泥濘
トラックに詰め込まれた私たちが運ばれた先は、北方司令部の後方に大きく回り込んだ湿地帯だった。
──敵の警戒が薄い湿地帯を抜け、司令部近くの街を裏手から攻略すること。その街を足掛かりに、本隊が司令部を奪還する。──
トラックの中で私たちに下された指示を反芻する。それは到底無理な作戦に思えた。
根本的に踏破が難しいから、警戒されないのだ。
それに、街の周りには高い壁があって、気付かれれば狙い撃ちにされてしまう。
目標の司令部は所詮司令部。机や無線くらいしかない場所を、取り戻した所でなんの意味があるだろう。
型遅れとはいえ火器を持たされ、長靴やら背嚢やらを支給され。
こんなにもコストをかけて国が私たちを処分してくれるなんて、有り難くて涙が出そうだった。
トラックの中で聞いた朝のラジオ放送で、救国の尖兵として、北方司令部奪還を目指す部隊について報道されていた。
それに後方から随行する監督官や書記官が湿地帯の行軍について記録を取るはずだった。
要するに、私たちはプロパガンダの道具にされ、最期まで無駄なく使用されるのだ。
「グレーテ!!」
泥の中に誰かが私を引き摺り倒した。
口の中に泥水が入ってジャリジャリと音がする。
「……もっと頭下げて。」
「馬鹿!見つかったらどーすんだ…!」
押し殺したジャンとイワンの声。
湿地に生えた僅かな草木に身を隠しながら、私達は街を目指す。
人より冷たい物が見えない私には、傍らのジャンとイワンだけ方向を示す矢印だった。
当然草むらや水溜りも見えないから、時折こうして強制的に方向転換させられる。
まだ行軍を開始したばかりだというのに、既に長靴から頭まで泥まみれだった。
「10、9……」
ジャンがカウントを始める。0になったら、立って進む。
ジャンは目も良くて、遠くの壁の上の歩哨が見えるらしい。
皆なその動きを目印にしているのか、なんとなく私達のチームが先頭を行く形になっているようだった。
私は体勢を立て直し、真っ先に頬を拭った。
冷たい物が見えなくても、壊れやすくても、この頬に開いた「目」が私の命綱だ。
「あと、どのくらい?」
「どうみてもまだ1キロ以上ある。」
「2、1、行こう。」
後方で、ララとロビンの悲鳴が聞こえた。
ララは平地なら頼りになるが、こういう足場の悪い所は大の苦手だ。
あの2人と組んだマシュウは苦労しているだろう。
ユナは賢いし、弱いけど念動力が使えるから多分心配ない。シンノスケは、喘息だからちょっと心配だ。キリは字が読めないだけだから、前に進むだけなら関係ない。ソニアは喋れないから、もうどの辺りにいるのかわからない。パウルは、
「グレーテ?進むよ。」
ジャンもイワンも、私も、誰かを助けに戻ろうとは一言も言わなかった。
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