第2話 カミ様、誕生
アイドル活動をするにあたってちょっと揉めた事がある。それは呼び名だ。メンバーそれぞれのイメージカラーも揉めたけど、それぞれの愛称決めの際もすごく揉めた。主に俺がごねた。
荒神湊。
こんな物騒な名字である。子供時代のあだ名は「荒ぶる神」だった。我ながら酷いな。特に中学・高校あたりは酷かった。俺が何かごねると周りの奴らはこぞって「荒ぶる神よ! 鎮まりたまえ」と全力で揶揄ってきた。不愉快である。
そんな嫌な思い出のある俺は、名字で呼ばれることを断固拒否した。ちなみに芸名を使うという選択肢はなかった。俺は俺のまま有名になりたかった。地元の同級生に「あれ荒神じゃね? え、やば! アイドルやってんの? すごすぎ!」とチヤホヤされたかった。なんならいつ同級生から「アイドルなの?」メッセージが来てもいいように心の準備さえしていた。だから本名のまま芸能界に突っ込んでいった。
そんなこんなで揉めに揉めた末、俺はミナトという愛称でいくことにした。下の名前そのまんまである。もっと面白い捻った呼び名にしろと事務所がうるさかったが全部無視してやった。俺はミナトだし。名前に面白さとか必要なくない?
そんなこんなで「ミナトです!」とあちらこちらで自己紹介して回っていたにも関わらず、いつの間にかファンの子たちは俺のことを「カミ様」と呼び始めた。やめろ、ボケ。
カミ様はあかん。それはダメだよ。今はまだカミ様で止まっているが、それはあれだろ? このまま行くといつか「荒ぶる神様」呼ばわりに進化してしまうおそれがあった。それはあかん。本当にダメ。
ということで俺は、ファンの子に「カミ様!」と呼ばれるたびに「ミナトって呼んでね?」と念押しし始めた。結果、この一連のやり取りがお決まりとして定着してしまったというわけである。
事務所は「いい掛け合い作ったね!」と俺のことを褒めていたが違う。俺はマジで訂正しているのである。戯れではない。これはガチだ。だがファンの子が誰ひとり言うこときかねぇ。なんて奴らだ。
だが暴力沙汰なんてもってのほか。一発でアイドル人生が終わってしまう。
そこで俺は完全に割り切った。これは仕事、これは仕事と自分に言い聞かせた。その成果もあって今では「カミ様~!」と声をかけられても咄嗟の笑顔プラスウインクで「ミナトって呼んでね?」と爽やかに応答できるまでに成長した。一向に呼び方を改めないファンへの怒りをどうにか押し込めることに成功したのだ。
話が長くなったが。
つまり目の前の聖女は俺のファンということである。
「本物だぁ。私すごくファンで。いやほんとに。カミ様のなんかこうやる気のない感じっていうか、ファンに対してたまにマジギレする大人気ないところとか大好きで!」
「ありがとう!」
「そのくせ無駄にプライド高くて、でも日本で一番モテる男になりたいとかチヤホヤされたいとか馬鹿正直に言っちゃうところとかマジで大好きです!」
「ありがとう!」
俺なんか貶されてるんか? 悪口言われた? 気のせい?
とりあえず仕事モードで元気にお礼を言っておく。「ひぇ! 想像以上のポンコツで可愛いぃ、やばい」と聖女が小声で震えている。ポンコツってなに? やっぱり悪口言われてるよね? 怒っていいか?
「あ、あの聖女様。お知り合いですか?」
やがて我慢ができなくなったらしい騎士っぽい男が、おずおずと訊ねてくる。それに聖女が勢いよく答えた。
思えばこれが始まりだった。
「はい! この方はカミ様です! 生きているうちに会話できるなんて。私幸せのあまり死んでしまいそう」
場の空気が凍った。
俺でもわかるくらいに凍った。
「神だと?」
先程俺を貴様呼ばわりした殿下が引き攣った声を発した。いや神ではなく、カミ様ね。俺のあだ名ね。
しかし俺が口を開くよりも早く、聖女が「はい! 私の世界のカミ様です!」と元気にお答えしてくれた。
多分彼女的には「私の世界(から一緒に来た人で私の好きなアイドル)のカミ様です!」と伝えたかったのだと思う。そう思いたい。
しかし省略しすぎたと思う。なんか異世界の人たちがざわざわしている。「異界の神……?」なんて戸惑った声があちこちから聞こえてくる。
違います。神ではありません。ただの成人男性です。
だが聖女は止まらなかった。多分推しに会えたハイテンションのままに喋っているものと思われる。さっきからすげぇ早口だもん。心なしか頬が上気している。
「カミ様はみんなを幸せにしてくれるんですよ! すごいですよね!?」
これも多分、アイドルとしてファンのみんなに幸せを分け与えてくれているんです的なことを言いたかったのだと思う。言葉足りなさすぎでは?
地下室全体に広がったざわめきは、もはや取り返しがつかない程になっていた。
「異界では神も人間と同様のお姿をしているのか」
神職っぽいローブを纏った男が手を合わせて俺を拝み始めた。やめて、違うって。この人たち俺のことを本物の神だと勘違いしてるよ。俺でもわかるよ。この凄まじいすれ違い。
だが聖女は気が付かない。俺に会えたことでテンション爆上がりしている彼女には周りの様子なんて見えていなかった。
そもそも俺が仮に異界の神だとしてさ。パジャマ姿でピザ齧ってたことにはなんの違和感も持たないのですか? でもここ異世界だしな。ちょっと服が古めかしい感じだ。現代のような洋服はなさそうだからこれがパジャマであることに気が付いていないのかもしれない。誰か助けて。
「あ、あのですね、みなさん」
「おぉ! 神がお言葉を」
やめて。俺が喋っただけでざわつかないで。そこ、神託とか言わない。
ダメだ。ろくに話を聞いてもらえない。おまけに聖女が「カミ様はそこに存在するだけでみんなを幸せにしてくれるんです」とまたもや余計なことを口走り始めた。あいつの口を塞ぎたい。
もはや手の付けられなくなった地下室にて。異世界住民さんたちが俺にひれ伏したところで、もうね、終わったね。聖女め。
そこからは怒涛の展開だった。
先程俺を貴様呼ばわりした殿下が「申し訳ございません。異界の神とは露知らず」と謝り倒してきた。俺もまさか自分が神扱いされるなんて知らなかったからお互い様だよ。
だが俺に剣を向けたことは許さん。死ぬかと思ったぞ。
謝罪の言葉は受け付けん。なんかお詫びの品をよこせと要求すれば、聖女が「さすがカミ様! 遠慮のなさが可愛い!」と手を叩いて喜んでいた。こいつの喜びポイントがよくわからないのだが。
その後、聖女と共に別館というところへ案内された。どうやらここは王族が暮らす屋敷らしく、俺と聖女にはそれぞれ別館に部屋が与えられることとなった。これは俺がごねた結果でもある。
こんな知らん世界に味方なしは困る。絶対に聖女とは離れたくない。ひとりは怖いと声を大にして主張した結果である。「プライドあるようでないところが可愛い!」と聖女が喚いていた。こいつ、うるさいな。
用意したという部屋へ案内される道中。そそくさと俺の隣に並んできた聖女が、ここぞとばかりに質問してくる。
「ところでなんでパジャマなんですか?」
「今日オフだったから。動くの面倒で宅配ピザ食ってたら急に部屋が光って大変だった」
「オフの日はなにしてるんですか?」
「エゴサ。俺を褒めている投稿だけを探し出してニヤニヤ眺めてる」
「可愛いぃ!」
口元を押さえた聖女は、先程から可愛いしか言わない。語彙力皆無か?
「悪口投稿見つけたらどうするんですか?」
「可哀想にと哀れんでから忘れる。俺を貶すとかさ、そいつのセンスが死んでいる証拠だよ。可哀想に」
「めっちゃ自己中心的! なんかこう! 俺を中心に世界は回っているんだ的な感じがすごくいいです!」
「ありがとう」
また褒められてしまった。そうこうしているうちに部屋に到着した。
「あ、私、
元気に自己紹介をして聖女雪音ちゃんは、護衛さんと共に部屋に引っ込んでいった。どうやら俺と雪音ちゃんの部屋は階違いらしい。二階に雪音ちゃんの部屋。俺の部屋は三階だ。
別館という割には広々しておりちょっとした散歩もできてしまいそうな広さだ。ホテルみたい。
三階へ上がって俺を部屋に案内してくれたのは、護衛さん数人と殿下だ。どうやら俺をマジもんの神だと勘違いしているらしい殿下は丁寧に扉を開けてくれる。
殿下のお名前はマルセルというらしい。第一王子と言っていた。随分と偉そうな人だな。
俺のことを「異界の神」と呼んでくるマルセルをどうにか止めたい。あとついでに神ではないこともお伝えしたい。
豪華絢爛な部屋に案内された俺は、ゆるくウェーブした金髪を惜しげもなく晒すマルセルと対面した。
「あの、俺の名前は荒神湊です。名前で呼んでください」
「アラガミ?」
「ミナトって呼んでください」
お願いします、と頭を下げれば「おやめください」と殿下が困ったように眉を寄せた。
伝わってないな? これ。
「あの俺は別に神様とかそんなどえらい存在ではなくてですね。ただの一般人です」
「ご謙遜を」
ご謙遜じゃねえよ?
まさか生きているうちに「自分人間っす!」「ご謙遜を」なんて頭おかしい会話をする日がくるとは。これどうしよう。俺が何を言っても「ご謙遜を」で流されてしまう。便利な言葉だな、おい。
ムスッとすれば、マルセルが困ったように眉尻を下げてくる。そうして引き連れていた護衛っぽい人の中から、ひとりを俺の前に差し出した。
「イアンといいます。ミナト様の身の回りの世話はこの者に任せるので好きにお使いください」
「イアンと申します。どうぞよろしくお願いいたします」
礼儀正しく頭を下げたイアン青年は、体格のいいクール系のお兄さんだった。なんかこう、凄腕秘書みたいな感じする。褐色の肌に黒髪が映え、妙な色気を有していた。隙のない身のこなしである。SPと言われても、そうですかと納得できそうな感じ。てか多分そういう意味合いでつけられているのだろう。よくわからんけど。
異界の神であるあなた様のお世話をできるなど光栄です、とお世辞っぽい言葉を吐いたイアンは小さく微笑んだ。なかなかにイケメンだな。俺とは違うタイプのイケメンだ。俺はきらきら系だが、イアンはクール系だ。
「では私は聖女の方へご挨拶に行ってきます。なにかありましたら遠慮なくイアンにお申し付けください」
ゆるく笑ったマルセルは、そうして残りの護衛たちを引き連れて去って行った。豪華絢爛な部屋に残された俺は、無言で佇むイアンに目を向けた。
「あの、イアンさん」
「敬称は不要です。イアンとお呼びください」
「イアン」
「はい、ミナト様」
ぐっと拳を握り締めた俺は、クールなイアンを見据える。
「俺マジでただの人間なので。神とかではありません。カミ様っていうのは単なるあだ名で」
「ご謙遜を」
ちくしょう。
もう「ご謙遜」って言葉禁止にしてほしい。話が進まねぇ。
その後も俺は奮闘しまくったが、その全てをイアンはクールに「ご謙遜を」で流してしまった。
逆に訊きたいのだが、召喚早々ピザ食ったり、お詫びの品よこせとごねたり、聖女と離れたくないと大声で主張するような我儘放題やっている男が今更ご謙遜なんてすると思うか?
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