　オレの名（な）は『新実（にいみ）　健二（けんじ）』。人（ひと）が武器（ぶき）に残（のこ）した強（つよ）い記憶（きおく）で戦（たたか）う、『心剣士（しんけんし）』だ。

　防具（ぼうぐ）なんて持（も）ってないから、いつもの中学校（ちゅうがっこう）の制服（せいふく）、半袖（はんそで）のワイシャツに黒（くろ）のスラックスに黒（くろ）のスニーカーで戦場（せんじょう）にいる。腰（こし）には、愛用（あいよう）の小剣（ショートソード）をさげる。

　この『ユーナベルム戦場（せんじょう）』で、八年（はちねん）前（まえ）に六歳（ろくさい）の美月（みつき）を襲（おそ）った三（み）つ角（つの）の魔物（まもの）と遭遇（そうぐう）した。

　対抗（たいこう）すべくオレは、美月（みつき）が武器（ぶき）に残（のこ）した記憶（きおく）から、ゲシュペンスト騎士団（きしだん）千名（せんめい）に強化（バフ）魔法（まほう）をかけた。

「新実（にいみ）　健二（けんじ）『心剣士（しんけんし）』殿（どの）！　悪（わる）いが、家族（かぞく）の仇（かたき）は！　我（われ）ら家族（かぞく）が討（う）たせてもらう！」

　重装金属鎧（ヘビーアーマー）の騎士（きし）も、軽装金属鎧（ライトアーマー）の兵士（へいし）も、我先（われさき）にと踏（ふ）み出（だ）し、前（まえ）のめりに、魔物（まもの）どもに渾身（こんしん）の一撃（いちげき）を叩（たた）きつける。それでいて足並（あしな）みは揃（そろ）い、まるで、荒（あ）れ狂（くる）う斬撃（ざんげき）の波（なみ）である。

　強化（バフ）がオレにもかかって、勢（いきお）いで雄叫び（ウォー　クライ）をかましてしまったけど。オレの出番（でばん）はここじゃないし、出（で）る幕（まく）もなさそうだし、熱血（ねっけつ）な千名（せんめい）に割（わ）り込（こ）めるほど積極的（せっきょくてき）な性格（せいかく）もしてないし。

　已（や）む無（な）し。今（いま）はまだ、機（き）を逃（のが）さないために静観（せいかん）しよう。

　……叫（さけ）んだ手前（てまえ）、ちょっと恥（は）ずいな。

　　　◇

　驚（おどろ）くべきは、千人（せんにん）もの大勢（おおぜい）に強化（バフ）がかかったことだ。

　残（のこ）った記憶（きおく）から精神力（せいしんりょく）を流用（りゅうよう）する性質（せいしつ）上（じょう）、『心剣士（しんけんし）』の効果（こうか）範囲（はんい）は縁者（えんじゃ）に限定（げんてい）されやすい。怒（いか）りの対象（たいしょう）にこそ最大（さいだい）火力（かりょく）が出（だ）せるし、守（まも）りたいもののためなら最（もっと）も堅固（けんご）な守（まも）りとなる。

　強化（バフ）だって、力（ちから）になりたい相手（あいて）じゃないと、十分（じゅうぶん）な効果（こうか）は発揮（はっき）されない。それが千人（せんにん）って、ゲシュペンスト騎士団（きしだん）の多（おお）くが美月（みつき）を大切（たいせつ）にして、美月（みつき）もそれを実感（じっかん）している証左（しょうさ）である。

「……ん？」

　後（うし）ろから地鳴（じな）りが聞（き）こえて、オレは振（ふ）り返（かえ）った。

　馬上（ばじょう）で片手（かたて）を掲（かか）げたゲシュペンストの後方（こうほう）に、騎馬隊（きばたい）の姿（すがた）がある。百騎（ひゃっき）以上（いじょう）、土煙（つちけむり）をあげて駆（か）け、ゲシュペンストが掲（かか）げた手（て）を振（ふ）りおろすのに合（あ）わせて、その左右（さゆう）を駆（か）け抜（ぬ）ける。

　騎馬隊（きばたい）だ！　戦場（せんじょう）で見（み）るのは珍（めずら）しい！

　実用性（じつようせい）は低（ひく）くても、格好（かっこ）いい！　勇壮（ゆうそう）さを見（み）てるだけで燃（も）える！

　大型（おおがた）の馬（うま）が白銀（はくぎん）の鎧（よろい）を纏（まと）い、全身金板鎧（フルプレートメイル）の騎士（きし）が跨（またが）り、陽光（ようこう）にギラギラと輝（かがや）く。脇（わき）に抱（かか）える馬上（ばじょう）槍（やり）は、鋼（はがね）の傘（かさ）を畳（たた）んだような形状（けいじょう）の『剛（ごう）バネ炸裂（さくれつ）騎槍（きそう）』である。

　凄（すご）く硬（かた）いバネを内地（ないち）の大型（おおがた）機械（きかい）で曲（ま）げて固定（こてい）した、バネ炸裂（さくれつ）式（しき）の使（つか）い捨（す）て馬上（ばじょう）槍（やり）だ。高（こう）威力（いりょく）で多角（たかく）の魔物（まもの）にも通用（つうよう）するけど、重（おも）く嵩張（かさば）る、使（つか）い捨（す）てで高（こう）コスト、扱（あつか）い損（そこ）なうと使用者（しようしゃ）が弾（はじ）け飛（と）ぶ、と難点（なんてん）も多（おお）い。

　凄（すご）い、格好（かっこ）いい！　戦場（せんじょう）で見（み）るのは珍（めずら）しい！　何（なに）はともあれ実用性（じつようせい）は低（ひく）いけど！

「突撃（とつげき）ーっ！」

　先頭（せんとう）の騎士（きし）の号令（ごうれい）で、騎馬隊（きばたい）が加速（かそく）した。魔物（まもの）どもの端（はし）に、加速（かそく）のままに突撃（とつげき）をかけた。

　凄（すご）い！　格好（かっこ）いい！

　魔物（まもの）どもは、歩兵（ほへい）の猛反撃（もうはんげき）で戦意（せんい）が鈍（にぶ）ったところに、騎馬隊（きばたい）の強烈（きょうれつ）な不意討（ふいう）ちを受（う）けた。

　三つ角（リーダー）の周囲（しゅうい）は、突撃（とつげき）を受（う）けた端（はし）から遠（とお）いし、さすがに慌（あわ）てないか。一緒（いっしょ）に二（ふた）つ角（つの）が二体（にたい）いて、一（ひと）つ角（つの）もたくさん集（あつ）まってる。やっぱり、集団戦（しゅうだんせん）で集団（しゅうだん）のリーダーってヤツは、簡単（かんたん）には討（う）てそうにない。

　でも、そこ以外（いがい）の一（ひと）つ角（つの）どもは、軽（かる）くパニックになってる。騎馬隊（きばたい）と土煙（つちけむり）に隠（かく）れて、はっきりとは見（み）えないけど。乱雑（らんざつ）に獣爪（けものつめ）を振（ふ）りまわしながら、土煙（つちけむり）の中（なか）を当（あ）てもなく右往左往（うおうさおう）する。

　魔物の軍（あっち）は、完全（かんぜん）に混乱（こんらん）状態（じょうたい）だ。

　……ん？　敵（てき）の混乱（こんらん）に乗（じょう）じて？

　……ここだ！　オレは、完全（かんぜん）に理解（りかい）した。

「お、おい、美月（みつき）！　『……その時（とき）になれば、分（わ）かる』ってヤツ！」

　オレは、右目（みぎめ）を手（て）で覆（おお）い、難（むずか）しい顔（かお）をして、微妙（びみょう）にゲシュペンストの声音（こわね）を真似（まね）ながら、美月（みつき）の手（て）を引（ひ）いた。

　　　◇

　魔物（まもの）どもに見（み）られずに、森（もり）に入（はい）れたと思（おも）う。

　オレは、『ユーナベルム城（じょう）』がある森（もり）の中（なか）を、美月（みつき）と二人（ふたり）きりで、美月（みつき）と手（て）を繋（つな）いで歩（ある）く。頭上（ずじょう）を覆（おお）う木（こ）の葉（は）の隙間（すきま）から、キラキラと日（ひ）が差（さ）す。どこからともなく、蝉（せみ）の声（こえ）や鳥（とり）の囀（さえず）りが聞（き）こえる。

　美月（みつき）は、オレと同（おな）い年（どし）くらいの少女（しょうじょ）だ。ピンク髪（がみ）のショートヘアで、年（とし）相応（そうおう）に可愛（かわい）くも、芯（しん）の強（つよ）そうな凛々（りり）しい顔立（かおだ）ちで、声（こえ）が澄（す）んで高（たか）い。体（からだ）は軍人（ぐんじん）にしては華奢（きゃしゃ）で、黒（くろ）の半袖（はんそで）の軍服（ぐんぷく）に、黒（くろ）のミニスカートを穿（は）いて、素肌（すはだ）の腕脚（うであし）が細（ほそ）く伸（の）びる。

「こうして見（み）ると、長閑（のどか）だよなぁ」

　オレは、木々（きぎ）を見（み）まわしながら、誰（だれ）にともなく声（こえ）をかけた。

「察知（さっち）されないからって、暢気（のんき）すぎ。ちょっとは警戒（けいかい）しなさいよ」

　美月（みつき）しかいないから、美月（みつき）が答（こた）えた。

　美月（みつき）は、魔物（まもの）に認識（にんしき）されなくなるアーティファクトを手（て）に握（にぎ）る。白（しろ）い宝石（ほうせき）の嵌（は）まった金色（きんいろ）のナイフで、手（て）に握（にぎ）って効果（こうか）が発動（はつどう）する。もう片手（かたて）で握（にぎ）った一人（ひとり）まで、効果（こうか）を拡大（かくだい）できる。

　つまり、今（いま）の美月（みつき）は魔物（まもの）に認識（にんしき）されないし、美月（みつき）と手（て）を繋（つな）ぐオレも魔物（まもの）に認識（にんしき）されない。

　そもそも、見（み）える範囲（はんい）に魔物（まもの）がいない。

「杞憂（きゆう）だって。魔物（まもの）は組織（そしき）的（てき）な行動（こうどう）をしないからな」

　オレは、お気楽（きらく）に答（こた）えた。

「でも、平原（へいげん）に集団（しゅうだん）で襲撃（しゅうげき）してきてるでしょ？」

「そう。ボスが平原（へいげん）に出（で）たから、全員（ぜんいん）で平原（へいげん）に出（で）る、はする。でも、本隊（ほんたい）が平原（へいげん）に出（で）て、一部（いちぶ）は森（もり）の中（なか）に残（のこ）って警備（けいび）する、みたいなことはしない」

　理由（りゆう）は知（し）らない。出来（でき）るのか出来（でき）ないのかすら分（わ）からない。魔物（まもの）の考（かんが）えなんて、人間（にんげん）に理解（りかい）できるわけもない。

「あ、あったわ！　大門（だいもん）が破壊（はかい）されてるところから入（はい）るわよ。情報（じょうほう）があるのは、ここまでだから」

　美月（みつき）が指（ゆび）さす先（さき）に、高（たか）さ十数（じゅうすう）メートル、町（まち）を囲（かこ）む石壁（いしかべ）が見（み）えた。縦（たて）横（よこ）十（じゅう）メートルサイズの、折（お）れ曲（ま）がって歪（ゆが）んだ黒鉄（くろがね）の大門（だいもん）も見（み）えた。潜（くぐ）れば、きっと町（まち）の廃墟（はいきょ）があって、広（ひろ）い敷地（しきち）の中央（ちゅうおう）に堅固（けんご）な城（しろ）があるはずだ。

　　　◇

「やっと着（つ）いたぜ……」

「やっと着（つ）いたわね……」

　オレも美月（みつき）も、汗（あせ）だくで荒（あら）い息遣（いきづか）いで、真上（まうえ）を見（み）あげるほど高（たか）い城壁（じょうへき）を見（み）あげた。

　魔物（まもの）はいなかったけど、町（まち）が思（おも）ってたより広（ひろ）かった。道（みち）も瓦礫（がれき）だらけで歩（ある）きにくかった。

　濡（ぬ）れたシャツが肌（はだ）に張（は）りついて気（き）になる。美月（みつき）も、太腿（ふともも）に張（は）りつくミニスカートを気（き）にして、剥（は）がすように摘（つ）まむ。

　目線（めせん）を、高（たか）い城壁（じょうへき）の陽光（ようこう）に霞（かす）む天辺（てっぺん）から、美月（みつき）のミニスカートから、前（まえ）へと戻（もど）す。

　潜入路（せんにゅうろ）は、悩（なや）まずに済（す）みそうだ。高々（たかだか）と堅牢（けんろう）な石積（いしづ）みの、灰褐色（はいかっしょく）の城壁（じょうへき）が、一部（いちぶ）を抉（えぐ）られて、大穴（おおあな）が開（あ）いていた。何（なに）ものが、どれほどデタラメなパワーか、考（かんが）えたくもなかった。

　美月（みつき）と手（て）を繋（つな）いだまま、城壁（じょうへき）の大穴（おおあな）を潜（くぐ）る。大穴（おおあな）すぎて、普通（ふつう）の野原（のっぱら）を歩（ある）いてる感覚（かんかく）しかない。

　ここまでの町（まち）の、まだ常識（じょうしき）の範囲（はんい）内（ない）の壊（こわ）され具合（ぐあい）と比（くら）べると、異常（いじょう）な規模（きぼ）の異常（いじょう）な破壊（はかい）跡（あと）である。これが『魔将軍（ましょうぐん）』の強（つよ）さってヤツか？、と考（かんが）えるのはやめよう。怖（こわ）すぎて逃（に）げたくなる。

　オレは、横（よこ）を向（む）いて、美月（みつき）を見（み）る。手（て）を繋（つな）いでるから近（ちか）い。ちょっと照（て）れる。

「で、どうやってアーティファクトを探（さが）すんだ？」

　美月（みつき）も横（よこ）を向（む）いて、オレを見（み）る。近（ちか）い。目（め）が合（あ）うと、さらに照（て）れる。

「通常（つうじょう）時（じ）は精神力（せいしんりょく）消費（しょうひ）抑（おさ）え目（め）だから、近（ちか）くにないと見（み）えないわ。怪（あや）しい場所（ばしょ）があれば、精神力（せいしんりょく）を多（おお）く使（つか）って広範囲（こうはんい）を探索（たんさく）する感（かん）じね。障害物（しょうがいぶつ）の向（む）こうでも、埋（う）まってても、分（わ）かるから」

　分（わ）かって当然（とうぜん）、とばかりに堂々（どうどう）としていた。美月（みつき）に任（まか）せて問題（もんだい）なさそうだ。

「そっ、そりゃ、凄（すご）いな」

　オレは、目（め）を泳（およ）がせながら称賛（しょうさん）した。

　城（しろ）と思（おぼ）しき超大き（ドデカ）い建物（たてもの）を目指（めざ）して、手（て）を繋（つな）いで、野原（のっぱら）を歩（ある）く。すぐに、美月（みつき）が足（あし）をとめる。手（て）を引（ひ）かれて、オレも足（あし）をとめる。

「城（しろ）の中（なか）にあると予想（よそう）していたけれど。思（おも）ったより、呆気（あっけ）なかったわね」

　独（ひと）り言（ごと）のように言（い）う美月（みつき）は、野原（のっぱら）の中央（ちゅうおう）辺（あた）りを見（み）ていた。

　茂（しげ）る草葉（くさは）の中（なか）に、ジグザグしたデザインの、灰色（はいいろ）の石（いし）で装飾（そうしょく）された、荒々（あらあら）しい雰囲気（ふんいき）の柄（つか）が、無造作（むぞうさ）に転（ころ）がっていた。見（み）た目（め）は兎（と）も角（かく）、普通（ふつう）サイズの柄（つか）だ。刀身（とうしん）は、根元（ねもと）から折（お）れたようで、無（な）かった。