いのちの置き所

「女の子ってビジュが命なの!!

歯磨きを終わらせ、襟がくたくたのTシャツにぼさぼさ頭で準備完了といった彼氏がデートの出発を急かしてくるので思わずおこってしまった。

カラコンが命なので忘れず装着し、命とも言えるベースメイク、アイライン、口紅などを整えていく。こっちはあらゆる部位をかわいくしてるって言うのに、彼氏は呑気にスマホで漫画を読んでいる。ほんとーにむかつく。髪をおろし、この艶やかな黒髪に櫛を通す。これが1番落ち着く。寝る前のケアを怠らない私からしたら正直髪が1番命だ。毎朝前髪だって1ミクロン単位で切っている。今日もそうしようとハサミを取ると、私の戦場に彼氏が立ち入ってきた。

「おれにもたまには切らせてよ。」

なにを言っているのか分からなかった。でもそんな彼が私の戦争を手助けしようとしてくれたのは分かった。

「いいよ、今日は切ってみても。」

大体の準備も終わり、心は落ち着いてきたし、さっき大声をあげてしまったお詫びでもある。私はぱっつん前髪だからそこまで失敗することもないよね。

そう思ったが寝起きの彼のぼやける視界はあらぬ方向にハサミを誘導した。眉毛が見えるほどに切られた命の前髪。


床に散らばった私はもうすぐ死ぬだろう。彼氏は狼狽える。

こんな前髪なんかじゃなくて、少しでも歩み寄ってくれた彼氏を命と呼べばよかったのに。


ばかな私は冷たいフローリングで息を引き取る。

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