聖女召喚に巻き込まれた単なるアイドルですが異世界で神と崇められています
岩永みやび
第1話 始まりと監禁
窓の外に広がる青い空。すぐそこに、手を伸ばせば届きそうな位置にある外界に、俺はもう何日も焦がれ続けている。
外に出たい。
そんな簡単な願いさえ叶わなくなってしまったこの状況は非常にまずいものだと理解している。だが打開策がない。ゆえにダラダラと時が流れるのに身を任せている。
俺がこのやたら豪華な部屋に軟禁、いやむしろ監禁? されてから早くも一ヶ月ほどが経過している。
「外に出たい」
「まさかそのようなこと。外は危険でございます」
「でも聖女は外に出てるだろ」
「聖女様はお勤めがありますので」
「俺もお勤めしたい」
「ミナト様が幸せに暮らしていただけるだけで、この国は豊かになりましょう」
ならねぇよ?
なんで単なる成人男性が幸せに暮らすと国が豊かになるんだよ。誤解がますます酷いことになっている。もはやどこから手を付けていいのやら。
外出したいという些細な願望さえもすげなく却下された俺は、心中で事の元凶である聖女の顔を思い浮かべた。
あのクソ聖女め。
今度会ったら一発ぶん殴ってやりたい。いやでもあっちは完全な親切心? 的な感じでこの状況を作り出している節がある。非常に厄介だ。聖女の性格がクソならよかった。そうしたら思う存分罵倒できたのに。実際の聖女はそれはもう優しい少女だ。全力で俺を応援してくれているらしい。全力過ぎて訳分からん方向に舵を切っているけれども。
「俺は本当にただの一般人なのですが」
「ご謙遜を」
ご謙遜なわけあるかい。
俺はちょっと顔がいい、なんなら現代日本で女子にキャーキャー言わせていたアイドルである。だがここではそんな経歴は、なんの役にも立たない。なんせここは異世界だから。
そう思っていたのに事態は思わぬ方向へ転がった。そう、全てはあの日。俺がこの世界へ飛ばされた日に遡る。
はじめに言っておこう。元凶は聖女であると。
※※※
その日の俺はオフだった。
前日まで鬼のようにスケジュールが詰め込まれてゆっくり食事さえ取れない程だった。それもそのはず。
俺は自称日本で一番モテる男だったからだ。職業アイドル。抜群にルックスがよく、おまけに声もいいときた。歌もそこそこ上手かった。
ふらふらと街を歩いているときにスカウトされた俺は、あっという間にトップアイドルへの道を駆け上がった。特に面識のない奴らと突然引き合わされて「君たち今日からアイドルグループだから!」と事務所の社長に告げられた時にはどうなるかと思ったが、全ては順風満帆に進んだ。グループ内でも俺が頭ひとつ飛び抜けているのは誰が見ても明らかだった。
そうして仕事として女の子をキャーキャー言わせていた俺は、久しぶりのオフを自宅でゆっくり楽しんでいた。すっぴんにパジャマ姿というとてもファンの子にはお見せできない格好で、ダラダラと宅配ピザをつまんでいた時である。
突然、部屋が発光した。
いやなんかもう、爆発でもするんかっていうくらいに光った。人生で一番サングラスを欲した瞬間だと言っても過言ではない。普段の俺は変装に使うくらいで、サングラス本来の使い方なんてすっかり忘れていたくらいなのに。残念なのはその時手元にサングラスがなかったという点である。
そんなこんなで目を開けた俺は、異世界にいた。右手にはしっかり食べかけピザを握っていた。なんならパジャマだった。せめて着替えの時間をください、神様。
しかしこの時の俺は怒涛の展開に目を丸くするばかりで、ろくに頭が働いていなかった。その後まさか自分が、この異世界で神と崇められることになるなんてこれっぽっちも考えていなかった。
足元にはなにやら魔法陣的なものが広がっていた。いかつい甲冑に身を包んだ男共が周囲を取り囲み、裾が無駄に長いローブのようなものを被った男たちが膝をついて祈っているというカオスな状況だった。そんな光景に呆然とする俺。
とりあえず右手のピザを食べた。なんかこの場にピザは似合わない気がしたのだ。食べて証拠隠滅せねばという気遣いである。決して食い意地が張っているというわけではない。だってまさか食べ物を床に放り出すわけにはいかなくない? 自分家ならまだしも知らん人の家だよ? いや家っぽくはないけど。なんか石畳の地下室的な空間だったけど。
とにかく頑張ってピザを咀嚼していた俺だが、見知らぬ格好の男たちがざわついていることには気が付いていた。
ざわつきたいのはこちらなのだが?
目の前の大人たちは、どう見ても召喚術的な危ないことをやっている。俺も二十代前半の大人だけどさ。いくらなんでも召喚術を真面目に試そうなんてことはしない。ましてや成功するなんてあり得ない。であれば、ここは多分異世界だ。漫画とかでよくあるやつ。じゃないと部屋でピザ食ってたオフのアイドルが突然地下室に移動するとか説明できない。
なにやら騒がしい大人たちは俺を指差したり、武装した男共を呼び寄せたりと忙しそうだ。
俺なんかしたか? そっちが呼び出したんだろ?
首を捻っていると、カツカツと音を立てて近寄ってくる男がひとり。背の高い男だ。見るからに王子様だ。
「殿下! 危険でございます!」
ほら、なんか殿下とか呼ばれてる。
殿下と呼ばれた金髪の男はきらきらしていた。ザ・王子様って感じの男だった。体も鍛えているらしく危なげない堂々とした佇まいである。まぁ、きらきら具合なら俺も負けないけど。なんせこっちは仕事できらきらしてんだ。今はオフだからちょっとあれだけど。
「貴様、何者だ」
他人を貴様と呼ぶ人初めて見たよ。唖然としながらピザを齧っていると、「貴様! 殿下を無視するとは何事だ!」となにやらお怒り気味の騎士っぽい人が腰の剣に手をかけた。
剣!? それ本物ですか? 俺死ぬやんけ。
首をすくめた俺は状況がまったくわかっていなかった。何者って何? あんたらが俺を呼び出したんだろ? こういうのって異世界から人を召喚してなにかやってもらおう的な流れじゃないの? と思ったところで、俺は視界の端にひとりの少女を捉えた。セーラー服に身を包んだ黒髪少女は、どこからどう見ても日本の女子高校生だった。
あ、これってもしかして巻き込まれた系ですか?
恐ろしく物分かりのいい俺は察した。おそらく彼らの目的はそちらの女子高校生なのだろう。現に男たちは少女を守るように背に庇っている。
異世界召喚はまだいいとしてさ、よりによって巻き込まれ系かよ。普通に嫌なんだけど。
だが来てしまったものは仕方がない。こういう異世界転移ものは元の世界に帰ることはできないと相場が決まっている。おそらくなんらかのアクシデントで、俺がそこの女子高校生の召喚に巻き込まれてしまったのだろう。人生一の災難だよ。
せめてこの世界の人たちに人の心がありますようにと願うばかりだ。ものによっては奴隷同然の扱いをされたり、酷ければここで切り捨てられる可能性もある。
どうか、どうかこの世界の方たちが「なんてことだ! まったくの一般人を巻き込んでしまった。こちらの不手際で申し訳ない。お詫びといってはなんですが生活は保証いたします」的なことを言ってくれますように。てか言わせる。じゃないと俺の命が危ない。
こっそりと決意を固めた俺は、目の前の男共を見据える。見たところ現代と変わらぬ人間たちである。獣人とかそんなファンタジーな存在は見あたらない。いや召喚術とか十分ファンタジーだけどさ。
とりあえず悲劇の主人公っぽく泣き落としでもしてみるか。良心に訴えれば彼らも俺のことを哀れに思ってくれるに違いない。
一応、演技の仕事をしたこともある。嘘泣きも多分できる。見よ、俺の演技力! と意気込んだのも束の間。
男たちに囲まれて護衛されていた女子高校生が「うそ」と小さく呟いた。どうやらようやく俺の存在に気がついてくれたらしい。いいぞ、そこの女子高校生さん。君は俺の味方をしてくれると信じている。見たところ君は非常に大事に扱われているっぽい。初見で「貴様」呼ばわりされた俺とは違う。
さぁ、今から悲劇の主人公を演じてみせる! 女子高校生さんもできれば俺の味方してくれ。
と、残りのピザを口に全部突っ込んでもぐもぐしていた時。ついに事件は起きてしまった。
女子高校生が絹を裂くような悲鳴を上げたのだ。
すごくびっくりした。ピザを喉に詰まらせるかと思った。異世界に来て死因がピザによる窒息死になるところだった。いくらなんでもダサすぎるって。せめてドラゴンや魔王にやられたくらいにしてもらわないと。ピザて。
これに慌てたのは俺だけではなかった。
異世界住民さんたちも慌てふためいた。彼らは咄嗟に俺へと剣を向けた。なぜだよ。いや、わからなくもないけどね? この場においてイレギュラーな存在は俺だけだもんね。でもパジャマ姿でピザ食ってる平凡男子のどこにそんな危険性を見出したんか?
殺されてはたまらない。素早く両手を上げて降参ポーズをとった俺に、異世界住民さんたちはいまだに剣を突きつけてくる。
それを止めたのは女子高校生さんだった。
「やめてください!」
ようやくなんか召喚された聖女っぽいセリフを吐いた女子高校生さんは、近くにいた偉そうな騎士っぽい人に剣を下ろすよう懇願している。なんて優しい子。こんな異世界召喚とかいうわけわからん状況の中、平気な顔でピザ食ってる怪しげな成人男性を助けに入るなんて。なんていい子。俺は感動した。これがあれか。異世界に召喚される女子高校生の持ち合わせる優しさというものなのか。
しかしここからちょっと風向きが怪しくなった。
女子高校生の懇願に、男たちは優しい声で「ですが聖女様」と言い返している。俺に対するのと明らかに声色が違う。やはりあの子が聖女か。
その様子を降参ポーズのまま黙って見守っていたのだが、くるりと聖女が俺の方へと向き直った。そして視線があったその瞬間「あ、無理! やばい本物!」とテンション高めの小声が響いた。
ん? なんかこれはあれだな。どこかで見覚えのある反応だな。
首を捻る俺に、微妙に視線を外した聖女が「あの!」と問いかけてくる。
「……はい」
「ひぃいいい!」
やばい喋った! と顔を覆った聖女はジタバタと慌ただしい動きをみせる。なんだろう。すごく覚えのある反応だ。俺の中にひとつの可能性がむくむくと湧き上がる。そしてそれは次の瞬間、確信へと変わった。
「あ、あの! カミ様ですよね」
カミ様。その言葉を聞いた瞬間、俺の中の仕事スイッチがカチンと入った。
「ミナトって呼んでね?」
パチンとウインクを飛ばしてにっこり微笑む。もはやお決まりのやり取りだ。一体何度繰り返してきたことか。
きゃあ! と黄色い悲鳴をあげる聖女は間違いなく俺のファンの子だった。
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