霧の街の小さな秘密 完全なる蛇足
マスク3枚重ね
霧の街 蛇足
オレンジ色の柔らかい光が本の上の文字を優しく照らし出す。暗い公園全体に無数に配置されたその青銅色の街灯達が夜の恐怖を和らげて、優しい印象を与える。街灯の青銅と同じ装飾の施されたベンチに座り、静かに本をめくる。
この時間の読書が私は好きだった。誰もいないこの時間、私だけがこの公園で1人だけ、ちょっぴり寂しく、ちょっぴり贅沢な気分になる。だが、そんな時間も突然終わりを迎える。ページをめくろうとした時に公園中の街灯達が一斉に消えてしまった。
「あぁっ…!」
小さく声が漏れてしまう。いい所だったがその続きが暗くて読めない。
もうすぐ読み終わるその小説の名前は『霧の街』不思議なその話はこの公園とこの時間にピッタリな作品だった。暗くて読めない文字に顔を近付けたり、離したりしながら四苦八苦していると、まだ夜の気配を残す朝霧をかき分けるように少年がやってくる。少年はランドセルを投げ捨てて、ブランコに飛び乗った。そして豪快に立ち漕ぎした後、高く高く飛び上がる。
私はそんな少年にびっくりしつつ、安堵して次のページをめくって見るが、やはり読めそうにはなかった。
「ひっ…」
するとページをめくった音に気が付いた少年は尻もちを着いてしまう。どうやら驚かせてしまったようだった。自然と笑いが込み上げる。本に栞を挟んで静かに閉じ、少年に声をかけてみる。
「あらあら、怪我はないかしら?」
少年の元まで歩み寄ると短髪でいかにもわんぱくそうな少年が、惚けた顔でそこに座り込んでいた。
「1人で立てる?」
すると顔を真っ赤にした少年は急いで立ち上がる。
「たっ…たてるし!おばさんこそ、こんな所で何してんだよ!」
おばさんと言われた事に少々の怒りが湧いてくるが、平静を保ちつつ教えてあげる。
「本を読んでいたの」
「本?」
手に持つ本の表紙を少年へと見せる。顔を近づける少年は眉根を寄せて口を開く。
「こんな暗い中、本なんか読める訳ないだろ!?」
確かに今は無理だが、先程まで街灯の光で読めたのだ。私をおばさんと呼ぶ少年に教えるのは少し癪だし、それにもうそろそろ…
「いいえ、もう朝よ」
そう言って明るみを帯びつつある空に指をさす。すると山向こうからちょうど朝日が昇る。眩しいその光は公園全てを包んでいって、今日という新しい一日が始まった。しかし、陽光の中に少年はもういない。
朝霧と共に消えた少年はきっとそういうものだったのだろう。
今日も読み終えることはできなかった小説の表紙を指でなぞる。続きは夜にしよう、霧が出る頃にはこの物語の終わりを読める、そんな気がした。
つづく
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