2011
ブルーA
勇は高校に入学してすぐ軽音楽部に入ったが、あっという間に辞めた。なんでも部室をたまり場にしているだけで、練習するのは新入部員を集める時期と学園祭の前だけという、ほとんど実態のない部だったらしい。
だから勇は自分でバンドメンバーを探した。同学年のヨシュアと、どこから見つけてきたのか、他の高校に通うカールと、大学生のジョーの四人で
ベースのヨシュアは勇同様、なにも知らずに軽音部に入って幻滅したひとりだった。中学時代に兄のバンドの人数合わせでベースを始めたので、すでに人前で演奏した経験がある。体の線が細く、その整った顔立ちから少年アイドルのような雰囲気があるのだが、本人はあまり気に入っていないようで、長い前髪で目から上を隠している。とてもシャイな性格で、初めはなかなか結月と目を合わせてくれなかった。
ギターのカールは市内にある私立高校の二年生。音楽一家の生まれで、小さいころから声楽やピアノやヴァイオリンなどひと通りの音楽に触れてきたが、マイケル・シェンカーに出会ってからはロックひと筋らしい。とにかくギターの腕前が飛び抜けていて、上体を前傾させながら自慢の白いフライングV(ボディの先が二股に分かれたギター)を弾くスタイルもすっかり板についている。身だしなみにかなり寛容な学校らしく、首を覆い隠すくらい伸ばした髪を明るめの茶色に染めている。
ドラムのジョーは大学一年生。音楽経験はなく、勇に誘われて初めてドラムを練習し始めたのだが、持ち前の運動神経と、本人も知らなかったリズム感が開花してめきめき上達している。小中高とずっと野球部だった名残でよく日に焼けており、スポーツ刈りの頭にタオルを巻くたびに、カールに「ロックに体育会系のノリを持ちこむな!」とはぎとられている。
勇はボーカルとギターだ。
彼らの練習場所はジョーのアルバイト先である楽器屋の下のガレージ。もともとは店長が車庫として使っていたのだが、車を買い替えてから天井が低くて入らないことに気づき、結局他に駐車場を借りることになった。それ以来、放置状態だったガレージを厚意で貸してくれている。
店は竹林と公園にはさまれた場所に建っているので、住宅街の中にあるがそこまで音に気を遣う必要はない。とはいえさすがにもろ出しというわけにもいかないので、音を出すときはシャッターを閉めきる。音の反響を防ぐためにコンクリート打ちっぱなしだった壁にカーペットをはりつけて即席防音仕様にしてあるため、空気も熱もこもりやすい。だから練習する間はみんな汗だくで、休憩のたびにシャッターを開け放ち、酸欠のコイみたいに口を開けてシャッターの前に並ぶ。でも隠れ家みたいな感じが好きで、結月も勇にくっついてたびたび遊びに行った。いつしかガレージのすみには結月の席としてどこかから拾ってきたスツールが置かれるようになり、最近では結月と同じクラスの
「えっ、つき合ってんじゃないの?」
目をまんまるにするジョーに、結月はすっかり言いなれた説明を返す。
「違うよ。塾が一緒だっただけ」
「小さいころからの知り合いって感じ?」
「ううん。知り合ったのは去年」
どう返していいのかわからないのか、ジョーはちょっと口を開けたまま固まる。この反応もなれっこな結月はそのまま受け流すつもりでいたが、ふいに横から尚人が割りこんできた。
「やっぱりそう思うよね! 絶対そう見えるよね!」
尚人の言葉に、ガレージの奥でベースをかかえたヨシュアが黙ってうなずく。尚人とヨシュアは、入学してわりとすぐにこのやりとりは経験済みだ。ギターから手を離したカールが、横で同じくギターを弾いている勇の肩を小突く。
「んだよ、カノジョじゃないのかよ。気ぃ遣って損したわ」
「お前らが勝手にそう思いこんだだけだろ」
勇もなれたもので、ギターを弾く手を止めずに淡々と返す。
ふと、勇と目が合った。勇が小さく肩をすくめるので、結月も同じ動作で返す。入学直後はクラスや同じ学年の生徒たちからたびたび同じ質問をされたが、夏休みに突入したこの時期になってまた聞かれることになるとは。
どうやら他人から見ると、結月と勇の間には「長年連れ添った感」が漂っているらしい。別に特別なことをしていたわけではない。昼休み、どちらかの机で一緒に昼食を食べているだけ。会話の内容も大半が音楽か小説の話だ。ときには黙って雑誌や本を読んだり、音楽を聞いたりしていることもあった。それぞれ同性の友達はいたが、どうしても気を遣ってしまう。このふたりなら、その必要がない。ただそれだけのことだった。
結月も勇も、単体では目立たない存在だった。髪を染めることも、制服点検に引っかかるような着崩しもしない。成績や運動が飛び抜けていいとか悪いとかもない。部活もせず、行事で前に出ることもない。「地味な高校生」を絵に描いたようなふたりだった。
そんなふたりが一緒にいると、それだけでクラスの名物になってしまう。まるで小動物が身を寄せ合っているのを見守るみたいな、温かさとちょっと冷やかしがまざった奇妙な空気がクラスには漂っていた。
足の間に置いた一斗缶をドラムスティックで叩いていたジョーが、ふと手を止める。
「なあ。学祭の衣装って、どうすんだ?」
ブルーAは、結月たちの学校の学園祭に有志団体としてステージ出演することになっていた。学外の生徒が出演することはできないので、書類上は勇とヨシュアと尚人と結月の四人で申請してある。リーダー以外のメンバーはそれほど厳しくチェックしていなから大丈夫という話だが、当日になるまでどうなるかわからない怖さが少しある。
さすがにこの季節は暑いのか、カールは長い襟足を持ち上げて首に風を通しながら言う。
「衣装なんかあとでいいだろ。まだセットリストも決まってないのに」
「いや、でもなんか用意するならそろそろリミットじゃね?」
「用意って?」
「Tシャツ注文するとか」
「クラTみたいなやつ着るってこと? んなダセえの絶対ごめんだからな!」
カールの声が大きくなり、長い髪をたてがみのようにばさばさと揺らす。ジョーは動じる様子もなく言い返す。
「おそろい着たらチーム感出るかなって思ったんだけど」
「ロックバンドだぞ! ロックにクラTはねえだろ!」
ジョーは「そういうもんかね?」と首をかしげる。音楽を聞いてきた期間も短いジョーは、音楽に対する思想も中庸だ。
「俺もできたらTシャツは避けたいな。あれ、結構高いんだよね」
ヨシュアも控えめに賛同する。長い前髪の下で、気の弱そうな目がきょろきょろと三人の反応を窺う。
「衣装は上下黒。あとは好みに任せる」
勇が静かに言いきった。カールがすかさず茶々を入れる。
「じゃあ学ランでもいいのか?」
「それがカッコいいと思うならそうしろよ。一生残るから、覚悟してやれよ」
「残るって?」
「あ、僕、当日撮影するから」
尚人が眼鏡の奥の目を輝かせる。尚人の口から出てきた「撮影」という言葉に、結月には少し驚いた。
「尚人、カメラ持ってるの?」
「うん。写真、結構好きなんだ。あと親からビデオカメラも借りる予定だから、映像でも残すよ」
その口ぶりから、普段からどちらも扱いなれている自信を感じた。成績はいつもクラストップで、中学時代は卓球部で県大会のいいところまで行ったという文武両道タイプの尚人が、そんな趣味を持っていたとは。勇と隣の席だったことがきっかけで仲良くなかった尚人だが、つき合いの長さで言えば、この中では一番短い。
ヨシュアがおそるおそる尚人に尋ねる。
「それって、顔も映る?」
「当ったり前だろ!」
「なんのための撮影だ!」
カールとジョーの鋭いツッコミに縮こまりながらも、ヨシュアはかたくなに「俺は映さなくていいから」と尚人に頼み続けていた。
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