過去の思い出と今の自分に足りないもの

 ある夏の昼過ぎ。夏の陽射しがアスファルトを白く焼いていた。

 補習を終えた高校二年生の加藤寿人かとう/ひさとは、通学用のリュックを背負い直し、校門を出た。

 隣には一年生の妹の早織さおりがいて、二人は無言で歩き出す。


 二人は高校生だが、恋人なんていない。

 クラスでそういった話題になるたび、なんとなく目を逸らしていた。そんな毎日が、今年も続いているのだ。


 学校からの帰り道、ふと見慣れた看板が目に入った。


 小学生の頃に、いつも寄っていた駄菓子屋。

 錆びたトタ屋根に、色褪せた“みやこ菓子店”の文字。ガラス戸の向こうは薄暗く、時間が止まったみたいだった。


「お兄ちゃん、今日は暑いし、寄って行かない?」


 早織が小声で言った。寿人は頷く。

 二人は店内に足を踏み込んだ。

 店内は扇風機の風で微妙にひんやりとしていて、甘い砂糖の匂いが漂っていた。


 棚には懐かしいパッケージが並び、しかし、埃が薄く積もっていた。

 カウンターの奥から、白髪の老女がゆっくりと現れたのだ。

 七十は軽く超えているだろうじか。皺の深い顔に、穏やかな笑みを浮かべていた。


「いらっしゃい。珍しいね、最近は子どもが来ないのよ」


 老女はため息をついた。少子化のせいだと続けて言う。

 確かに、近所で小学生を見かけることは殆どなくなった。

 昔は夏休みになると、この店は騒がしかったはずだ。


 寿人は昔を振り返りながら無言で冷蔵庫を開けた。そこからカップアイスを二つ取り出す。バニラのアイスを二つ。早織が目を輝かせ、小躍りした。


「こういうアイス、久しぶり!」


 寿人が妹の分も合わせてレジで小銭を渡すと、老女がスプーンを二本添えてくれた。


 店の前には、古びた木のベンチがあった。二人並んで腰を下ろす。

 寿人が蓋を開けると、冷たいバニラの香りが立ちのぼる。一口食べた瞬間、舌の上で溶けていく甘さが、遠い夏の記憶を呼び覚ましたのだ。


「覚えてる? 小学校中学年くらいの時に、ここで毎日アイス食べてたの」


 早織が呟いた。

 寿人は頷く。


 あの頃は、宿題も恋も将来のことも、何も考えずにただ暑さに耐えていた。

 友達と鬼ごっこをして汗だくになって、ここで十円のラムネを買い占めたりもした。駄菓子屋で購入した後は、近くの公園で友達と遊ぶ。


 夕方になると、スーパー帰りの母の声が聞こえてきて、名残惜しく一緒に家に帰る。

 そんな平凡で、でも確かに輝いていた日々。


「恋人、欲しいね」


 早織がぽつりと言った。アイスをスプーンで突きながら、頬を赤く染める。


「そうだな……」


 寿人も素直に頷いた。

 クラスに気になる子はいる。しかし、話しかける勇気がないのだ。

 早織も同じらしい。友達の恋バナを聞くたび、どこか他人事のように笑って誤魔化してきた。


「お兄ちゃん。夏休みも残り少ないし……作っちゃおうか」

「作るって、どうやって?」

「知らないよ。でも、何もしないで終わるのは嫌だし……」


 早織はアイスのカップを持ったまま、空を見上げる。入道雲がゆっくりと流れていく。


「明日から、変わろうよ、お兄ちゃん、未来の為に!」


 その言葉に、寿人の胸が熱くなった。

 自分たちに足りないのは、きっと最初の一歩だ。

 告白なんて大それたことじゃなく、ただ“こんにちは”と気軽に話しかける勇気。

 それだけで、世界は少し違って見えるかもしれない。


 二人は空になったカップをゴミ箱に捨てた。そして、昼過ぎの道を駆け出したのだ。


 夏の風が二人の頬を打つ。汗が飛び散る。遠くで蝉の声が響いていた。

 この夏は、きっと何か変わる。そう信じて――

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学園系ラブコメの”ショートショート作品”集(SS作品)Season4 譲羽唯月 @UitukiSiranui

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