火曜日

 火曜日の夕方。マリーイの店に、この日初めてのお客がやってきた。

 その客は、若い男だった。

「いらっしゃい。何が欲しい?」

「仕事ちゃんとできるか不安で。うまくできる薬ってあります?」


 店主のマリーイは、少し視線を天井へ移した。

「どんな…仕事?」

「物流会社で。昨日から働き出したんですが、うまくできなかったんです」

「え?」

「アルバイトで」

「…あ〜、うん。うん」

 相槌を打ちながら、状況を整理していく。


「お薬、高いよ?」

「えっ…」

 魔法薬は、量にもよるが大体八千円前後である。マリーイはまっ先に、彼の支払い能力を心配したのだ。

 客は面食らった様子だった。値段なんて、気にしていなかったからだ。

 そして、客は天井に目を向ける。正確にはマリーイから目をそらしたのだ。値段も考えずに入ったことを後悔しながら。


「仕事を始めたきっかけとかって、あるの?」

「あっ、お金が欲しくて…ハハ」

 男は照れくさそうに話した。

「うんうん。わかるわかる」

 マリーイはじっくりと話を聞く。

「つまり、金欠?」

「はい。バイトを始めたばかりで」

「そう」

 それを聞くと、しばらく腕を組んで考えるそぶりを見せた。


「言いにくいんだけど、言うね」

「はい」

 「言いにくい」ことを前にして、客は急に真面目な表情になった。


「薬以外が、いいかもしれない」

「え?」

「はっきり言って、薬だとコスパ悪いよ」

「はぁ…なるほど」

「好きなものに癒やされる…とか、どう?」

 マリーイは現実的な提案をしたつもりだった。


「パンダが好きなんですけどね。でも中国に帰ったでしょ」

「ん?…あ〜、そういえば。でもね、それが今のあなたには最適な気がするの」

「はぁ…」

「…わかった。少しだけ待ってて」


 マリーイは奥の作業場へ向かった。薬の原料が入っていた木の樽から、蓋だけを取る。

「シャイニー·カッティング」

 呟いた呪文は、物を切ることができる魔法のそれだった。

 慣れた手つきで、大きな樽の蓋のほんの一部が、まるで機械を用いたかのように切られていく。

 その形は小さな丸に、そして、パンダのシルエットになっていった。

 シルエットに、メモ用の黒いマジックペンで色をつけていく。木目のパンダが出来上がった。


「はい」

「えっ、いいんですか?」

「うん。それの白い所を塗るためのペンを買う為に頑張る…とか。ちょっとバカらしいかもだけど」

「ああ〜…」

 客は妙に納得した様子を見せた。


「いいんですか?」

「うん。これは無料サービス」

「あ、ありがとうございます!」

「白く塗ったら完成ってことでね」

「…はい!」

 返事には僅かな間があったが、実にハキハキとしたものだった。入店前の緊張など、微塵も感じさせないほどに。


 未完成のパンダを手に、その客は店を後にした。

「ルリア、私も何か作ってみようかねぇ。薬以外で」

 鳥型の妖精であるルリアは、何も応えないままだった。

 午後五時。空は次第に色味を失っていく。閉店まで、あと2時間。

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