ララ

「……違う、ララじゃない……。」

 

 手探りで死体の軍服のボタンを外し、タグを引っ張り出した。

 

 だって、またお茶会に行くって約束した。

 次の日曜日、天使のケーキを……。

 

 震える指でなぞった金属の切り込み。

 タグに彫り込まれた名前は『ララ』。


「なんで……っ!」


 ララは走るのが早かった。高く跳ぶのも得意だった。

 頭も良くて、射撃も上手かった。

 本当は4組より上のクラスに行ける筈なのに、ちょっとだけ、それを支える義足と相性が悪かった。

 いつも生身の足と義足の継ぎ目が痛んでいて、熱も良く出していた。

 入院して帰って来る度、体温を宿す足が少なくなっていくのが見えた。

 何度調整しても治らない身体は「不良品」の証。

 

「ララ……!」


 廃棄処分って、そういう事だ。

 

 私達の役目は、街に入った時点で終わっている。

 生きて帰ったって、褒められる事はない。

 その為に、泥の中を這いずってここまで来た。

 

 だから泣くな。

 泣いたら見えなくなる。

 ここはまだ戦場で、私は、まだ生きている。


「っう…ぐ、ぅ……っ、」


 鼻の奥が痛くて、苦しい。

 私の右肩をイワンが強く掴んでいて、痛い。

 膝をついた床が、硬くて冷たい。

 ジャンが足を揃えて、踵が鳴った。

 だから、涙が出た。


「嫌だぁ……っ、ララ……!!」


 遠くで銃声が聞こえる。

 爆音が聞こえる。

 急かすように建物が震える。

 誰かがそれに晒されて、また見えなくなっているかもしれない。

 

 ──でも。

 

 今だけ。

 ほんの少しだけ、目の前のララを悼ませて。


 


「……シッ!」

 

 敬礼していたジャンが、不意に鋭い声を上げた。

 びくりと、背筋が震えた。

 慌てて立ち上がって、周囲を警戒する。

 ジャンとイワンの他に、見える場所に人影はない。

 ジャンが僅かに手を動かして場所を示す。

 ララを避けて、ゆっくり示された方向へ近づくと、ジャンが慎重にドアノブを捻る動作をした。

 

 そこから漏れ出てきた声は。

 

「……6221、6229、6247、6257、ろくせんにひゃく……」

「ロビン!」

 

 私は思わず声を上げた。

 

 静かに開けたドアの向こうに、蹲み込んだ小さな人影。

 頭までよく見える。ヘルメットを付けていない。間違いない。

 ララと「3人組」を組んでいたロビンだった。

 

「6271、6277、6287、」

 

 ロビンは私達に気が付いていないのか、数を数え続ける。

 

「ロビン!何があったの!?一旦それ止めて!」

 

 正面から肩を揺すると、ロビンの瞳がふらふらと彷徨った。

 ロビンと目が合わないのはいつもの事だが、今は少し様子が違う気がした。

 

「……グレーテ。」

「そう、グレーテ!怪我は!?」

「怪我は、大丈夫、大丈夫。」

「ロビン、マシュウは?」

 

 早口で答えたロビンに、今度はジャンが訊ねた。

 

「わかんない。マシュウはわかんない。いなくなっちゃった。」

「……わかった。ロビン、1人で頑張ったね。」

「なぁ、ロビン1人か?」

 

 イワンに聞かれて、私は大きく頷いて見せた。

 

「ロビン、一緒に行こう。」

「イワン、それは」

 

 すぐに上がったイワンの声に、ジャンがその肩を掴む。

 首を振るジャンにイワンは低い声で言った。

 

「置いてけって言うのかよ……!?」

「ロビンじゃ……。」

 

 足手纏い。役に立たない。

 そう言いたかったのだろうか。

 でもそんなの、私もイワンも一緒だ。

 いずれにしても、ジャンは言葉を切った。

 耳が聞こえないイワンと、ここでの議論は難しい。

 

「……わかった。」

 

 ジャンは頷き、私はロビンの温かい手を握った。

 

「1009、1013、1019、1021……」

 

 聞き慣れた数を数え出したロビンは、のたりと手を引くままに立ち上がり、ついて来た。

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