18話 芽生える想い

──昼休み。



初夏の陽射しが強くなり始めた頃。


窓際の席から見下ろすグラウンドには、

男子たちがボールを蹴ったり、

ふざけあったりする姿が見える。


その輪の中に、結城先輩の姿があった。


眩しい陽射しを受けて、汗に濡れた髪がきらめく。


ボールを追うたびに、笑い声が風に乗って届く。


その一つひとつが、胸の奥の柔らかい場所を揺らしていった。



(こんなふうに笑う人なんだ……)



入学してからまだ数か月しか経っていないのに、彼の存在は、もう私の中で特別な輪郭を持ちはじめていた。


笑いながら友達と軽くボールを蹴り返す。


何気ない仕草なのに、どうしてこんなに目を奪われるんだろう。



(……見てるだけで、苦しい)



「翠?」



声にハッとして振り返ると、隣には莉子が弁当を広げていた。



「なにボーッとしてんの。顔、真っ赤だよ?」


「えっ!? ち、ちが……!」



慌てて否定するけど、胸の鼓動は誤魔化せない。


莉子はにやっと笑いながら、箸を口に運んだ。



「最近ずっとだよね。……やっぱり結城先輩のこと、気になってんじゃん」


「……わかんない。

でも、めちゃくちゃ気になって……。

どうしていいか、わかんないの」



口からこぼれたのは、本音だった。


莉子は一瞬だけ驚いた顔をして、すぐに笑った。



「ふふ、ついに自覚してきたかって感じだね」



莉子は軽い口調で言ったけれど、その言葉の奥にはどこか優しさが滲んでいた。



「恋をしてる翠、なんかちょっと雰囲気変わったよ。顔が柔らかくなった」


「え……そうかな」



自分でも気づかないうちに、

彼の名前を考えるだけで胸が温かくなる。



「恋ってさ、相手のこと思うだけで一日中浮かれるし、落ち込むし。

でも、そういうのが楽しいんだよ」



莉子の何気ない言葉が、少し羨ましかった。


彼女はもう“恋を知っている人”で、私はまだその入り口に立ったばかり。



(私も、こんなふうに誰かを想えるのかな)



「莉子は……どうなの? 恋愛とか」



恐る恐る尋ねると、彼女はあっさり言った。



「あ、私、彼氏いるよ。塾一緒の他校の人。今度ちゃんと話すわ」


「えっ!? そうなの!?」



あまりに自然に告げられて、思わず声が裏返る。


莉子は肩をすくめて「だから言ったじゃん。翠には隠し事しないって」と笑った。




──ふと、また窓の外を見る。



グラウンドで笑う結城先輩の横顔が、まぶしくて。


光の粒が頬に反射して、まるで世界が彼を中心に回っているみたいだった。


教室のざわめきも、時計の針の音も、すべてが遠のく。


ほんの数秒なのに、心臓が痛いくらいに跳ねた。



(この気持ち、怖いけど――あったかい)



胸の奥から、どうしようもなく熱が広がった。



(……やっぱり、好きなんだ)



その瞬間、心に浮かんでいた曖昧な気持ちに輪郭が与えられる。


憧れじゃない。


尊敬だけでもない。


きっとこれは――恋。


私は箸を置き、机の下でぎゅっと手を握った。



(……私、結城先輩が好き)



莉子の隣で、胸の奥の決意がひそやかに芽生えていた。



──







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