第3話「雪と銀狼と少女」
森林は一般道路よりも雪が積もっていて、歩くのにも一苦労だった。僕が履いていた安物のスニーカーはすぐに雪が浸透して靴下までびちょびちょになっていた。
ただの好奇心で外に出たのを少し後悔していると、途中で大きな足跡があった。
「なんだこれ?鹿とか猪じゃない」
その形状には明らかな特徴があった。
まず前述の鹿、猪のように蹄の跡が無いこと。動物が好きな僕は比較的そのへんの知識は持っている。足跡の形ももっと長細いはずだ。
そしてその足跡がとても大きいこと。これだけのサイズ熊だってなかなかいない。
もし僕がこの大きさの動物と遭遇したらどうするだろうか。とても追い払うことなんてできないだろう。いやそれどころか逃げることもむずかしいだろう。動物は人間よりもずっと素早いらしいから。
「……いや、大丈夫。あんなばかでかい銃声が聞こえたんだ。きっと撃たれて死んでるはずだ」
自分に言い聞かせてその足跡を辿っていくことにした。今考えると凄く危険な行為だったが、僕はスリルに似た好奇心をおさえることができなかった。
雪で冷たくなった足を少しずつ動かし、注意深く前進していく。
それからどれくらい歩いただろう。やがて足跡と一緒に血が足元につくようになった。
鮮血が真っ白な雪とよく合った。
やっぱり猟師さんに撃たれたんだ。ほっと安堵したのと同時に、少しだけ拍子抜けしていた。僕はもう少し非現実的な出来事を遭遇していたみたいだ。
そこからほんのちょっと先。ようやくその動物を見つけることができた。
だが僕はその動物を見て戦慄する。
熊でも、ましては犬でもなかった。
オオカミ。狼だ。
図鑑や博物館でしかみたことなかった銀色の狼。しかもあの足跡に似合うだけの超巨大なスケール感だった。全長でいえば4メートル、いや5メートル以上あるかもしれない。
ゆっくりと狼の周りを旋回し、頭部を確認した。
剥き出しの牙もやはり大きく、がっしりと太い。僕の手のひらでは掴むことはできないだろう。
また左目の上、耳に近い部分に銃弾の穴らしきものが見つかった。血はすでに固まり始めている。足跡についていた血はここから落ちたものだろう。頭を打ち抜かれながら、ここまで歩けたのか。凄い生命力だと感心する。
僕の身体は恐怖で震え、おさまらない興奮で呼吸が荒くなっていた。
そのときの僕の脳裏には、白亜紀の恐竜が思い浮かんでいた。それほど視界を圧迫する狼の姿は衝撃的だった。
「……これって本当に狼なのか?日本では絶滅したはずだけど」
僕は無意識のうちに手を伸ばしていた。既に動かない死体の頭をひと撫ですると、まだ随分と温もりを感じる。今にも目を開けて動き出しそうだ。
その時だった。
僕と狼で目が合った。本当に目を明けた。動物のものとは思えない紫がかった瞳で、間違いなく僕を見つめてきたのだ。
「え」
僕が間抜けな声を出したほんの一瞬の間だった。
何が起きたかわからなかった。過去と現在をつないでいた鎖がいきなり千切れた。もしくは頭に銃弾を受けたのは僕の方で、脳がおかしくなってしまったのかもしれない。
目の前の狼は神隠しのように消え失せ、代わりにこれまた巨大な、裸の女の子が入れ替わるように倒れていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます