第三章 :16 青い霜と小さな灯
冷凍棚の森。息は白い。脚の裏がキュッと鳴る。
圧縮機の低音が遠くで続く。ブゥゥン……。
ピコン。
たかしのポケットで、スマホが一度だけ震えた。
画面の端に見知らぬアイコンが灯る。小さな揺れる丸。炎ではない。手のひらの温度みたいな橙。
「なに、今の。」ゆめが覗く。
「アプリ……? 入れた覚えはない。」ゆうじが眉を寄せる。
鬼頭は周囲を見張りながら短く言った。「触る前に状況。通信の確認からや。」
ちょうどその時、ステータスウィンドウが横に伸びた。
通信欄が開き、使い方が行単位で表示される。
――――――――――
【通信機能:第3層仕様】
・コンタクト送信はグループ通信のみ。
・外部発信には**同意フロー(2/3以上の承認)**が必要。
・個人→他グループへの直接通信は不可。
・承認手順:[提案→投票→結果→発信]
・緊急時は“保留発信”で待機キューへ。
――――――――――
「個人線は使えない。」ゆめが要点だけ言う。
「なら、まずは全体に短いコンタクト。合意を取ってから。」
投票ウィンドウが弾けるように現れた。
[外部へ“所在・負傷状況・物資交換可否”の定型メッセージ送信]
——承認しますか?
「賛成。」ゆめがタップ。
「賛成。」ゆうじ。
藤広は短く頷いて「賛成」。
鬼頭も親指で押す。「賛成や。」
「お、俺も——賛成。たぶん……じゃない、賛成!」たかしが慌てて押す。
承認率100%。発信。
各所から返答が並ぶ。顔のサムネイルが青白い光の中で点滅する。
『第三層、北通路の端。凍傷軽度。交換可。』
『負傷者搬送中。巡回ドローンのルートマップあり。見返りにホッカイロを希望。』
『中立。会合は短時間のみ。』
情報が雪崩れる中、小さなアイコンがふわりと光る。
開くと、短い一行が現れた。
《呼吸を揃えて。歩幅は半足短く。転びそうなら手からついて、顔を守る。》
「……誰?」ゆめが目を細める。
「文体は、教える人の書きぶりだ。」ゆうじが分析する。「命令ではなく、手順。」
鬼頭は、ほんの少しだけ表情を和らげた。「ええやないか。役に立つ。」
たかしは胸の内側が温かくなるのを感じた。
(これ、なんか……知ってる感じ。たぶん……いや、そう、知ってる声の温度だ)
親指が無意識にアイコンを撫でる。
アイコンは一度だけ点滅し、すっと小さくなった。
「全体の戦況を整理する。」ゆめが切り替える。
受信ボックスから要点を引き抜き、短く積む。
「敵は“冷風ドローン”。巡回周期は90秒前後。棚の背面に渦の目。そこが一時退避。」
「中立派は松永グループ。接触は一分。敵対寄りの倉科グループは動きが軽い。牽制に注意。」
「実務主導の白波グループは負傷者を抱えている。交渉次第で協力可能。」
「ルートはこう。」ゆうじが反射板を傾け、結露した面に指で線を引く。
「渦の目→柱影→渦の目。三点で回避。交差点での滞留は五秒以下。」
「了解。」鬼頭が荷を締める。「交渉はワシとゆめちゃん。護衛はゆうじと藤広。たかしは——」
「転ばない。俺、ちゃんとやる。たぶ……やる。」
「ええ返事や。」
会合地点までの道のり。
青いドローンが通り過ぎるたび、空気が一段冷えて、霜がチリチリと音を立てる。
喉の奥が痛む瞬間、ポケットの中でアイコンが微かに震えた。
《息を鼻から。口は小さく。》
たかしは言われた通りにする。胸が少し楽になる。
(ありがとう。たぶん、ありがとう)
中央冷凍柱が見えてきた。
青白い縦の光が、心臓の拍動みたいにコクン、コクンと強弱を刻む。
同意フローで会合の再承認。双方に定型の合図が飛び、時間が刻まれる。
交換。
一分。
沈黙。
白い呼吸だけが会議の文字になる。
——その背後で、見知らぬアイコンは灯り続ける。
誰かの揺りかごのように。
倒れたら、手からつけるように。
立ち上がる場所を、いつも残すように。
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