第十五章 受け継がれる問い

一年後——


美咲の妹、桜井あかり(二十二歳)は、姉のマンションを訪れていた。就職活動を控えた大学四年生の彼女は、恋愛についても悩みを抱えていた。


「お姉ちゃん、最近綺麗になったよね」あかりがリビングで美咲を見つめて言った。


「そう?」美咲は薄化粧をしていたが、以前のような完璧な盛り方ではなく、自然な仕上がりだった。


「前はすっぴんでボサボサ頭だったのに」


「ちょっとは身だしなみに気を遣うようになったのよ」美咲が苦笑いした。


「それって、例の彼氏の影響?」


美咲の手が一瞬止まった。翔太との関係について、あかりには詳しく話していなかった。


「まあ、そうかもね」


あかりは興味深そうに身を乗り出した。


「どんな人だったの?写真見せて」


「もう別れたのよ」


「え?なんで?すごくイケメンだったって聞いたけど」


美咲は少し考えてから、翔太との出会いから別れまでを話し始めた。アプリでの出会い、衝撃の初対面、改造計画、そして価値観の衝突。


「すごい...まるでドラマみたい」あかりが感想を漏らした。


「で、結局どっちが正しかったの?お姉ちゃん?それとも翔太さん?」


美咲は困ったような表情を浮かべた。


「正しいも間違いもないと思う。ただ...合わなかっただけ」


「でも、お姉ちゃんは変わったよね?今の方が綺麗だと思う」


「ありがとう。でも、これが本当の私なのかどうかは、正直分からない」


あかりは眉をひそめた。


「本当の自分って何?」


「私にも分からない」美咲が正直に答えた。


「翔太さんと付き合って変わった部分も、今の私の一部だと思う。でも、それが強制されたものなのか、自然な成長なのか...」


あかりは混乱していた。彼女自身、最近気になる男性がいた。相手は外見重視のタイプで、あかりにも「もう少しお洒落したら?」と言ってきていた。


「私も最近、似たような状況なの」あかりが打ち明けた。


「気になる人がいるんだけど、その人に『もっと女の子らしくして』って言われて...」


美咲は妹を見つめた。


「あかりはどう思う?」


「正直、嫌だった。でも、その人に好きになってもらいたくて...」


「無理しなくていいのよ」美咲が優しく言った。


「でも、お姉ちゃんは翔太さんのために変わったじゃない」


「そうね。でも、それが正解だったかどうかは分からない」


美咲は窓の外を見つめた。


「ただ一つ言えるのは、相手に変わることを強制される関係は、長続きしないってこと」


「じゃあ、私はどうすればいいの?」


「あかりが決めることよ。変わりたいと思うなら変わればいいし、変わりたくないなら変わらなくていい。大切なのは、自分の意志で選択することだと思う」


その時、美咲のスマホが鳴った。翔太からのメッセージだった。


『お疲れさまです。今度、後輩の恋愛相談に乗ってもらえませんか?美咲さんと同じような状況の女性がいて...』


美咲は苦笑いした。


「翔太さんからよ。後輩の恋愛相談があるって」


「へー、まだ連絡取り合ってるんだ」


「月一回くらいね。友達として」


あかりは感心した。


「すごいね。元彼と友達になれるなんて」


「お互いに学ぶものがあったから」美咲が答えた。


「翔太さんも変わったのよ。前より内面を重視するようになって」


「じゃあ、二人とも成長したってこと?」


「そうかもしれない。でも、それが恋愛においては合わなかった理由でもあるの」


あかりは考え込んだ。


「難しいね、恋愛って」


「正解なんてないのよ。その時その時で、最善だと思う選択をするしかない」


美咲は翔太に返信した。


『いいですよ。今度の週末はどうですか?』


その週末、美咲、翔太、そして翔太の後輩である山田ゆい(二十四歳)の三人がカフェで会った。


「初めまして、山田です」ゆいは緊張していた。


「桜井です。翔太さんから聞きました」


ゆいの悩みは、あかりと似ていた。好きになった男性に外見を変えるよう求められているというのだ。


「どうしたらいいでしょうか...」ゆいが相談した。


美咲と翔太は顔を見合わせた。


「僕たちの経験からすると...」翔太が口を開いた。


「相手を変えようとする気持ちって、愛情のつもりでも、結果的に相手を苦しめることがあります」


「でも、お互いが歩み寄ることも大切だと思います」美咲が続けた。


「大切なのは、強制されるのではなく、自分の意志で選択することかもしれません」


ゆいは混乱していた。


「でも、答えが分からないです...」


「答えなんて最初から存在しないのかもしれません」翔太が静かに言った。


「僕たちも、まだ模索中です」


美咲が頷いた。


「でも、考え続けることに意味があると思います。そして、どんな選択をしても、それがあなたの人生です」


カフェを出た後、翔太が美咲に言った。


「僕たちの経験が、少しでも役に立てばいいですね」


「そうですね。でも、結局はみんな自分で答えを見つけるしかないんでしょうね」


あかりと美咲、ゆいと翔太。新しい世代が同じような問いに直面し、それぞれの答えを模索していく。


美咲と翔太の物語は終わったが、その問いは次の世代に受け継がれていく。


「本当の自分とは何か」

「愛とは、相手を変えることなのか、受け入れることなのか」

「外見と内面、どちらが大切なのか」


答えのない問いを抱えながら、人々は恋をし、悩み、成長していく。そして時には、美咲と翔太のように、答えが見つからないまま別れることもある。


それでも、その経験は無駄ではない。次の恋愛で、次の世代で、新しい形で活かされていく。


美咲は家に帰ると、あかりに今日の出来事を話した。


「結局、答えは見つからないのね」あかりが呟いた。


「そうね。でも、それでいいのかもしれない」美咲が答えた。


「完璧な答えなんて存在しない。大切なのは、その時その時で誠実に向き合うことだと思う」


あかりは頷いた。そして、自分なりの答えを見つけるために、明日からまた歩き始めることを決めた。


美咲と翔太の物語は、こうして静かに幕を閉じた。答えを提示するのではなく、問いを残しながら。


**~終~**

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

逆盛りガールと盛り男子の恋愛戦争 トムさんとナナ @TomAndNana

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ