第30話 フリーマン地球へ行く



 そろそろかな。船が着陸態勢に入ったようだ。

 雪の積もる山上は月の光で淡く照らされている。

 このソラリムには月が二つある。

 そのせいで雲のない夜は、地球の夜と比べて少し明るいようだった。


「もうすぐですよ。起きてください」

 僕が後ろの席に声をかけると、すぐにユン少佐の声が聞こえた。

「時空の穴が見えてきたな」そう言った。

 すでに起きていたようだ。


「あれがそうなんですか。ずいぶん大きいですね。想像よりも何倍も大きいです」

 フリーマンが窓の下方を覗きながら言う。


 船のカメラに連動した僕の目にはすでにその映像は来ている。

 山上の雪原にほんの少しだけ沈んだ格好の黒い球が。

 光を反射していないから、球と言うよりも円盤に見える。

 真っ黒い丸い板がそこにはあるように見えた。 


 以前の着陸地点と寸分違わない場所に、船は降り立った。

 周囲には人の気配も動物の気配も皆無だ。


「ハッチ開きますね」

 やっと目を覚ました凛々子を加えた三人に僕は言った。


 ユン少佐が先に立って、船を降りた。僕とフリーマン最後に凛々子も降りてきた。


「うわあ、寒いなあ」

 凛々子がぶるっと体を震わせる。


 フリーマンは無言で黒い球に近寄っていった。

 すごい、これは……、独り言を呟いている。


「どうだ? 処理できそうか」

 ユン少佐がフリーマンに尋ねた。


「時空の穴を消すには、その穴の対称となる穴を作って重ね合わせることが必要です」

 フリーマンが答えるが、すぐにユン少佐が言い返す。

「しかし、君が作ったものは自然に消えていったように見えたぞ」


「そうですね。この穴が維持するエネルギーを必要としないで存在できる穴なら、僕が作るものとは性質が違いそうです」

「性質がちがうなら処理できないということか?」

「わかりませんが、とにかく向こうの世界がこれを作っているのなら、向こうに行って調べる必要があると思います」

 フリーマンは向こうの世界に行くつもりのようだ。

 ということは一旦僕らは皆向こうの世界に行くことになるのだろう。


「日本に帰れるのかな。あっちは寒くないからいいね」

 凛々子が嬉しそうに言った。


「あとどれくらいだ?」

 ユン少佐が僕に聞いた。

 腕時計を見る。

「90分ほどです」

 僕が答えると、なんだか時間がもったいないなとユン少佐が不満の声を漏らした。


「ああ、なるほど」

 フリーマンの声が急に聞こえた。

「どうしたの?」

 僕が聞くと、彼は時空の穴の前で両手をかざして、目を瞑っている。


「この穴の周波数が解ってきました。これなら僕でも同調できるかもしれません」

 フリーマンがそう言ったあと、時空の穴がうっすらと光りだした。

 向こうの部屋がゆっくり浮かび上がってきた。

 そこには誰もいない部屋があるだけだった。

 まだカーク達は来ていないのだろう。一時間以上余裕があるのだから当然か。


「じゃあ行きましょう」

 僕が言うと、いやっと待ったをかける声がした。

 ユン少佐だ。


「私はここに残るぞ。君らは行って必要なことをしてくれ」

「どうしたんですか? こんな雪山にいたら凍えますよ」

 僕がそう言うと、首を振って、

「私はもう向こうの世界には帰りたくないのだ。帰れば上の命令に従わなくてはならなくなる。家族がいるから反抗はできないのだ。男の娘サキュバスの存在は知られているから、お前を拉致するように命令も受けている」

 苦しい表情で彼女はそう言う。

「私のことは心配するな。早く行け」

 ユン少佐はそう言って深く頷いた。


「では、これを」

 食料やサバイバル用品が入ったメッセンジャーバッグを、僕は彼女に渡す。

 

 そして僕らは時空の穴を通って、再び日本に帰り着いた。

 厳しく冷たい雪山の空気が、部屋の中の生暖かい空気に変わって、その空気の匂いさえ人工的な匂いに変わっていった。





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