハノは悲しみで言葉も出ない。
それでも懸命にいくつかの、まだ読めそうな本を集め、その中から更に竜人について書かれていそうなものを探し、いくつかそれらしいものを見つけることができた。
「“竜人の子は、成長期に入ると人の数倍の速さで成長し、成人するとほとんどの場合その成長が止まり……”ああ、この先が破れて読めないな……」
ようやく見つけた書物でも、破れていたり血がついていたりして読めないものも多く、得られた情報は、“竜人の子の成長は人間より早い”ということと、“それは大人になれば止まる”ということだけだった。
「ハノが急に背が伸びたりしているのも、そういうことなのかな……しかし、どれぐらいの速さだとか、いつ止まるのかまではわからないな……」
ライナーはボロボロの本をめくりつつ、そんなことをぶつぶつと呟き読み解いている。その随分と熱心な様子に、ハノは不思議な思いがしいた。
「どうしてライナーはそんなに僕のこと調べてるの? だって、牙はいらないんだよね?」
出会った時に、竜人の牙はいらないと言っていたライナー。それなのにいま彼は熱心に竜人のことを調べている。その矛盾した行動が気になり、つい、尋ねてしまったのだ。
ハノの言葉に、ライナーはうーん、と腕を組んで考え込み、黙ってしまい、ハノは慌てた。大人である彼を、そんなに困らせるような事を言ってしまったのかと思ったからだ。
「あ、あのね、ライナー……」
あわあわと言葉を探すハノに対し、ライナーはうつむいていた顔をあげてハノに向き直り、頭を掻きつつ少し恥ずかしそうに笑って答えた。
「ああ、確かに俺は牙はいらないと言ったな。でも、ハノはいま俺と一緒に暮らしてる、仲間……みたいなものだから、その仲間がどんな人なのか知りたいって思ってさ」
「僕のこと、知りたいの? どうして?」
「どうしてって……まあ、竜人は俺のような人間とは違うところが多いだろうから。食べ物は同じだけれど、例えば、病気とかしたらどうしたらいいのかな、とかさ、気になるじゃないか」
そう言われれば確かにそうかもしれない、とハノは思い、同時に、そんな風にハノを気に掛けてくれるライナーのやさしさが嬉しく、自然と笑みがこぼれる。
ありがとう、と言うべきなのかどうか迷っていると、ふと、ライナーが手元の本を見つめ呟く。
「しかし……竜人が不老、と言うのは本当なんだな……成長が止まるだなんて……」
だからこそその命とも言える牙に人間は勝手に不可思議な力を感じ、奪いに来たのだろう。思い返すたびに胸が痛む記憶に、ハノはそっとライナーに寄り添い、その手を握る。
「ハノ? どうした?」
「……ライナーが、僕の牙を要らないって言ってくれる人でよかったなって思ったの」
もしあの月夜の晩に出会ったのがライナーでなかったなら、いまハノはここにいないだろう。ヴェルグ家の屋敷を守ることはおろか、命があったかもわからない。
(きっと、ライナーは神様が僕に与えてくれた守り神なのかも)
そう考えてしまうほどに、ライナーはハノのために良くしてくれる。身の回りの世話も、屋敷のことも、ハノ一人であればどうにもならなかっただろう。
「ありがと、ライナー」
そっとハノがライナーの肩に頬を寄せながら呟くと、その頭をライナーはやさしく撫でてくれる。そうされていると、ふと、父や母を思い出しそうになる。だが最近は、ただそのままライナーのぬくもりを感じることも多い。そしてそうしていると、悲しいことも辛いことも忘れられるのだ。
頭を撫でられるたびに胸の奥がほこほことして頬が緩んでいく。その感覚はいつまでも味わっていたいほど心地よかった。
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