沖印魔法商店のとある五日間

トマ

月曜日

 都心へ続く大通りから一本入った、細い路地の脇。ここに、一軒の小さな店が建っている。その名は「沖印魔法商店おきじるしまほうしょうてん」。

 これは、この店の店主の、月曜から金曜という五日間に焦点を当てた物語である。


「いらっしゃい。お悩みは」

「あっ…気が強くなるようにしたいのですけど…」

 その客は、オドオドとしていた。実に緊張している様子だった。


「気を強くするというよりも、緊張しないようにするのが一番だと思うけど」

「じゃあ、緊張しないように」

「ように?」

「…薬を作って下さい」


 そして、たった今奥の作業室へ移って調合作業を始めた彼女は、魔法少女の異世界人である。数年前地球にやってきて、しばらく現役の魔法少女として戦ったものの、ある時ふと嫌気が差した。

 魔物を倒すという基本的なスタイルが嫌になっていたのである。人のためになることをしたかったのである。


 基本的に、魔法少女は妖精との契約において変身能力や、戦闘能力を与えられる。この世界で活動する魔法少女は大体このパターンであり、異世界から来た彼女もこのパターンだった。

 基本的に魔法少女の使命は「魔物を倒して平和を守ること」である。大体これが契約条件で、途中での変更というパターンは滅多にない。

 けれどま彼女は、どうにか妖精を説得した。大好物のりんごジュースを、大盤振る舞いするという条件で。


 そして、この「沖印魔法商店」という店を開いたのである。りんごジュース代を稼ぐため、そして生活費を稼ぐため。

 内容は、主に人間界の住人が抱える様々な悩みに応える、薬の販売。異世界から仕入れた草や魔法石を調合し、時には生まれつき持っている魔力も込めてオーダーメイドの薬を完成させる。

 魔法少女になる前から、こういった調合作業は実家の家業の手伝いという形で行っていた。魔法学校でも調合師を目指して勉強していた程で、その夢を人間界で叶えたことになる。


 調合開始から二十分で、特製の魔法薬が完成した。代金は八千円。

 その間、ずっと椅子に腰掛けたままだった客が立ち上がり、受け取りに向かった。

「まいどあり。かけすぎ注意ね」

「…現金だけですか?」

「そうだけど。何か」

「あっ…」

 客は慌てた様子で財布の中を探し、一万円札を手に取って古びた緑のトレイに置いた。

「お釣り、二千円ね」

 絵柄の違う千円札をまとめて財布に収めた客は、軽く一礼をしながら店を後にしていった。そして方向を変え、大通りの方へ消えていく。


「ふわぁ…ルリア、眠いわ」

 この店に住み着いているのは、妖精のルリア。鳥のインコのような見た目をしていて、普段は置物のふりをしてカウンターの隅に鎮座している。

 そして彼女の名は、マリーイ。上の名も下の名もなく、ただ「マリーイ」。人間界では少しいじって「沖麻里衣おきまりい」という名で通している。


 午後二時、街の暑さは最高潮。マリーイの店は、悩める客を待ち続けている。

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