ジョー3

「勇がそうなった原因って、なんだったの?」

 言いながら結月は、こんなこと聞いていいのか迷っている自分に驚いていた。横から首を突っこんでいるようで、気後れしてしまう。勇のことなのに、自分がこんなふうに感じるなんて。

「きっかけらしいきっかけがあったわけじゃないと思う。あのころの俺らは、家族より長い時間を一緒にすごしてた。仲は良かったけど、やっぱりお互い甘えとか、なれみたいなものがあったんだと思う。あいつの負担が大きいことはみんなもわかってたんだ。わかってたのに、あいつなら大丈夫だろうってそのまま任せっぱなしにしてた」

 作詞作曲はもちろん、曲全体のプロデュースも勇がやることが多かった。レコーディングでは三人の演奏について細かく注文を出し、外部のプロデューサーに依頼しても、不満があれば遠慮せず口を出した。神経をすり減らし、妥協せず何度でもリテイクを繰り返す。もっと効率のいいやりかたがあったかもしれないが、勇はそういうやりかたしかできなかった。その結果、いい曲ができあがるのなら、それでもいいじゃないか。メンバーも勇本人も、そう信じて疑わなかった。

 結月の脳裏に、最後にドーム公演の楽屋で会った勇の顔が思い浮かぶ。ツアーをやり遂げた達成感よりも疲労が色濃く出た顔。「疲れてる?」と尋ねた結月を見つめる、メンバーと梨花の目。あのときの結月の指摘は当たっていたのだ。あのときの沈黙は、ごまかすべきか、本当のことを話すべきか迷うみんなの葛藤が作り出したものだった。

 やっぱり、私はどこまでも部外者なんだ。

 わかっていたはずなのに、ジョーの話を聞いて改めて痛感した。かつてこのガレージで練習する四人を一番近くで見ていたのに、その彼らがこの四年間どんな思いをしていたのか、まったく知らなかった。

〈ブルーA、明日解散するの。ゆづちゃんにはちゃんと伝えておこうと思って〉

 結月が解散を聞かされたのは、発表前日の夜だった。

〈四人には、四人の事情があるみたい〉

 今思えば、あのときの梨花の電話の言葉は、勇を守るため、彼女なりに精一杯考えた末のものだったのだろう。下手に説明すれば、心配した結月が家まで押しかけてきかねないから、触れないでほしいと言外に強くにじませて。連絡しないという選択肢もあったのに、それでもちゃんと事前に教えてくれた。あるいは、彼らの決断に受け入れることしかできない悔しさとか、そういうやりきれない気持ちを結月と共有したかったのかもしれない。

 しかし当時の結月は、ブルーAが解散したことと、それを梨花から知らされたショックで、なにも言えなかった。友達の立場を利用して解散の理由を聞き出そうとするのは、ただの野次馬と変わらないのではないか。もし本人と話せても、解散の理由を教えてもらえなかったらと考えると、怖くてその後も電話できなかった。勇がどれだけ苦しんでいたのかも知らずに。

 結月と違って、心の整理ができているジョーは、すでに出ている答えを聞かせてくれる。

「あのときこうしてればって後悔はいくらだって出てくる。でもさ、少なくともあそこで解散したから、あいつはまた曲を作ろうと思うことができた。だから解散は間違ってなかったんだって、今じゃそう思うことにしてる」

『霧中』は単なるソロアーティストとしての出発点ではない。一度はすべてを投げ出してしまうような状態までいった勇が、再び音楽をとり戻した、その苦悩と覚悟の結晶だ。そんな大切なものを、江口なんかに奪わせるわけにはいかない。

 全部話して気が楽になったのか、ジョーが新しいタバコに火をつける。

「悪い、だいぶそれちゃったな。なんの話だっけ?」

 ジョーの言葉で、結月も気をとり直した。そのころのことでなにか覚えていないかと尋ねると、ジョーは肩や腕を伸ばしながら、しばし考える。

「関係があるかどうかはわからないけど、確かそのころ、あいつらの家が空き巣にやられたはず」

「空き巣?」

 これまた初めて聞く話だ。体が前のめりになる。

「ああ、やっぱり知らないか。カールやヨシュアにも言ってないみたいだったからな」

「ジョーはなんで知ってるの?」

「丁度そのとき、ダニーにレコードを貸してたんだけど、それをなくしたからって謝りに来たんだ。なくすなんてあいつらしくないから理由を聞いてみたら、だれにも言わないでほしいんだけど、って教えてくれた。空き巣に入られて、一緒に盗まれたって」

「空き巣がレコードなんかを盗んだの?」

 つい出てしまった言葉に、ジョーが苦笑いする。

「レコードなんか、って言うけどよ、あれ結構なレアものだったんだからな。他にも、あいつが持ってたのも何枚か盗られたんだってさ」

「価値があるレコードだけ盗まれたってこと?」

「たぶんそういうことだと思う。でもそれだけじゃなくって、金になりそうな家電とかもやられたらしいよ。まあ、話したくなさそうだったから、俺もあんまり突っこんで聞かなかったけど」

 勇に貸していたレコードのタイトルとアーティスト名を教えてくれたが、どちらも聞いたことがないものだった。よほど人気や希少価値があり状態がよければ数千円から数万円の値がつくこともあるが、ほとんどの場合は売れてもいいとこ数百円だと説明してくれる。あの大きさのものを盗んで持って帰る苦労を考えると、利益が薄いように感じる。なにより、音楽の知識がある空き巣が、音楽をやっている勇の家に盗みに入るなんて、そんな偶然があるはずがない。

「具体的な日付までは覚えてないよね?」

「いやぁ、さすがにそこまでは」

 ジョーが苦笑する。そりゃそうだろうな。ダメ元で聞いてみただけだった結月は、すぐに次の質問へ切り替える。

「じゃあそのとき、勇とルームシェアしてたのって、だれだった?」

 聞きながら、結月はもう答えを知っているような気がしていた。

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