カール1

 テレビは未だに姿を現さない勇にいらだつと同時に、出てこられない理由を探り当てようと必死になっていた。初めは中立ぶっていたキャスターやコメンテーターの発言も、なにか後ろ暗いものがあるから出てこられないのだろうと、勇の不在を責めるようなものに変わってきた。

 ひどいのはメディアだけではない。

 芸能人のゴシップなどを扱う動画配信者が、勇の同級生だったという一般人を連れてきて過去のトラブルについて語らせる動画を公開し、公開から一日で再生回数は三十万を越えている。トラブルといったって学園祭で協力的ではなかったとか、バレンタインのお返しがなかったとか、学生のころによくあるいざこざ程度のことだ。それをさも、勇の人格に問題があるから起こった大事件のように語られている。卑怯にも、語る本人は顔も声も名前も隠してしっかりプライバシーを守っている。結月自身も再生数に貢献してしまっているのが悔しいが、見ずにはいられなかった。

 動画のコメント欄は大荒れだ。鬼の首をとったように勇を批判する者と、この動画そのものがこじつけで勇の人格を否定していると怒る者が激論を飛ばし合っている。おそらくファンと思しき人たちが必死に勇を擁護しているコメントを見たときは、ホッとして涙が出そうになった。

 時間とともに変化していく世間の反応に、結月は焦りともどかしさを感じていた。確かに手紙にはしばらく連絡がとれないとは書いてあったが、一体いつまでこのままにしておくつもりなのだろうか。これだけ注目されていながら本人がなんのコメントも出さないなんて、そんなダサいことは、普段の勇であれば絶対にやらない。今はまだ言えないとか、バカバカしくてとり合う気にならないとか、なんにせよはっきり言うはずだ。

 考えても答えは出ないので、結月はテレビとSNSのチェックを切り上げ、机の上に積み上げたブルーAの関連書籍から、一番分厚いファンブックを手にとる。解散後に発売されたブルーAのファンブックは、A4サイズで三百ページに及ぶ。かつての雑誌のインタビューや写真などが詰めこまれており、インタビューを読むだけで丸二日かかってしまった。ヨシュアに見せた年表もここからコピーしたものだ。

 初めてのインタビューは二〇一四年。音楽雑誌で、最近注目のニューフェイスとして紹介されていた。まだ十代の勇は体の線が細く、少年らしさの残るつるりとした顔でカメラに視線を向けている。バンド結成の経緯や、メジャーデビューまでの道のり、新曲発売までの苦労、ツアーの手応えなど、インタビューが時系列で掲載されている。そして二〇二一年、バンド史上最大規模となるツアーへの意気ごみを語るインタビューを最後に、まるで彼らの活動そのものみたいに唐突にインタビューページは終了する。このファンブックをまとめた編集者が書いた巻末のあとがきには、解散は「彼らには必要な期間」と理解を寄せるような文章があったが、もしかしたら関係者さえ詳細は知らないのかもしれない。

『霧中』やそれらしき曲の話は、ひとつも出てこなかった。最初から期待はしていなかったものの、これだけの文量を読みきってなんの手がかりも得られなかったのは、やはりがっくりきた。

 もう一度、年表を見返してみる。活動期間は十年。メジャーデビューしてから数えると五年しかない。合計十三ページの活動履歴。たったこれだけのページに網羅できてしまう彼らの歴史の短さを改めて痛感した。

 ブロマイドのページをぺらぺらめくっていたら、スマートフォンが鳴った。初めて聞く着信音に戸惑いながら出ると、AC/DCのTシャツを着たカールの姿が画面に映しだされる。ホテルにいるのか、白い壁と窓が後ろに映っている。

〈おっ、映った。やっほー、聞こえてるー?〉

「聞こえてるよ」

 自分の顔が映るようスマートフォンを体から少し離し、画面に向かって答える。普段ビデオ通話はしないので、どうスマートフォンを持てばいいのかわからず少しもたついた。

 画面の中のカールはまったく変わっていなかった。時期によって茶髪から金髪の間でころころ色合いは変わっていたが、肩につくくらいの長さだけはずっと同じだった。今は明るい茶色に、前髪に細く一筋、金色のメッシュが入っている。カールまで普通の見た目になっていたらどうしようかと少しだけ心配していたのだが、派手さは健在だった。

 カールは去年から旅に出ていて、これまでヨーロッパのいくつかの都市をめぐり、今はオーストラリアにいる。だから一応連絡はしたものの、カールはほとんど諦めていた。しかし昨日、そのカールから返事が届いて、ビデオ通話でよければ話をすると申し出てくれた。

「久しぶり。元気だった?」

〈元気元気。健康じゃなきゃ旅なんかできないかんね。今はメルボルンにいんだけど、俺、今まで色々行った町で一番好きかも。昨日はストリートでサックス吹いてたおっちゃんとセッションしたんだ〉

「クラリネット?」

〈メルボルンってそこら中にバスカーがいんだよ。あ、バスカーってストリートでやってるパフォーマーのことね。音楽だけじゃなくって大道芸とかダンスとか色々いるんだ。テラスで飯食ってたら突然目の前の道で、でっけー台車に山ほど楽器乗っけたおっちゃんが現れたんだよ。一番もじゃもじゃのときのジョージ・ハリスンみたいな見た目でさ、服もなんかボロ布みたいで、もうとにかくむちゃくちゃなおっちゃんなんだよ。最初にジャンベ叩いて、そのあとマラカスにキーボードになんかよくわかんない縦笛にって感じで、ルーパーで自分の演奏を録音してどんどん重ねていくわけ。最後にそれに合わせてサックス吹くってパフォーマンスでさ。で、しばらく聞いてたら、おっちゃんが俺のギターケースに気づいて、こっちこいって手招きするんだ。サックスに合わせてギター弾いたのなんか初めてだったけど、なんか鳥肌立ったね。音楽があれば言葉なんか関係ないんだよ〉

 久々に日本語で会話できるのが嬉しいらしく、カールのおしゃべりは止まらない。こうなったら満足するまで語らせるしかない。電話と違って顔が見えるので、結月は黙ってうなずくことであいづちを打った。

〈日本ではやっぱ、すごい騒ぎなんでしょ?〉

 五分ほどノンストップでしゃべっていたカールは、突然本題に入ってきた。聞き役モードに入っていた結月は慌てて背もたれから体を起こした。

「うん。どのチャンネルも毎日そのニュースばっかり」

〈ったく、ダニーもダニーだよな〉

 カールは信頼に裏打ちされた呆れ顔で文句を垂れ続ける。

〈黙ってるから好き放題言われんだよ。盗作なんかあるわけないんだから、あんなの江口の嘘だってスパッと言っちゃえばいいんだよ〉

「事務所も、勇の居場所って全然掴めてないんよだね?」

〈うん。なんか記事出る前にマネージャーに消えるってことだけは言ってたらしいから、捜索届けとか、そういうのはとりあえず出すつもりないみたい。いやでも、理由くらいは説明しとけよって話だよな。守ろうにも守れないもんな。おまけになんか、バンドの古いトラブルとかまでほじくり返されてるって話じゃん。なんで俺らがそこまで言われなきゃいけねんだっつーの。んで、なにも言わないダニーにもだんだん腹立ってきてさ。もう俺ひとりでイッライラしちゃってんの。そしたら事務所から連絡来て、余計なことはなにも言うなって釘刺されたんだよ。慎重になんなきゃいけないのはわかるけどさ、余計なことってなんだよって思ってまたイライラしちゃってよー〉

 カールが子どもみたいに唇をとがらせる。

 カールはバンド時代からSNSをやっていて、今は旅先で出会った人や楽器や景色や食事などの写真を、かなりこまめに更新している。それも報道があってからは止まっていた。

 一昨日、週刊誌が第二報を出した。内容は主に過去の話だ。勇の学生時代や、デビューする前のブルーAについて、当時のクラスメイトや元バンドマンなどによって語られている。すでに他のメディアやネットで出ている話題もあり、結月にとって真新しい情報はなかった。勇がクラスの中で見せたマイペースさや、他のバンドとのささいなトラブルがとんでもない悪行のように語られていて、怒りを通り越して感心してしまう。なんとかして勇を悪者にしたいらしい。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る