22話 静かな決意

──朝の通学路。



少し前を歩く美月先輩と結城先輩。


友達と笑い合いながら並ぶ二人の姿を目にしただけで、胸の奥がじんと痛んだ。



(……やっぱり、特別な人同士なんだな)



数日前の中庭で、美月先輩の気持ちが痛いほど伝わった。


だから私は――引かなきゃいけない。



通学路の先、朝日が街路樹の葉を透かしていた。


風が吹くたびに、光の粒がちらちらと揺れる。


その中で並んで歩く二人の後ろ姿は、まるでひとつの絵のように見えた。



(きっとお似合いだ……そう思わなきゃ)



そう心の中でつぶやくたびに、胸の奥で小さく何かが軋む。


けれど、泣くほどの痛みではない。


どこか穏やかで、受け入れるしかないものとして静かに沈んでいく。


それが、少しだけ大人になった証のようにも思えた。





──部活の時間。



部活中も、笑顔は崩さない。


いつも通り声を出して、メモを取って、ボトルを並べる。


ただ一つ違うのは――結城先輩と目が合っても、すぐに逸らすようになったこと。



「長谷川、ありがとう」


「はい」



たったそれだけの会話なのに、心臓が強く打つ。


でもその鼓動を、誰にも気づかせたくなかった。


体育館の窓から差し込む光が、コートに淡く反射する。


その眩しさに目を細めながら、翠は自分の中でひとつの線を引いた。



(この想いは、私の中だけで大切にすればいい)



誰かを想うことは、間違いじゃない。


けれど、想い方を間違えたくなかった。


自分の気持ちをぶつけることより、

誰かを傷つけないことを選びたかった。


その決意を胸に、翠はいつもより少し早く動きを終わらせた。


体育館の隅で、仲間たちの笑い声を聞きながら、そっと息を吐く。



(この距離があるからこそ、ちゃんと好きでいられる気がする)



胸の奥が静かに痛む。


けれど、不思議と涙は出なかった。


それは、痛みを受け止める強さに変わりつつある証だった。



(……これでいい。私なんかが、前に出ちゃ駄目だ)





──サイドライン。



その様子を見ていた莉子が、小さく首をかしげる。



「なんか、翠……変じゃない?」



隣の大和は黙ったまま、けれど視線は真剣に翠を追っていた。


美月もまた、静かに瞳を細める。


それぞれが気づいていた。


“翠が、煌大を避けている”ことに。





──片付けの時間。



結城先輩が近づいてきた。



「長谷川、これ――」



声をかけられただけで、胸が揺れる。


けれど私は、笑顔で「ありがとうございます」と受け取って、すぐに後ろを向いた。


振り返った瞬間、結城先輩の瞳が一瞬だけ揺れるのを見てしまった。



(……ごめんなさい。結城先輩)



胸の奥を押し殺すように、小さく息をつく。


こうして少し距離を置くことが、いまの私にできる唯一の選択だった。










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