23話 凛とした想いー美月ー
──放課後の生徒会室。
書類を整える手を止め、窓の外に目をやる。
校庭を歩く煌大と翠が、部活帰りの仲間たちに混ざって笑っている姿が見えた。
(……やっぱり、気づけば目で追ってる)
幼い頃から、当たり前に隣にいた。
幼稚園の頃は、転んでも泣かない私を見て、いつも笑っていた。
小学校では、誰かが困っていると真っ先に手を差し伸べていた。
そんな優しさを、ずっと隣で見てきた。
(あの頃から、私はずっと煌大の背中を追ってたんだ)
煌大が走れば一歩後ろをついていって、
困っていれば手を差し伸べて、気づけば守られる側になっていた。
だからこそ、今の彼の笑顔を見ていると、
嬉しいのに、胸の奥が少しだけ締めつけられる。
そして中学で、迷わず私を庇ってくれた。
その瞬間から、私にとって「特別」な人になった。
私に寄ってくる男子は多かった。
けれど、私を本気で大切にしてくれる人は、煌大しかいなかった。
──なのに。
今、彼の視線は。
笑顔のまま、自然に翠を探している。
胸の奥に苦しさが広がる。
でも、責める気持ちはない。
翠は、私にとって大切な後輩だから。
放課後に体育館で一緒に片付けをしていたとき、ふと見上げた翠の笑顔が、眩しいほど真っ直ぐだった。
その純粋さを前にすると、自分の中の複雑な想いがどこか小さく見えてしまう。
(あの子は、まだ誰も疑わない目をしている)
それが悔しくて、愛おしくて、どうしようもなく羨ましかった。
(……負けたくない。
それでも、あの子を嫌いになることは、できない)
⸻
──翌日の昼休み、中庭。
ベンチで並んでお弁当を食べるのは、もう何度目だろう。
他愛のない話から、ふと切り出す。
「最近、ちょっと元気ないね」
「えっ……そう、ですか?」
翠は慌てて笑顔を作った。けれど、その笑顔はどこかぎこちない。
「……煌大のこと、気にしてる?」
冗談めかして問いかけても、翠は目を伏せて小さく笑う。
その笑顔が、ほんの少し震えていたのを、私は見逃さなかった。
何も言わないのは、優しさか、それとも迷いか。
(たぶん、どちらもなんだろう)
翠の中で揺れている感情が、かつて自分が通った道と重なって見える。
人を想うことの苦しさも、喜びも、もう知っているから――
だからこそ、彼女の強さを信じたいと思った。
「そんなことないですよ」
その言葉に、胸が少し痛んだ。
だって――その笑顔が答えになっていることに、私はもう気づいてしまっていたから。
⸻
──帰り道。
一人になって歩きながら、鞄の紐を強く握る。
(幼なじみとしての私。後輩としての翠)
どちらも煌大にとって大切な存在だ。
でも、彼の心を動かしているのは――翠。
それでも私は、諦めきれない。
簡単に背を向けられるほど、軽い想いじゃない。
「……私だって、まだ負けない」
でも、それは誰かと争うためじゃない。
自分の想いを、まっすぐ信じたいだけ。
たとえ彼の隣に誰がいても、私は私のままで、胸を張っていられるように。
夕暮れの光が伸びる道を、静かに歩き出す。
心の奥でまだ痛むけれど、その痛みさえも、私の“好き”の証だから。
(――ありがとう、煌大)
小さくつぶやいて、前を向いた。
もう振り返らない。
そう決めた自分の歩幅が、ほんの少しだけ軽く感じた。
――
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