第37話--再びの距離と近さ--

春の光が差し込む午後、凛は私の手首を握ったまま静かに歩く。

私は驚きと戸惑いを抱えつつも、凛の強い意志と切実さを感じ取り、そのまま黙って

従った。二人は言葉を交わさず、ただ互いの存在を意識しながら歩いた。

凛の家の前に着くと、凛は静かに、「私の家に入ろう」とだけ言った。

少し緊張しながらも頷き、凛は玄関の扉を開けた。


家の中は冬の冷たさを忘れさせる暖かさがあり、凛の生活感が静かに漂っていた。

凛は、紅茶、レモンティー、お茶のどれにするかと懐かしそうに聞いた。

私は迷わず「レモンティーで」と答えると、凛は静かにカップを手渡した。


手渡された温かい飲み物に、心も少しだけ落ち着く。

沈黙が数秒続く中、凛は視線を落としたまま口を開いた。


「……なんでネックレス外したの。分かりきってるけど、なんで避けるの?」


私は少し息を整え、ゆっくりと答えた。


「凛が、冬休み明けの初登校で冷たいことを言ったから。

それから何も無くて……もう終わったんだな、って思ったの」


凛はそれを聞き、彩の目を見ることができず、ただ唇を噛む。

言葉にならない思いが胸の奥で渦巻き、温かいレモンティーを手に握りしめる。


「……そっか」

凛は低くつぶやき、彩の存在を改めて感じる。

そして静かに、確実に、彩の制服の裾をそっと引っ張る。


「彩……そばにいて欲しい」


その言葉に私の心は一気に高鳴った。

「凛……私、分かってる。どんな時でも、難しい時もあるのはわかるけど、

もし私が悩んだり困った時に、凛は私を一番に考えて、私を一番に見てくれるんだよね」


凛は彩の言葉を静かに受け止め、深く頷く。


「……大丈夫だよ。私は彩からもう離れたりしない。

その証明のために、今からすること、怒らないでね」


私は少し警戒しつつも、凛の真剣な視線に吸い込まれ、息を飲む。


「なにをするの……?」


凛は微かに意味深に微笑み、私の制服のボタンを二つ外した。

薄く光る下着が見え、彩の心は一瞬で混乱した。

「そういうことはしないよ」

凛の声は穏やかで、しかし力強く胸に届く。


「それはまだしないよ……」


いつかしそうな意味を含められた言い方をされた。

そして凛は私の胸に唇を当て強く跡を残す。

残る感覚を確かめるように手を置き、静かに言った。


「これで、彩が私のものって証明だよ」


彩は混乱と恥ずかしさに頬を赤らめる。

しかし、その裏には前に進めた喜び、凛との新しい関係への希望が芽生えていた。

「……新しい凛と、また近づけた気がする」

私の胸の奥で、嬉しさと少しの緊張が同時に混ざり合った。


凛は私の手を握ったまま、静かに顔を覗き込む。

「……分かった?」

彩は小さく頷き、心の中で前に進む決意を固めた。


私たちはそのまま静かに座り、互いの存在を確かめるように肩を寄せ合う。

過去の距離も、冷たい言葉も、今この瞬間に溶けていくように、心地よい静寂が二人を

包んだ。


凛の手はまだ私の手を強く握り、その温かさに安心しつつも、少しだけドキドキしていた。


「……凛、ありがとう」

私の言葉に、凛は目を細めて微笑む。


「こちらこそ、彩」

声は穏やかで、しかし確かに、胸の奥で切実に響いた。


外の風は冷たいままだが、二人の心には春の温かさが流れていた。

過去の誤解や距離も、恥ずかしさも、葛藤も、この時間の中で少しずつ溶けていく。


私は心の中でつぶやく。


――前みたいな関係には戻れないかもしれないけど、新しい凛と、また近づけた。

嬉しい、これが私たちの今なんだ。


凛もまた、彩の手を握り締め、目の奥に光を宿す。

――私は、彩を手放さない。どんな時でも、私のそばにいてほしい。


二人は言葉少なに、しかし確かに心を通わせながら、そのまま穏やかな午後を過ごした。

時間は静かに流れ、窓から差し込む光が二人の間の距離をさらに縮めていくようだった。

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