検証

 再スタートとなった私の仕事探しは、やはりすんなりとは前に進まなかった。週五日フルリモートで働けて、私にもできそうな業務内容で、見るからにブラックな企業ではなくて……と条件を増やしていくと、合致する求人は反比例するように減っていく。書類選考をクリアして面接にまでたどり着ける企業となると、さらに少ない。


 二日間費やし、新しく応募した求人の数は十三件、そのうち二件が書類選考を通過した。ここまでは何とか進めるのだが、問題はこの先だ。実際に面接を始めると、私と企業との間で様々な食い違いがあることが発覚する。私のように、大した経歴があるわけでもないのにプライドが高く、太い実家という後ろ盾があることで強気になっている人間の場合は特に。


 以前の面接での反省を踏まえ、私なりに自己分析をした。その結果、自分に多少傲慢な部分があったと自覚した。


 この前に受けた三社の面接では、「反省」すべき点は確かにあったと思う。しかし「失敗」だったかというと、そうではない。自分の改善点が見えたし、何より三社すべてから内定を貰えたのだ。転職活動の目的が内定を勝ち取ることだとすれば、それを達成し、見事「成功」したと言える。だから反省などしなくて良いとも考えられるのだが……私はこの「成功」に納得できていない。


 面接では、自分の魅力の一割も伝えられなかった。それにも関わらず採用だなんて、どうしても違和感が残る。


 高度経済成長期やバブル期の日本では、際限なく人を雇う企業が多かったから、「面接会場で椅子に座った時点で採用が決まった」なんて話を聞いたことがある。けれど、そんな時代は私が生まれるよりも前に過ぎ去った。それに、景気が良かった時代でも面接官に暴言を吐いた人間を採用する企業などないはずだ。


 何かがおかしい……。何か裏がある……。そう思わずにはいられない。私の根っこにある「疑り深さ」のエンジンがフルスロットルで回転し始めた。


 一番怪しいのは、やはり父だ。父は潤沢な金に物を言わせて、普通の人ではできないことをやっている可能性がある。そう私が痛感したのは、田畑のババアの一件。私と母に横暴な態度で接してきた田畑のババアのことを父に告げ口した。その数日後、ババアの家を取り壊す工事が開始された。ババアの姿も見かけていない。近所の誰も逆らえない大地主だったババアが、父に告げ口した途端いなくなるなんて……こんなにもタイミングが良いことがあるだろうか?


 父が金の力でババアにしたのではないかと、私はにらんでいる。


 そして父には、私が面接を受ける企業の名前を事前に伝えていた。私は、彼が「条件に合う求人を出している企業かどうか」をチェックするために名前を聞き出したのだと思っていた。だが、もしかしたら父は各企業の社長や採用責任者に連絡を入れて金を握らせ、私を採用にするよう裏で動いていたのかもしれない……。


 私が企業名を言った夕食のとき、母と賢太郎もその場にいた。しかし、この二人に企業を動かすような力や金がないことは明らか。


 突拍子もない妄想だと分かってはいるが、父が何かをしている気がしてならないのだ。


 そこで、私の転職活動を父が裏で操っていないか確認するために、ある検証をしてみることにした。とても簡単な試みだ。


 新たに面接を受けることになった二社。このうち一つの企業名を父に伝え、もう一つは伝えずに面接を受ける。そして両社の面接中、私は最悪な態度を取る。絶対に不採用となるような最悪な態度を。面接官に暴言を吐くのが手っ取り早いだろう。


 もしこれで両社とも不採用になれば、私の疑念はただの妄想で終わる。しかし、父に伝えたほうの企業だけが採用になったら……妄想ではない可能性が高まる。


 時間をかけて見つけた求人を無駄遣いするようで心苦しいが、父の手の上で転がされ、納得できないまま就職するよりは何百倍もマシだ。私は父から、そしてこの家族から逃れる時間が欲しくて仕事を探しているのだから。


 早速私は夕食のときに、


「この前内定が出た企業は断って、別の会社の面接を受けることにしたよ」


 と口にした。母は「あらそうなの? でも、仁美ならそこも受かっちゃうんでしょ?」と、賢太郎は「ふぅん」と、薄っぺらい反応をする。


 父はやはり「何ていう会社なんだ?」と聞いてきた。私の中で、父への疑念が一層強まる。計画どおり、私は父に片方の企業のみ名前を伝えた。





 後日、二社それぞれとのオンライン面接を受ける。私はパソコンの画面に映る面接官や、彼らが勤める企業をけなしに貶しまくった。


「ご担当者様の話し方は、いささか幼稚に感じます。御社では従業員に対してどのような研修を実施されているのでしょうか? もし実施されているとしても、内容が必要最低限の水準に達していないように思われます。そのような企業で働く気はありません」


「自己紹介の際にご担当者様がおっしゃられた役職は主任とのことでしたが、見た目のご年齢に対して役職があまりにも低いように思われます。御社内での昇進はそれほど難しいのでしょうか? それとも、ご担当様自身に何らかの問題があるのでしょうか?」


「御社が掲げるスローガンを拝見しましたが、取って付けたようと言いますか、あまりにも中身が薄いように感じます。これを考えたのはどなたでしょうか? 代表者様や役員の方などでしたら、着いていこうなどとは到底思えません」


 何の恨みもないが、心を鬼にしてののしる。これも検証のためなのだ。私が自分の足で前に進むために欠かせないステップなのだ。


 何かの実験をする際、実験用のラットに同情して計画を頓挫とんざさせる研究者がいるだろうか。いや、いまい。今の私は冷徹な研究者だ。相手がコンプライアンスの観点から言葉を選びながら丁寧に回答している姿を見てもなお、無慈悲に罵り続ける。


 二社との面接は、私の狙いどおり最悪の形で幕を閉じた。これでいい。あとは結果を待ち、父の反応を確かめるだけだ。





 三日後、結果を伝えるメールが二社から届いた。面接を受けると父に伝えなかったほうの企業は「不採用」。私の名前の部分以外テンプレートの文章そのままであろうお祈りメールだった。


 もう一社、父に社名を伝えたほうの企業は……「採用」。喧嘩にはならなかったものの、面接官とまともにコミュニケーションを取らず、思いつく限りのディスりを徹底したにも関わらず「採用」だった。


 私の疑念が、確信へと傾く。父は、私が採用になるよう企業に根回ししているに違いない。


 案の定、合否メールが届いた当日の夕食時にまた父が「面接はどうだった?」と聞いてきた。ここまで偶然が重なるとは思えない。合否結果を伝えるタイミングをも父が企業に指示していたのだろう。


 私は、念には念を入れてもう一度、父にかまをかけることにした。


「ダメだった。不採用だったよ。また一から求人探し」


 父が根回ししているなら、結果を知っている。だから、私の言葉を信じようとしないはずだ。


 父は首をかしげながら、


「本当か? 仁美を落とす企業があるのか? 信じられんな」


 と口にした。「娘を優秀だと高く評価している父親の落胆」とも受け取れる言葉だが、私にはしらばっくれているようにしか思えない。父は、私が採用になるよう裏工作をしていた。一社は内定を出したことを知っている。だから、不採用だったという報告に対して「信じられんな」と言ったに違いない。


 父の反応を見て私は、自分の妄想が事実なのだと考えを固めた。父は私の転職活動をコントロールしている。


 おそらく田畑のババアをこの地域から消したのも父だ。父は、人間一人の人生くらいなら意のままに操れるのだろう。それだけの金と力を手にしてしまった。


「まぁ、落ち込むことはないさ。仕事なんていくらでもあるんだから。もし見つからなかったら、父さんの油絵のモデルになってくれ。ちゃんと給料は払うぞ。それか、賢太郎の漫画のアシスタントをするのもありだな」


「なんで俺が姉貴を雇わなきゃいけないんだよ。いらねぇよ」


「一人で漫画を描くのは大変じゃないか? 仕事をしたい姉と、人手が必要な弟。姉弟で手を取り合うのも、父さんはありだと思うけどな。これぞ、幸せな家族だからこそできる協力だろう? とりあえず仁美、また仕事探しに困ったら父さんに言いなさい。何とかしてやるから」


 そう言いながら、父は夕食のナポリタンスパゲティをフォークにくるくると巻き付けた。


 もしかしたら私はすでに、あのスパゲティのように、逃れることが不可能なくらい雁字搦がんじがらめの状態なのかもしれない……。常識をも覆してしまう父の金の力によって、何もかも支配されているのかもしれない……。


 私は自分の皿に乗った、赤いソースをまとう麺を見つめた。

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