脅されてナンパした相手は、『月下美人』と呼ばれてる学校一の美少女でした〜勘違いヤンキーから助けたら、俺にだけデレるようになったんだが?!〜

わいん。

第1話 月下美人





『月下美人』という植物がある。


 それは、夏に一晩だけ――真っ白で美しい花を咲かせるという。


 花は神秘的な美しさで、見た者を、『月下美人』なんて大層な名前をつけさせるほどに魅了する。


 それは――目の前の少女も同じであった。


「おはようございます」


 教室に入ってきた俺に、彼女は女神のように優しく微笑みかけた。


 月下美人の花のように真っ白な髪と、ブルーサファイアのように透き通った青の双眸。


 まさに美少女。

 いや、そんな言葉では足りない。


』――そんな大層な名をつけてしまうほどに彼女は美しい。


「……あの……どうかしましたか?」


 すると、彼女は不安げにこちらを見つめてきた。


 しまった。


 見惚れるあまり、挨拶を返し忘れていた。


「お、おはよう……今日も早いんだね」


「ええ……朝の教室は静かで勉強には向いていますからね」


 彼女の言う通り、教室は信じられないほど静かだった。


 何せ――教室には俺と彼女しかいないのだから。


 俺たちはとても早い時間に登校しているため、他の生徒がやってくるまでの間、二人っきりなのだ。


「……」


 とはいっても、あまり会話はしない。


 彼女は勉強をし、俺は本を読む。


 流れる静寂。


 でも――これでいい。


「(俺みたい雑草は……月下美人なんて高嶺の花には、触れるべきじゃない。遠くから静かに愛しむくらいが丁度いいんだ)」


 そう思っていた。


 今日までは――





 ――――――――――――――――



 7月の放課後。


 俺――月城つきしろ栄人えいとは、教室で、これからに思いを馳せていた。


 俺を待ち受けるのは――そう、三連休。


 とりあえずゲームをするか? いや、アニメ一気見も捨て難い、それかこの前気になってたあの漫画を――


「うわー、やばい。ニヤけが止まらん」


 学校は大変だが、やっぱり、学校が終わった後の開放感は堪らない……ッ!


 俺は、これからに胸を高鳴らせながら、席を立つ。


 そして、教室から出ていこうとしたのだが――


「んでよぉ、あいつがさあ――」


「きゃはははっ! なにそれ、おもろすぎ」


 扉の近くには、大声で盛り上がっている陽キャたちがいた。


 特に目立つのは、校則違反の金髪にピアスをつけた派手な男。

 そして、大袈裟に笑い声を上げる派手な格好をしたギャルだ。

 

 彼らは、校則違反を先生たちから見て見ぬふりをされるほどの不良で有名だ。


 噂ではしょっちゅう夜の街に出入りしているのだとか。


「(そんな奴らに目をつけられたら大変だよな……)」


 俺は息を潜めながら、そっと彼らの後ろを通り過ぎようとした。


 が――


「あっ」


 何かに足が引っかかり、俺は地面に転んだ。


 慌てて起き上がると、足元には、傘があった。


 どうやら、机の横にかけてあった傘が通路にはみ出していて、それに引っかかったらしい。


「いててて」


 幸い、顔面から地面にぶつかったわけではないし、怪我もないようだ。


 俺は何事も無かったかのように立ち上がろうとした時。


「ぎゃはははは、お前だっせえ! 教室で転んでやんの」


 顔を上げると、さっきの金髪ヤンキー――佐竹さたけ健人けんとが俺の方を指さして笑っていた。


 ああ……最悪だ。


「あははっ……」


 俺は苦笑いで誤魔化すと、そそくさと扉へ歩いていく。


 そのはずだったのだが――


「あがっ……」


 急に後ろ襟を捕まれ、首が閉まった。


「まあ待てよ、オタク君……折角なんだから俺の話に付き合ってくれよ」


「ちょっとぉ、健人ぉ、オタク君がかわいそーじゃん」


 待て待て待て……これと同じシチュエーションを俺はラノベやドラマで見た事あるぞ。


 良くて恫喝やパシリ……最悪、カツアゲなんてのも、あり得るかも……。


 頼むから神様、何事もありませんように……!


「いいじゃねえか! オタク君……俺さぁ、昨日、彼女が出来たんだよ」


「そ、そうなんですね……それは、おめでとうございます!」


「ちなみに、誰かわかるか?」


 佐竹は、ニヤニヤと笑みを浮かべながら、訊いてきた。


「わ、わからないです……」


「そうか……でも、『』って呼び名はくらいは知ってるだろ?」


「ッ?!」


 嘘だろ……?!

 まさか、あの子が……このヤンキー男の彼女に?!


 嘘だ、嘘に決まってる……信じたくなんて……ない。


「絶望してるとこ悪いけど、『月下美人』ちゃんはもう、俺のモンだぜ? 残念だったなぁ、オタク君ッ! ギャハハッ!」


「健人、容赦なーい! ギャハハッ!」


「ッ……」


 あの子が好きだったわけではないが……あの子がこんな奴を選ぶなんて。


 驚愕と、やるせなさが俺の心を埋め尽くしていく。


「ギャハハッ! めっちゃ絶望してんじゃん! ウケる!」


 ッ……。


 気分としては好きだった芸能人が、素行が悪いことで有名な人と結婚したと知った時と同じだ。


 絶望くらい、するさ。


「おーい、オタクくぅん? まだ話は終わってねえぞ?」


「っ……な、なんですか?」


「実は、オタク君に手伝って欲しいんだわ」


 人を馬鹿にするような笑みを浮かべながら、佐竹は話を続ける。

 

「付き合ったはいいんだけどよぉ……『月下美人』ちゃん、冷えんだよ。ちょっと触ろうとしただけでバシって手ぇ払われるんだぜ? ひでえよなぁ?」


 付き合ってすぐに、そんなことをするようなお前が悪いのでは?


 そう思ったが、そんなこと口が裂けても言えやしない。


「というわけで、オタク君には俺と彼女の仲を深めて欲しくてよぉ」


 誰が好き好んでこんな奴の手伝いをするんだ?


 仕方がない……ここは、あれを使うしかない。


「え、いやぁ、俺……恋愛とかしたことないですし、できることなんてないですよぉ」


 必殺――ヘラヘラしてなんとか誤魔化す。


 頼むから諦めてくれ。


 俺は、今、気分が落ち込んでるんだよ。


「それが、非モテなオタク君でも俺に手伝えることがあんだよ」


 悲報、諦めてくれませんでした。

 もうやだ……。


「あー、そうだなぁ。普通にやらせるのも可哀想だから、俺の作戦が何か、わかったら今回は見逃してやんよ」


 そんなの、わかるわけねえだろ。


 どうせ頭が猿なヤンキーな事だし、無理矢理襲うとかだろ。


「な、なんですかねー? 相手を沢山褒める……とか?」


「なんだよそれ。んなダセぇことしねぇよ……良い所を見せるんだよ」


「へ?」


「例えば、しつこいナンパとか暴漢とかそういうのから助けて良い所見せるってこと! ほら、ドラマとか漫画でよくあんだろ?」


 ナンパとか暴漢ってお前じゃね?


 そう思わなくもないが佐竹の言葉は予想してたよりも真面目な答えで驚いた。


 案外、彼女想いなのか……?


「でも、そんな都合よくナンパされるもんなんですかね?」


「ああ、そうだな。てなわけでオタクくーん――お前、俺の彼女にナンパしろよ」


「……え?」


 つまり――俺を悪役に仕立て上げ、佐竹がそれをやっつける……という自作自演をしようということだ。


 ああ……やっぱりこいつは、クソ野郎だな。 


 俺は心の中で悪態をつくのであった。





 ――――――――――――――――――――






「ね、ねねねねねねぇ、そこの可愛らしい君」


 学校の校門前。


 俺は壊れたロボットのように、一人の女子生徒に声をかけた。


「なんですか?」


 相手は――勿論、あの『月下美人』と呼ばれる学校一の美少女――三森みもり星那せなだ。


 俺を見た彼女は、一瞬、驚愕で目を見開く。


 しかし、すぐに不審がるように眉をひそめた。


 投げ出すわけにはいかない俺は、それでも必死に、ナンパを続ける。


「俺……えっと、アップルパイが美味しいお店知ってるんだけど……ど、どうだい?」


「……? どうだいっていうのはどういう意味ですか?」


「へ? ええっと……あ〜、い、一緒に行かないかって意味で……」


 俺は頭が真っ白になりながら答えを絞り出す。


 そんな俺を見て彼女は――


「すみません、そういうの興味ないので」


 その言葉を一蹴した。


 彼女の目はとても冷たく、俺を軽蔑しているようだ。


 そうだよな、こんな陰キャな名前も知らない奴にナンパされても不快なだけだよな。


 頑張れ俺、あともう少しの辛抱だ。


「そ、そんなこと言わないでよ。ほんとにその店のアップルパイ美味しいんだよ」


 その時、俺の後ろから誰かが現れ、俺の肩を掴んだ。


 振り返ると、そこにいたのは佐竹だった。


「おい、てめぇ、なに俺の女に手ぇ出してやがる?」


「だ、誰だよお前」


 必死にナンパ野郎を演じようとするも、俺の声は震えていた。


「俺はこいつの彼氏だッ! よくも俺の彼女を怖がらせたなあッ!」


 佐竹は、その拳を振り上げる。


 待て待て待て、それは話に聞いてない……!


 俺は痛みを覚悟して、咄嗟に目を瞑る。


 その時だった。


「――佐竹さん、まだ私と彼の話は終わってないので邪魔しないで貰っていいですか?」


 一瞬、それは誰が言った言葉なのかわからなかった。


 俺が目を開けると、三森さんが手でヤンキーの拳を制していた。


「は、はぁ? いやいや、こいつはセナのことをナンパしようとしてたんだぜ?」


「ちょっと黙ってて」


 それは凍てつくような冷たい言葉だった。


 俺はてっきり、ヤンキーにぶん殴られるものだと思っていただけあって状況が全く理解出来ないでいた。


「アップルパイのお誘いですよね」


「は、はい」


「いいですよ」


「……………………はい?」


 沈黙が場を支配する。


 ヤンキー男も唖然としている。


 俺は何秒たってもその言葉が理解できなかった。


 いいですよ……?


 いいってなんだ、それはアップルパイを一緒に食べに行くことが、か?


 いやいや、ありえないだろ。だってこのヤンキーと銀髪少女は付き合ってて……。


 だから俺はヤンキーに脅されてこの娘にナンパをしたのだ。


 ヤンキーがこの娘をナンパから助けることによって良いところを見せるために。


「おいおいおいッ!! セナ、お前ふざけんなよッ! 俺たちは付き合ってんだ、彼氏の目の前で浮気か?!」


「ええ、そうなっちゃいますね――なので今、ここで貴方と別れます。短い間でしたがありがとうございました」


「なッ……」


「では行きましょう」


 そう言って彼女は呆然としているヤンキーを尻目に俺の手を引く。


 そして俺の耳元に近づき――


「ほら、美味しいアップルパイのお店があるんでしょう?――責任、取ってくださいね?」


 そう囁いた。


 『月下美人』と呼ばれる学校一の美少女を脅されてナンパした。


 結果――ナンパはなぜか、受け入れられてしまった。


 一体、どうして……?


 そして、これ……色々不味いことになるんじゃ……?


 俺は、冷や汗を流すのであった。






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